人材不足が叫ばれる現代社会。
人がいないから一人が持つ仕事量が多くなり、心や身体を壊す人が現れ、また人が減る。
増やそうとしても、育成に割く時間がなく、即戦力となる人を雇おうとするからなかなか決まらない。未経験の人を入れてもすぐにやめる。
……なーんて負のループが起こっているかは分かりませんが、人材不足にあえぐのは、なにも一般企業だけじゃありません。
今回クローズアップするのは、東京芸者の世界。
「花魁(おいらん)」や「遊女」と混同されがちですが、芸者の世界にある「芸は売っても身は売らぬ」の言葉の通り、彼女たちは「芸のプロフェッショナル」として芸を磨き、お座敷などで披露します。
芸者というと京都が有名(京都では「芸妓(げいこ)」と呼ばれる)ですが、東京にも新橋・赤坂・神楽坂・浅草・人形町・向島の六大花街(かがい※)があり、今も芸者さんたちが働いています。
※花街:芸者が働く街のこと。置屋(おきや・芸者のプロダクションのようなもの。後述)と料亭の営業を許可された地域。
しかし、全盛期の昭和前半には東京に7500人ほどいた芸者の数も、2005年には400人以下となり減少を続ける一方。
需要の減少や芸事の世界の厳しいイメージなど、原因はさまざまですが、今、どこの花街も人材の確保に奮闘しています。
そんななか、ここ20年ほどで芸者の数が増え、東京中の花街から注目を集めている地域があるんです。
噂の花街があるのは、あの「守ってあげたい街」
やってきたのは、松任谷由実「守ってあげたい」が防災無線で流れる(※)街・八王子。
※ユーミンの実家である呉服店がある。2017年には本当に流れていたようです。
実は八王子は、「東京六大花街」に次ぐ花街のひとつ。江戸時代に絹の産地として織物産業が栄え、商人の社交場として花街が発展したという歴史があります。
そんな八王子花街を牽引しているのは、こちらの置屋(おきや※)「ゆき乃恵」。
※置屋:芸者を育て抱えるところ。芸能界で言う芸能プロダクション。置屋の主人は「お母さん」と呼ばれる。
(左)くるみさん /(右)めぐみさん
今回お話を伺うのは、ゆき乃恵の女将・めぐみさんと、ゆき乃恵にて昨年爆誕した、八王子では50年ぶりとなる半玉(はんぎょく※)・くるみさん。
※半玉:未成年の見習い芸者のこと。成年の芸者は「一本(いっぽん)」と呼ばれる。
今日は、くるみさんがなぜ芸者になろうと思ったのかや、 八王子で芸者が増えているわけなどについて、おふたりにお話を伺いました。
(記事を読み進めるごとに、くるみさんの写真が「女子」から「芸者」へと変身していきます!)
「おじいちゃんの誕生日会」に芸者が呼ばれるのは八王子くらい
好きなアイドルは元SMAPの中居くん、「休日にはAKBも聴きますよ」というこちらの女子が、50年ぶりとなる半玉・くるみさん。ピッチピチの18歳!(2018年1月現在)
実は彼女、同級生が高校に進学するなか芸者の道に進んだという、なんとも熱い経歴の持ち主なんです。
墨田区向島のサラリーマン家庭に生まれた彼女が芸者をめざしたきっかけは、小学生のころ知人に誘われて習い始めた日本舞踊。
踊りの世界にのめり込むうち「この世界で生きていきたい」と思うようになり、そんなとき師匠の縁で出会った八王子のお姐さん(おねえさん※)から、芸者の仕事を教えてもらったそう。
※お姐さん:芸者の世界での先輩の呼び名。年齢は関係なく、芸歴で先輩後輩が決まる。
「将来の選択肢を広げてほしい」と高校進学を願う母との衝突はあったものの、「私にとって大切なのは、やりたいことをやること」と訴える彼女の意志の強さに、周囲の大人たちも納得。
2014年、念願だった八王子花柳界(かりゅうかい※)へ入門し、2017年にめでたく半玉としてデビューしました。
※花柳界:芸者の生きる世界。花街が場所や地域を示すのに対し、花柳界は「世界」、「社会」といった意味合いを含む。
── 中学を出て芸者を目指す場合は、育成の仕組みが整っている京都に行くのが一般的だそうですが、なぜ八王子を選んだんですか?
くるみさんアットホームなところに惹かれました。置屋の雰囲気は、お母さんで決まると思うんですけど、めぐみお母さんは、明るくて、行動力があって、いつもみんなを笑わせてくれるんです。
マイケル・ジャクソンのことを「ジャイケル・マクソン!」と自信満々に間違えたり……(笑)。
あと、八王子の芸者は地域密着型なところも面白いと感じています。
── どんなところが「地域密着型」なんですか?
