ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”[終] 第12回「“格差”をのりこえて」[二][字] 2018.03.23
豊かな文明を築いてきたヒト。
動物の中でなぜ人間だけがこのように進化したのでしょうか。
この疑問に挑んだのが…自由自在に視点を変えヒトの歩みを探求してきた知の巨人です。
今私たちが抱えるさまざまな問題。
解決のヒントを求め博士が未来を担う若者と行う特別授業です!今回は拡大する格差について見ていきます。
今世界の富はごく一部に集中し貧困層と富裕層の隔たりが社会を揺るがしています。
更に国家間の不均衡も国際社会を不安定にしています。
シリーズ最終回はロサンゼルス市街を見下ろす高台からの特別授業。
博士はヒトの社会が抱える大きな矛盾と向き合います。
(拍手)イタリアでは「ついにフルーツまで到達した」という言い回しがあります。
食事の順番でフルーツが一番最後に来ます。
という事でイタリア語でシアモアリヴァティアラフルッタ。
今日が最終回です。
私たちはこれまでにヒトが私たちの祖先である動物から進化してきた事。
言語やアート。
ヒトの長い寿命。
人間の暮らしをよくも悪くも大きく変えた農業などヒトがここ500万年の間に手にしたものを見てきました。
そして私たちが動物と変わらないがゆえに引き起こす危機についてもお話ししてきました。
前回は環境破壊についてでしたね。
今回は格差と富の集中についてお話しします。
社会の中の不平等そして国家間の富の不均衡は未来に暗い影を落とす大きな問題です。
太古から続く伝統的な社会いわゆる部族社会はおおむね平等でした。
平等という事は住民が同じぐらい裕福で…同じような社会的な地位を得ている事を意味します。
伝統的な暮らしでは食糧を保存できなかったため集落の全員が狩猟採集民や農民として働きました。
世襲のリーダーや王様や官僚を養う余裕はなかったんです。
ある日南太平洋のソロモン諸島で庭で汗して働く男性が私に手を振って挨拶。
どこの農家の方?と思ったらその方は現地で大変著名な芸術家でした。
平等な社会ではセレブも庶民と同じようにタロイモを作る必要がある訳です。
伝統社会の不平等はこのようにごく小さいものです。
しかし今日社会の不平等は世界各国で極めて深刻な問題に発展しつつあります。
博士はまず先進国における格差とそれがもたらす問題を取り上げます。
先進国の中で平等から最も遠い国はどこでしょう?分かりますか?私たちが今いる国は?アメリカ!そうですアメリカ合衆国。
先進国で最も不平等な社会。
皆さんはまさにそこにいる!この国はお金持ちと貧乏な人の格差がとても大きいんです。
先進国で貧富の差が大きいのはアメリカポルトガルそしてイギリスです。
アメリカでは上位1%の富裕層が国民全収入の25%を得ています。
しかもこの国の格差は拡大しています。
社会的経済的流動性という言葉があります。
貧しい両親のもとに生まれた子どもが貧困層から脱して富裕層の仲間入りをする機会や可能性を示します。
アメリカの社会的経済的流動性はほかの先進国に比べて低くしかもアメリカン・ドリームをつかむ機会は減っています。
この不平等はどのような結果をもたらすでしょうか。
貧困層の人々はどんな困難に直面していると思いますか?周囲から見下される状況が定着してしまってもう誰も手を差し伸べようとしなくなっています。
不健康。
何で健康状態がよくないんでしょう?ジャンクフードが安いから?安い食品は不健康なものが多く適切な医療を受けるのも困難。
ほかには?教育の問題?教育が行き届かないし1クラスの人数が多くなり過ぎる。
国の中の不平等は健康と社会的な問題に大きく影響します。
アメリカは乳児死亡率がほかの先進国はもちろんキューバよりも高い。
そして肥満率も先進国でトップです。
健康問題特にメンタルヘルスの問題も深刻です。
そして不平等は暴動のリスクを伴います。
ロサンゼルスでも大きな暴動が2回ありました。
私が忘れられないのはロドニー・キング暴動。
ちょうど5歳の息子2人をベビーシッターに預け妻とシカゴに飛び立つところでした。
1992年に発生したロドニー・キング暴動。
ロサンゼルス市内の貧しい地区で警察の強引な取締りに対する抗議から始まりました。
暴動は1週間続き死者は64名。
10億ドルもの経済的損失が出たといわれています。
ダウンタウンのあちこちで火の手が上がっていました。
そして暴動は拡大していったんです。
