数年前の怖い話書く。心霊系では無いしましてや人間怖い系でもなくただ自分がマジで怖かった話。
ちょうど今ぐらいの時期。
要は年度末で公私共に忙しい頃だったんだけど、私は忙しい時期をまとめて処理したいタイプなので、何を考えたか保険に加入する予定を、ギツギツのスケジュールに捩じ込んだ。
電話で聞いたときは二十分くらいで手続き終わるらしいし、さっさと済ますか〜くらいの気持ちだった。
で、その手続きの日時なんだけど、退勤後の遅めの時間を希望して伝えていたら、予想外に残業が長引いたりで、日にちはズルズルと後ろ倒しになっていった。
その過程で、約束の20分前にキャンセルの電話を入れるようなことが1回。
「この時間なら電話出られます」と伝えておいた時間にかかってきた、日にち相談の電話をろくに聞かず、「こっちから連絡します」と切ったのが3回。
予定が片付かない苛立ちと、後半になってオーバーヒートしていく忙しさにちょっと感覚が麻痺してた。
でも当時は本気で、なーんで今連絡してくっかな…確かにこっちもそう言ったけどさ…忙しいとも言ったじゃん…こっちの身にもなってよ……と、不満タラタラで応対してた。
そんなんでも最終的には段取りが決まり、私にも「今日ならいけそう」という日が来た。
当日、3つのことを確実にこなせば、かなり余裕を持って退勤できるはずだった。
でも実際は、聞きたいことがある人には電話は繋がらなかったし、すごい些細なことで書類に不備出すし、散々だった。
残ってる業務を引き剥がすようにして約束に間に合う時間に会社を飛び出たけど、そんな風に急がなきゃいけないことに「保険なんかの予定をいれるから」と半ば憎悪のようなものを抱いていた。
自宅での約束だから自宅に帰り、担当者が来るまでの数十分、服も着替えられずすごくイライラしながら待ってた。
さっさと終わらせたい一心で、待たされてる気分で待ってた。
打ち合わせした時間のきっかり5分前にピンポンが鳴って、ちょっと不安そうな声音で◼️◼️会社の◯◯ですって聞いたときは、ああベテランじゃねえなこの社員、と思った。
予感は当たって、玄関先に立ってたのは、私より一回り以上若いけど、不安と緊張で老けてる女性だった。
彼女のちょっとオロオロしたような態度は苛立ちMAXの私の癪に障った。
なんていうかな、悪い子じゃないんだけど鈍臭い感じというか。
そこでその営業員が帰ってれば何も私は言わなかったと思う。思うんだけど、営業員は申し訳なさそうに「簡単なアンケートご協力いただけませんか」と言ってきた。
そこで私はカッとなった。
心に余裕が無くて、嫌な奴になった。
「あなたさあ、5分前に来たけど、本当はもっと前に着いてた?」
「そうですね〜。道に迷うかと思ってもう少し早めに着いてたんですけど、あんまり早すぎるのもご迷惑かと思いまして…」
「は?着いた時になんで電話くれないの?普通電話入れるのがマナーでしょ。もう夜だしさあ。待ってたんだよねこっちは」
言ってしまった。
苛立ちは一旦吐き出すと止まらなくて、私はネチネチ責め続け、新入社員っぽいその営業員は真っ青になり、謝り続けた。
「こちらの不手際により不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」
「いや〜どういう感覚してるの?こっちは時間を絞り出してるってのにさ」
「そうですよね。貴重なお時間をいただいているのに誠に申し訳ございません。このようなことはもう二度と無いようにいたします……」
分かる人には分かると思うけど、その時の私は自分の苛立ちや怒りで頭がいっぱいで、周りが見えていなかった。
相手の反応を、まったく気にしていなかった。
それで終いには、
「あなた本当に無理。どうかしてる。本当に無理です。無いです」
と言い放った。
そこでやっと弾切れ。
泣いてりゃこっちも良心痛むわ〜困るけど。とか、今思うと私も異常なこと考えてたんだけど、視界に映ったその営業員の様子が、私にはひどく異常に見えた。
目をじっと見開いてて、まるで私の顔や言葉を記録してるみたいだった。
ピンとした背中はちょっと前傾してて、座ってるんだけど今にも飛びかかって来そうな感じがして。
さっきまでの不安げな色は消えて、ロボットみたいな無表情で、こっちを見てた。
勿論、目を見開いてたのは涙を乾かすためだったかもしれないし、背筋がピンとしてたのは緊張してたからかもしれない。
でも、私はなぜか反射的に「あっ殺される」と思った。漫画みたいなこと言うけど人の押しちゃいけないスイッチ押しちゃった感覚というのかな。
相手の雰囲気がいきなり変わる体験なんだけど、手のひら返しとはまた違う威圧感だった。
まだ旦那帰って来てないわ。
とか、どうする?どうする?と、脳みそはぐるぐるしてるのに、体が強張って動かなくなった。
すごく覚えてる仕草なんだけど、彼女の目がちょっとだけ寄り目になって、元に戻った。
それで「本当に申し訳ございませんでした」と、しっかりした淀みのない声で言った。
なんかね、唇の動きも変なの。芋虫が這うみたいな、別の生き物みたいな感じ。
私は1秒でも早く彼女と2人きりの状況を脱したくなって、帰すことにした。なんて言って帰ってくれと頼んだのかよく覚えてない。すげー早口でまくし立てた気がする。
その中でもその子の動作は覚えてる。すごい綺麗な所作してんの。堂々としてるというか。無敵状態レベル。
彼女はもう最初のイメージぶち壊れるくらい、洗練された動きで静かに玄関出て、「お時間いただきありがとうございました。失礼いたします」と、揺るぎない声で言った。
で、唇がぐいんと動いて笑った。
目眩がした。
ドアを閉めて覗き穴から恐る恐る見たら、彼女のあの、制御されたような表情が、数秒こちらを見ていた、気がした。
彼女が本当に怖かった。
彼女は私の本名も住所も電話番号も勤め先も知ってると思うと、胃のあたりか締め付けられる感じがした。
暫くしても、その恐怖は消えなかった。
残業して、人通りの少ない夜道を帰るのがひどく不安になった。前は、残業へのイライラばっかりだったのに。
風呂から上がったら、旦那が彼女に殺されてる心配に駆られた。また、服を脱ぐ無防備な時間が嫌になった。
過去に起きてる衝動的な殺人事件について、バカみたいに調べた。
夢に彼女が出てきた。ロボットみたいな無表情が割れて、恐ろしい顔で襲いかかってきた。「いつでも殺せるんだよ」と何度も囁かれた。
彼女の鞄には包丁が入っていたんじゃないかと、今となっては分からない被害妄想に付きまとわれた。
彼女に殺されると思った。
疲れてた時期だし、ちょっとノイローゼ気味だったのはあるかもしれないけど、今までの人生であんなに怖いと思ったのは初めてだった。
彼女が私に向けてるのが「殺意」だと感じて、私に明確に殺意をもっている人間が存在している事実が、たまらなく恐ろしかった。
私が男だったらまた違ったのかなあ。生意気な表情してやんのとかで済んだのかなあ。
引っ越ししたことを例の保険会社に伝えなきゃいけないのがちょっと気まずいので書いてみました。
今これを書いたら、彼女に酷いことを言ったという罪悪感が私にそう思わせたんだろうかとも思えてきて、ちょっとスッキリ。
殺されなくてよかったなw 一方的に攻撃できると思うとか甘すぎるw