くるみさんほかの花街だと、お客さんは企業の方とか、観光客の方が多いと思いますが、八王子のお客さんは、「この地域に住んでいる人」が中心なんです。
芸者さんが呼ばれる理由も「おじいちゃんが88歳になった」とか「お父さんがホールインワンした」とか、家族の会や日常のちょっとしたお祝いごとが多いですね。
そんな感じなので、市や地域のイベントなどにもよく呼んでいただけます。
── へぇ! 「市や地域のイベント」にはどんなものがあるんですか?
くるみさん最近だと、ショッピングセンターの新春イベントや、公園の仮設舞台で「新春の舞」を踊らせていただきました。
あとはやっぱり街の一大イベント「八王子まつり」ですかね。お祭り前日の宵宮(よいみや※)に踊りを披露しています。
※宵宮:祭日の前夜に行う小祭のこと。
ステージが終わったあとにはいつも「上手くなったね!」「今回はここが惜しかったね」と、お客さんに声をかけていただくんです。八王子の芸者衆は、街の人たちに育ててもらっていると感じます。
── 街の人たちが芸者さんに触れる機会が多いんですね! 初心者にオススメのイベントはありますか?
くるみさん八王子は、ほかの花街よりもイベントの数がとっても多いので、季節ごとの催事を見にぜひおいでください(筆者注:「ゆき乃恵」ホームページの「今後の催事」で見ることができます)。
踊りをじっくり見ていただけるのは、八王子芸者衆が総勢で踊りをご披露する「八王子をどり」ですね。
面白いものだと、普段はジャズを生演奏するようなライブハウスで踊るイベントにも出演させていただいたりしています。
この表情があまりに少女らしくて可愛いの極み
八王子の芸者が「地域密着型」の営業スタイルとなったのは、八王子が都市部からやや離れた位置にあることも大いに関わっています(=大企業が少ない=料金設定が優しいから、だそう)。
しかし、街の人に理解の輪を広げ、地域での披露の場を増やしたのは、めぐみさんの活動あってこそ。いったい何が今の八王子花街を作ったのか、聞いてみましょう。
すべては「手書きのポスター」から始まった
くるみさん曰く「お茶目なところだらけ……(笑)」な置屋のお母さん・めぐみさん。
めぐみさんが八王子で芸者の道を歩み始めたのは、昭和60年頃のこと。
当時は、全盛期より寂しくなりつつも数十名の芸者で賑わっていたそう。ところが少しずつその数は減り、平成に入る頃には一桁台に。その様子を見て、めぐみさんはひとり立ち上がりました。
まず始めにしたのは「芸者募集ポスターの作成」。
今では当たり前となった芸者の一般募集も、当時では異例のこと。先輩方から「非常識」と非難されるなか、めげずに貼り続けていると、新聞で取り上げられたり、ホームページを作ってくれる人が現れたりと、協力してくれる人が徐々に増えていったそうです。
その後もめぐみさんの働きかけにより、街の一大行事「八王子まつり」に芸者衆の踊りの場が設けられたり、京都の「都をどり」、新橋の「東をどり」に続く八王子芸者の大舞台「八王子をどり」の歴史が幕開いたりと、芸者の存在感はだんだんと大きくなっていきました。
芸者の人数も徐々に増加。2017年には20名まで回復し、平均年齢も大きく若返りました。八王子花街は、今、東京で最も盛り上がりを見せる花街として注目されています。
「やらなきゃ」じゃなくて「やりたい」が原動力
── たった一枚のポスターから、今の八王子花街の再興がはじまったんですね……! 周りに反対されてもそれをやめなかったのは、「文化を途切れさせるわけにはいかない」という危機感や使命感があったからなのでしょうか?
めぐみさんそんな立派なものじゃないのよ。いつも私は、ただ「やりたい」と思ったことをしてるだけなの。「やらなきゃ」じゃなくて「やりたい」。
ポスターを貼り始めたのも、私自身もともと花柳界に関わりのない家庭からこの道に入ったから、この世界のことを知ったら入ってみたいと思う人はたくさんいるはずって確信があったの。
だから、「こんなに楽しい世界があるのよ、ってみんなに教えてあげたい」って気持ちでやっただけなんです。
── 反対されても、その気持ちは揺らがなかった?
めぐみさん「そんな非常識なこと、世間から叱られるに決まってる」なんて言われたときもあったけど「そんなことない」と思ってました。
── 周りに相談などはしなかったんですか?