ビバリーヒルズの警察は地域の富裕層を守るため黄色い規制線で暴徒の侵入を食い止めようとしました。
今全米各地で経済格差が拡大していて将来更なる暴動の可能性があります。
彼らの不満や怒りは警察の黄色いテープではもう抑えられないでしょう。
このように貧富の差はさまざまな問題を引き起こします。
続いて国と国の間の不均衡を見てみましょう。
オルソン世界各国の地図をお願いします。
ダイアモンド博士は国家間の格差とその原因を分析します。
国が色分けされています。
赤く塗られているのが世界で最も豊かな国アメリカカナダ西ヨーロッパ諸国。
ピンクと赤の国は国民一人あたりの所得が4,000ドルを超える国。
青く塗られている国はそれ以下の国です。
例えばノルウェーは国民一人あたりの所得がアフリカの貧しい国々の300倍にもなります。
国家間の不均衡の主な原因が農業の始まりにある事はこの授業でも見てきました。
そのほかにも何か原因がありそうですか?水へのアクセス?主要な水路へのアクセス。
内陸国の問題です。
内陸国とは陸地に囲まれ海や海に流れ込む大河に隣接していない国の事です。
アフリカには現在ザンビアやジンバブエウガンダなど15の内陸国があります。
内陸国は海に接する国と比べ平均で40%貧しくなるといわれています。
陸路や空輸でものを運ぶコストは海上輸送に比べ7倍から30倍。
内陸国は貧しくなる傾向が強いのです。
そして天然資源です。
石油や木材鉱石などがある国の方が豊かな国になると思いがちですがおかしな事に逆なんです。
天然資源の輸出で収入を得る国は貧しくなる傾向があります。
アンゴラの石油シエラレオネのダイヤモンドボリビアの鉱山などです。
なぜ資源を持つ国が貧しくなってしまうのでしょう。
彼らがその資源を自由にできないからじゃないでしょうか。
資源を購入する国の発言権の方が強くなっているとか。
それも理由の一つだね。
資源が国内の特定の地方だけにある場合が多い事も問題です。
ナイジェリアでは国の南東部に油田がありますがこれが内戦の原因になりました。
ナイジェリアの内戦は1967年に勃発。
油田の発見から11年目の事でした。
部族間や地域間の緊張が天然資源の利権を巡る思惑によって大規模な内戦に発展したのです。
天然資源の輸出に依存する国は内戦に至る可能性が高く政治の腐敗を誘発する傾向があります。
資源が永遠に続くと考えてほかの事業に投資せず経済が発展しないのです。
赤道周辺の熱帯諸国も貧しくなる傾向が強い。
熱帯では土壌が貧弱で害虫による被害も大きく農業の生産性が低くなります。
そして植民地の問題。
インドやペルーボリビアのようにかつて豊かだった国が植民地化されて激変しました。
その昔豊かだった国が植民地化される時労働力や資源を搾取するための組織が作られました。
そしてその腐敗した組織は植民地が独立してからもそのまま残ってしまう事が多いのです。
国家が貧しいという事はその国にとって大問題です。
医療も教育も不十分。
食糧が行き届かず栄養も乏しく寿命も短い。
貧しい事は本当に悲しく不幸な事なんです。
かつて人々は貧しい国が苦しんでいるのは悲しいけどそれは遠い国の出来事だと思っていました。
でも今日豊かな国は貧しい国を心配するようになっています。
人々の交流が盛んになりコミュニケーションのツールが発達。
豊かな国と貧しい国は互いの状況をより身近に感じるようになりました。
そして国家間の格差の存在が浮き彫りになったのです。
貧しい国がある一方で世界はグローバル化。
となるとどういう問題がありますか?テロリズム。
そのとおり。
50年前国境を越えて移動するのは大変でしたが今日では比較的安価で簡単。
テロリストが移動しやすくなったんです。
ニコライ。
難民。
そのとおり。
そして難民の希望は?国を出る。
国を出て?移民。
移民。
そのとおり。
国家間の富の不均衡は移住・移民の大きな原因です。
しかしそれは特に悪い事ではありません。
アメリカではかなりの数のノーベル賞受賞者が移民かその子どもです。
つまり移民は社会の利益になる事がある一方問題を生む事もあるのです。
地中海を挟んでアフリカと向き合っている西ヨーロッパの各国は難民の問題に直面し国内の緊張が高まっています。
もしもソマリアやシリアの人々がドイツやルクセンブルクと同じぐらい豊かだったら難民は発生しないはずです。
そして新興感染症の問題があります。
熱帯の貧しい地域では十分な医療を受けられずエボラ出血熱やデング熱マラリアなどが流行しやすい。
人々が貧しい国に出かけた時や貧しい国の人々が豊かな国に来る時デング熱やマラリアなどの菌を運んできます。
