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49-20 賊
パスコー・ラッシュとレラミー・ノースランドは、聞き耳を立てながら食事をしていた。
こういう場所では、庶民の生の声が聞けるので、いろいろと役に立つのだ。……聞く側にその気があれば、だが。
そして、2人にはその気があった。
「……ダス商会は景気がよさそうだぜ」
「ああ、俺も聞いた。人手が欲しいって言ってたから、明日雇ってもらえないか聞きに行くとするか」
「あ、そりゃだめだ。あそこは昨日から買い付けやら何やらで大半が出払っているからな。行くなら明後日以降だな」
「ちえ、そうなのかよ」
適当に選んで入った食堂だったが、思ったより耳寄りな情報が聞けた、とパスコーは満足した。それに、出てきた『サンドイッチ』の味も悪くなかったのだ。
「ありがとうございましたー」
代金を払って食堂を出た2人は、小声で打ち合わせる。
「なんとかダス商会って、メルダス商会だよな?」
「はい、だと思います」
「……ふむ、従業員が出払っているということが一般住民にも知られているということは、賊も知っているという可能性があるな」
「はい」
もちろん、賊がそこを襲うという確証はなにもない。しかも今夜であるという可能性はさらに低い。
それでも、可能性が0でなければ、警戒をして無駄になるということはない、パスコーはそう考えた。
「今夜はメルダス商会周辺を重点的に回ってみるか」
「はい!」
夜は深々と更けていき、まもなく午前0時、日付が変わる頃。
店先に灯されていた明かりは全て消え、わずかな常夜灯だけが灯る、暗闇が支配する時刻。
夜空に懸かる月はほぼ南中。その光はわずかだが地上に影を作っている。
「……日付も変わったかな」
「そうですね」
パスコーとレラミーはメルダス商会のある西中通りを歩いていた。
「今夜は何も起こらなければいいのだが」
「今夜も、ですよね」
「ん? ああ、そうだったな」
小声でそんな会話をしながら歩く2人だったが、パスコーは足を止めると耳を澄ませた。
「隊長?」
「……しっ、物音がする」
その言葉に、レラミーも息を止め、耳を澄ます。
確かに、どこからか足音が聞こえてくるようだ。それも上の方から。
「屋根を伝って近づいてくるようだな」
パスコーが小声で言う。それを聞いたレラミーは上を見上げた。
降水量が少ないので、このあたりの家は屋根の勾配が緩い。その方が建築・整備などの際に楽だからだ。
だがそれは同時に、こうして屋根伝いに歩くことを容易にしてしまうというデメリットもあった。
「とりあえずは様子見だ」
パスコーたちはメルダス商会の裏手が見える物陰に身を隠した。
夜空の月に透かすように屋根の上を見つめていると、一瞬だが大きな影が2つと、その半分ほどの影が1つ、メルダス商会の屋根に現れ、すぐに引っ込んだ。
「……来たのか?」
「え、ほ、ほ、本当に!? ど、どうします、隊長!?」
まさか予想が本当になるとは思わず、少々焦るパスコーと、盛大に焦るレラミー。
「慌てるな、落ち着け」
パスコーとしても、増援を呼んでおけばよかったと思っていたが、もはや後の祭りである。
2人だけで何とかしなければならなかった。
「全員捕らえようとするのは悪手だ。まずは1人を捕らえることを目指そう。そしてそれが無理なら、後を付けて拠点を見つけるんだ」
「は、はい」
はっきり言ってレラミーは、その治癒魔法と事務能力を買われて副隊長になっている。ゆえに荒事には全く向いていない。
パスコーもそれは百も承知しており、無理のない行動をせねば……と思ってはいるのだが、どうしても多少の危険はつきまとうことになる。
それは王都警備隊となった時点で覚悟していることではあっても、隊長として、また男として、パスコーはレラミーを危険にさらしたくはなかった。
だが、それ以上に王都警備隊としての義務を果たさねばならなかったのだ。そうした葛藤がパスコーを悩ませていたが、最終的に義務感が勝利した。
危険になったらレラミーを逃がし、自分1人で対処する決意を固めたのである。
20分ほど様子をうかがっていると、屋根の上に大2小1の3つの影が現れ、来た方へと掛け去っていく。
「よし、追うぞ」
「はい」
パスコーはレラミーと共に、屋根の上を駆ける影を追った。
だが、屋根の上と道路とでは勝手が違う。
ぐるっと回り込まねばならない場所でも、屋根の上は斜めにショートカットできるので、2分とたたないうちにパスコーたちは屋根の上の影を見失ってしまった。
「……くそ……」
残念がるパスコー。レラミーもしゅんとしている。自分の足が遅いことを気に病んでいるのだ。
「済みません、隊長。私が遅いから……」
「いや、気にするな。大勢いても追い切れなかったろう」
そう言ってレラミーを慰めながらも、パスコーの目は賊が消えていった屋根の上を睨んでいたのであった。
* * *
(こいつらが、今王都を騒がせている盗賊団ですね……)
一方、パスコーとレラミーの他にも、盗賊団を追っている者がいた。
(2人と……1体ですか)
クライン王国首都アルバンに配置されている第5列、男性型のレグルス2、通称ライバーである。
『不可視化』で姿を消し、『力場発生器』で空中を移動することにより、気取られることはない。
(ご主人様の物より数段……いえ、十数段劣るとはいえ、あれが鍵ですね)
ライバーが見つめているのは、成人男性の半分ほどの大きさの影。
(小型ゴーレム、ですか。……確かにあれなら、忍び込むのも容易でしょうね)
身長80センチほどの、子供体形のゴーレム。それが盗賊団の切り札のようだ。
大人が通れないような隙間でも、難なく通ってしまうことができ、力は大人の2倍……とするなら、かなり心強い。
(音をほとんどたてずに屋根を走っているところを見ますと、運動性能はよさそうですね。体重も軽そうです)
レグルス2、ライバーは、じっくりと観察し、解析していった。
そして2人と1体は町外れに到着。時刻は午前1時。
何かを待つように賊は空を見上げていた。と、そこに。
(黒い熱気球……ですか)
彼らを迎えに来たと思われる漆黒の熱気球が。
(これなら、そうと知って夜空を見上げなければ、まず見つからないでしょうね。そういう意味では、彼らは運が……いえ、悪運がよかった、といえるのでしょうか)
そもそも夜中に外にいるのは賊か警備兵くらいのもので、普通なら警備兵は地上を見張るであろうからだ。
今回の賊は、パスコーとレラミーに発見されていたことに気づいていないようだが、ライバーはそうではなかった。
ゆっくりと降下してきた熱気球に、2人と1体は乗り込んだ。
熱気球に乗っていたのは男が1人だけ。その男が2人に尋ねた。
「ご苦労さん。守備は?」
「もちろん、このとおりさ」
乗り込んだ1人が、金貨が入っていると思われる袋を挙げて見せた。
「まあ、金貨50枚は下らねえだろうな」
彼らは、すぐ足が付くような貴金属は狙わず、お金だけを狙っているのだった。
「まあそんなもんだな。よし、帰るぞ」
黒い熱気球ははじめはゆっくり、そして次第に速く、夜空を滑っていく。
第5列ライバーは、誰にも気づかれず後を追っていったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
お知らせ:本日3月24日(土)10:00、異世界シルクロード(Silk Lord)も更新しております。お楽しみいただけたら光栄です。
お知らせその2:
3月24日(土)早朝から25日(日)昼過ぎまで帰省していまいりますのでその間レスできません。ご了承ください。
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