めぐみさんしなかったですね。
── す、すごい! 私なら絶対周りに相談しまくって、迷ったり苦しんだりしそうです。
めぐみさん私、いつも自分の中に答えがあって、そこに向かって見切り発車しちゃうんです。
ポスターのときも「やってみてダメだったらまた考えます!」なんて言って始めちゃったわね。
計算もなしにすぐ動いちゃうんで、あとから「これどうするの」なんて言われて「どうしよう!」なんてことになったりもしたけどね(笑)。
「見切り発車」を見て、協力者がどんどん現れた
── でも、そうやって見切り発車した結果、協力してくれる人がどんどん現れたんですもんね。
めぐみさんうん、いっとう最初にやったのは手書きのポスターね。それしか思いつかなかったから。
そしたら「雨に濡れるとしわになるから」とポスターをパウチ加工してくれる人が現れて、今度はそれを商店さんが貼ってくれたんです。
そうこうしてるうちに、それが新聞記事になって、ポスターをパソコンで作ってくれる人や、ホームページを作ってくれる人が現れて……。本当にいろんな人が助けてくださいました。
── 親切な人が続々現れたのには、八王子ならではの要素もあるんでしょうか?
めぐみさんそう思います。八王子花街のお客さまは、この地域にお住まいの方がほとんどなので、普段から、街のみなさんが私たちを見守ってくれている、育ててくださっている感覚があります。
その気持ちにお応えしたい、と思うから、お稽古も頑張れるんですよ。
人で賑わう街づくりを、ここ花街から
── これまで、つらいと感じることはなかったんですか?
めぐみさん(やや食い気味に)一回もないわね。
踊りが覚えられなくて大変! とかはあるけど、苦労した記憶はあんまりないですね。
この世界に入ってから、「こうやったらお客さんに喜ばれるだろうな」「お茶を習って所作を綺麗にしたら、もっといろんなことができるな」とか、楽しいことばっかりでしたね。
── 今のめぐみさんの「やりたいこと」はなんですか?
めぐみさんこの街に見番(けんばん※)を作りたいんです。芸者衆のお披露目や、お稽古風景を見てもらうのにね。
※見番:いくつかの置屋を取りまとめる芸者の事務所のこと。事務所建物に舞台付の練習場を兼ねることが多い。
一般の方にもお貸しできるようにしたら、八王子は学生さんが多いから、たとえば落語研究会とかの発表会なんかにも使えると思うの。
そこに人が集まったら、今度はそこに飲食のお店ができたりとかするでしょ。ここは駅も近いから、街の人がお散歩がてら来るのにもちょうどいいし。
今の若い人って、歴史ある街が好きでしょう? 八王子も歴史のある街だから、見番をきっかけにして街が活気づけばいいなと思います。
かっこ悪いことも笑って話してくれる、楽しくて優しい「めぐみお母さん」
「もしかして見番の件も、もう動き始めてるんですか?」と尋ねると、満面の笑みで「そうなの」と答えるめぐみさん。ほかにも、まだ未確定ながら、新しい施設の建設計画を立てているそう。
いつでも自分の「やりたい」に一直線で、常にワクワクと前進するめぐみさんは最高に魅力的で、人が集まってくるのも当然の結果だなと感じました。
自分に正直であることは、誰かを動かす原動力になる
めぐみさんの話を聞いてあらためて思ったのは、「動く人は強い!」ということ。
何かやりたいことや始めたいことがあるとき、「正しい方法」や「失敗しないやり方」に重きを置く人は多いと思います。
でも、結果を出している人には、「やりたい」と思ったら反対されてもバカにされても見切り発車して、間違いながら軌道修正していく人が多いなと感じました。
自分の気持ちに正直であることは、ほかの人の気持ちにも真っ直ぐ向き合う準備ができている、ということでもあると思います。
だからこそ、くるみさんのような信念のある女性が、めぐみさんの元で芸者をやりたい、と集まってくるのでしょう。
さて、そんな素敵なお二人が活躍する八王子花街に行ってみたい! という方に朗報です!
本文でも少し触れましたが、八王子の芸者のお花代(料金)は、ほかの地域よりもお財布に優しくなっています。
ゆき乃恵さんの場合、芸者さん1人2時間につき1万4千円。10人参加者がいる会ならば、1,400円〜芸者さんを招くことができるんです。
めぐみさん曰く「値段がわからないから敬遠してしまうのはもったいない。幹事様にはご予算や会の目的を伺って、『そういう御用向きでしたら〇人くらいお伺いさせていただきますね』という明瞭なやりとりをするようにしています」とのこと。
会場などの相談も可能ということですし、ぜひこの機会に、芸者遊びデビューをしてみてはいかがでしょうか?
取材・編集/坂口ナオ+プレスラボ
写真/鎌田瞳