富の不均衡は貧しい国だけでなく豊かな国にとっても大きな問題なのです。
先進国の国内の貧富の差が大きな社会問題を生みグローバル化によって国家間の格差も問題になっています。
今国際社会がこの事態にどう向き合うのか問われています。
講義の合間博士は生徒と語り合います。
今日は17歳の高校生シャノン・マンと彼女が今夢中になっている事について話しました。
アートが大好きでアニメも作るんですよ。
アニメを作る時どういう作業をするの?まずキャラクターをどう動かしたいか考えてそしてパソコンを使って少しずつ描いていくんです。
シャノンの作品には自然や環境への思いが強く表れています。
子どもの頃からハイキングが大好き。
将来持続可能な社会の実現に貢献したいと考えているシャノン。
博士にどうしても聞きたい事がありました。
何で人間はここにいるんですか?私たちの目的は何なんでしょう?期待してるような答えとはちょっと違うかもしれませんがこんな説明はどうかな?地球が45億年前に誕生してから微生物やら恐竜やらさまざまな生物が生きてきましたがいずれも目的はない。
ヒトも同じです。
目的や意味はないんです。
ただ私たちは生きる事の目的を考えて設定する事ができます。
例えばほかの人や地球に対してよい事をするとか学問の分野で貢献するとか。
まっ私の場合妻や子どもたちを幸せにするという目的を一つ達成できてとてもよかった。
これから研究も頑張りたいですがね。
ありがとうございます博士。
シャノンありがとう。
世界が急速に接近した結果国家間の貧富の格差があらわになっています。
どうすればこの格差や不均衡を解決できるのか生徒に問いました。
私たちは国内の不平等と国家間の格差にどのように向き合えばよいのでしょう。
どうすればいいと思いますか?皆さんの未来です。
なんとかしないと!もっと貧しい国にお金を渡すべきなんじゃないでしょうか。
政治家とかが持っていかないようにお金の流れもちゃんと監視して。
それは正攻法でいいアイデアだ。
上手にお金を渡してちゃんと成果が出るようにする。
ほんの少しの資金で大きな成果を得られるのが医療の分野です。
貧しい国に医療援助をするんです。
マラリアとエイズを根絶するのに260億ドルしかかからないという試算があります。
私が個人的に知っているだけでアメリカにはこの260億ドルを賄える人が3人いますね。
ビル・ゲイツ氏やほか数名は貧しい国の人々のために実際に私財を投じていますがまだ十分とは言えません。
もっと多くの人が貢献すべき。
これこそ国家間の経済格差や不均衡を解消するためにできる事の一つです。
皆さんたち自身でできる事は何でしょう。
この中で18歳以上の人は?2016年の大統領選挙で投票に行った人はいますか?僕?はい行きました。
すばらしい。
もし世界を変えようと思ったらまず投票です。
民主主義には問題もありますがこれまで市民が求めてきたものは民主主義でなんとか獲得できています。
このような対策が効果をあらわした時世界はどうなるのが理想なんでしょう。
格差があると不安定なので富はおおよそ均等に割り当てられるのが望ましい。
しかしそれが実現して貧しい国が豊かになったらどうなるか。
ちなみにアメリカはお手本にはならないですよ。
アメリカ人のライフスタイルは大変無駄が多い。
アメリカ人は平均して一人あたりヨーロッパ人の倍のガソリンを消費しています。
しかし生活レベルや年金の保障高齢者の健康などを比較するとヨーロッパの方がアメリカよりも優れています。
アメリカ人のガソリン消費の半分は無駄なんです。
地球の資源は限られているのに豊かな国が天然資源を過剰消費していると言う博士。
アメリカの人口は世界の5%。
ところが世界の化石燃料の25%も消費しています。
資源の消費を抑えた社会を目指しながら貧しい国を豊かにする取り組みを続けるべきだと博士は考えているのです。
私たちが格差の存在にじっと耐え半ば諦めているのはある種皮肉です。
実は私たちヒトの仲間チンパンジーは公平さ公正さの感覚を持っています。
一匹のチンパンジーには食料を与えずもう一匹にアボカドなどのおいしい食料を与えます。
アボカドをもらったチンパンジーは仲間が冷遇されているのを見るとそれを受け取らない。
チンパンジーは仲間も公平に扱ってほしいと考えているんです。
ヒトがほかの動物からどう進化してきたのか今回のシリーズを通して見てきましたがヒトは進化に逆行しているかのようです。
チンパンジーや猿でさえ持っている公平さの感覚がまひしているからです。
格差の問題を考えてきたダイアモンド博士は希望は残っていると言います。
今私たちは悲観的になる事もできますが希望を持つ事もできます。
第一の希望は今直面する問題は全て私たち人間が作り出したものだという事。
私たちはそれを解決する力も持っているはずなんです。
もう一つの希望は国際協定が最近いくつも調印されている事です。
海洋汚染は今でも大きな問題です。
海洋汚染を防止するためのロンドン条約の交渉は困難を極めましたが合意に達しました。
国際的な取り組みによって私たちは天然痘も撲滅。
そして二酸化炭素については2015年パリ協定が締結に至りました。
これも希望の種と言えるでしょう。
さあこれまで12回にわたってお話ししてきた事をどのようにまとめるのがよいでしょう。
私たちヒトはチンパンジーから枝分かれした時はただの動物でした。
それから500万年の間に進化してヒトならではの言語やアートを発展させました。
進化だけを考えれば戦争や殺人浮気やレイプは私たちが動物から受け継いだ性質だという事になります。
また長い歴史を持っている戦争を私たちはやめる事ができない。
それは動物から受け継いでいるのでどうしようもないのだという理屈です。
しかし動物とヒトの最も大きな違いは私たちはモラルによる選択をする事ができるという事。
動物は遺伝子を残すために行動しますが私たちはどう行動するか自分で決められる。
男性が手当たり次第レイプすれば遺伝子を多く残せるかもしれません。
しかし今やその男性は投獄されます。
そして縄張りを奪うために敵を殺せば法がそれを裁くのです。
私たちは遺伝子の拡散だけを目的とするのをやめモラルによって行動すると決めたのです。
これが今回の授業の大切なメッセージです。
1.6%の遺伝子の違いがチンパンジーと私たちを分けている。
この事実から始まった12回の特別授業。
博士は生徒と共に知の冒険を繰り広げてきました。
常識にとらわれないダイアモンド博士の自由な発想から生徒たちは未来を生きるヒントを得たようです。
今回の授業に参加して私自身に対する見方が変わりました。
そして周りの人や社会を新たな目で見られるようになりました。
僕が驚いたのはアートと言語の回で博士が動物とヒトの間の溝をつないだ時です。
興奮しました。
戦争と集団虐殺の回で動物から受け継いだ性質だとしてもそこに隷属する必要はないと言ってくれたのが印象的でした。
講義の締めくくりダイアモンド博士は生徒たちに激励のメッセージを贈りました。
私たちはこれからどこに向かっていくのでしょう。
これから10年か20年のうちにほかの惑星に地球外生命体が存在するという証拠が見つかるのではないかと思っています。
楽しみですね。
マンモスなど絶滅した動物を再生する試みに取り組んでいる研究者もいます。
でもネアンデルタール人を再生するかどうかについては倫理が問われる事になるでしょう。
この2つが今後期待できる新しい発見です。
これからは皆さんの行動が世界を決めていきます。
皆さんそして皆さんと同じ世代の人たちの行動が人生を決めるんです。
世界には希望があります。
過去の過ちから学び未来を真剣に考えて取り組めば世界は必ず皆さんが喜んで暮らしたいと思う場所になると思います。
この壮大な冒険ここまでおつきあい頂き本当にありがとう。
(拍手)2017年政府は2018/03/23(金) 22:00〜22:30
NHKEテレ1大阪
ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”[終] 第12回「“格差”をのりこえて」[二][字]
ダイアモンド博士は、「銃・病原菌・鉄」でピュリッツァー賞を受賞した進化生物学者。人間の進化によって現代社会を考察する博士の特別授業を12回にわたって放送。
詳細情報
番組内容
12回シリーズの最終回は、拡大する文明格差について。今、世界の富は一部の富裕層に集中し、貧困層との隔たりが大きな社会問題となっている。また、国家間の経済格差は、国際社会をきわめて不安定にしている。ダイアモンド博士は、ヒトの社会が抱える大きな矛盾を示しつつ、未来を担う生徒たちにメッセージを託す。
出演者
【出演】進化生物学者…ジャレド・ダイアモンド,【声】糸博
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
英語
サンプリングレート : 48kHz
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