第6話 無愛想な5番機パイロット

 ピリオドごとの飛行訓練を終えたパイロットは、飛行隊隊舎のブリーフィングルームに集合して、フライト後の振り返りと評価・反省をするデブリーフィングを行う。全国の戦闘機パイロットの中から選抜された、精鋭たちが集まる部隊とだけあって、彼らの操縦技術には、最後まで圧倒されっぱなしだった。


「桜木、初めてのアクロバットはどうだった?」


「……とても圧倒されました。地上から見るのと、実際に体験するのって、こんなにも違うんですね。それに身体にかかるGも凄かったです。機体にかかるGは、最大で5Gまでだって聞きましたけれど、実際に体験してみると、もっとあるような気がしました。あと機体同士の距離がすごく近くて、いつ衝突するかビクビクしてましたよ」


 鷲尾2佐の問いかけに、小鳥は思っていたことを素直に口にした。


 まさに圧巻の一言に尽きた。編隊の空中集合ジョインナップのときなど、普通の部隊の常識では考えられないほど、凄まじい勢いで僚機が接近してきたのだ。しかもパイロットの全員が、そしてあの赤峰1尉さえも、課目の開始高度と終了高度を、ぴたりと一致させる精密な操縦ぶりである。ブルーインパルスという部隊は、まさに神業のような飛行を、事もなげにやるものなのだと、小鳥は改めて知ったのだった。続いて口を開いたのは赤峰1尉だ。


「ブルーインパルスの六つのポジションのなかで、最も過酷な条件で飛行するのが、5番機と6番機なんだ。どっちも激しい機動が多いからな。特に5番機は、背面飛行や急上昇、それと連続横転が多いんだよ」


 小鳥はちらりと流星のほうを見やった。腕を組んだ流星は、鷲尾2佐が話す注意点を静かに聞いている。赤峰1尉から、ブルーインパルスのエースと聞いたとおり、流星の操縦技術は明らかに群を抜いていた。その軌跡は天に閃く稲光のように鋭く、ときには野原を飛び交う蝶のように、柔らかく美しかった。


 そんな5番機の飛行は、今でも目に焼きついていて、思い出すだけで鳥肌が立ってしまいそうだ。しかし流星もすごかったけれど、師匠の赤峰1尉もすごいと小鳥は思う。神業としか思えないアクロバットを行う流星と、呼吸を合わせて飛ぶのだから。なので小鳥は赤峰1尉を少しばかり見直したのだった。


「よっしゃあ! みんなで昼飯を食べに行こうぜ! 桜木も行くだろ?」


 赤峰1尉の誘いに、もちろん小鳥は「はい」と頷く。ブルーインパルスは協調性を重視する部隊。隊員同士の連帯感を高めるため、こうやって行動を共にすることが多いのだ。


「――すみません。ランニングをしたいので、俺は遠慮します」


 短く言うと流星はブリーフィングルームから出て行った。協調性なんてまるでない流星の態度に、きっと鷲尾2佐たちは呆れているだろうと小鳥は思ったが、意外にも彼らはまったく気にしていない様子だった。とすると流星は日頃からあんな態度をしているということか。


「すみません! わたしも天羽1尉と一緒に走ってきます!」


 小鳥が言うと鷲尾2佐たちは目を丸くして彼女を見やった。そんなに驚かれるようなことを、小鳥は言った覚えはないのだが。みんなに一礼した小鳥は飛行隊隊舎を出る。だが先に出たはずの流星の姿は、どこにも見当たらなかった。草むしりをしている隊員を見つけたので、小鳥が彼に訊いてみると、流星は正門のほうに行ったらしい。小鳥が駆け足で正門のほうに行くと、簡単にストレッチをしている流星がいた。


「天羽1尉! わたしもご一緒してよろしいですか?」


 小鳥が大きな声で話しかけると、ストレッチをしていた流星の肩が、びくっと跳ね上がったように見えた。小鳥に話しかけられたというのに流星は振り返らない。聞こえなかったふりをしてランニングを始めるか、それとも小鳥の呼びかけに応じて振り返るか――。流星は二つの選択肢の間で迷っているのだと小鳥は思った。ややあって流星がぎこちなく振り返った。小鳥の呼びかけに応じるほうを選んだようだ。


「……好きにしろ」


 それだけ言うと流星は地面を蹴って走っていった。小鳥も慌ててあとを追いかける。それにしても速い。小鳥に配慮していないようなハイペースだ。しかし一緒に走りたいと言ったのは自分なのだから、ここは意地でも完走しなければ面目次第もない。それに女性だからと手加減されるのも嫌だ。気合いを入れて小鳥は速度を上げる。ようやく流星の横に並んだときには、息も絶え絶えになっていたけれど、それでも小鳥は根性で流星に話しかけた。


「天羽流星って、宝塚みたいに素敵な名前ですね!」


「昔からよく言われる」


「天羽1尉のアクロバット、とてもすごかったです! 圧倒されました!」


「勘違いするな。俺はおまえを喜ばせるために飛んだわけじゃない」


 言葉に詰まった小鳥は立ち止まった。会話を求めようにもすぐに断ち切られてしまうのだ。どうやら流星はよほど小鳥と話したくないらしい。小鳥を一瞥した流星が走る速度をさらに上げる。小鳥が声をかけると、少し走ったところで流星は足を止めた。


「わたしたち、以前どこかで会いませんでしたか?」


 黒髪を揺らして振り向いた流星は、とても驚いたような表情を浮かべていた。例えるなら、自分しか知らない宝物の隠し場所を、言い当てられたときのような表情に似ている。これは絶対なにか心当たりがあると、小鳥は確信したのだが。


「……俺たちブルーは有名人だからな。テレビか雑誌で見たんじゃないのか? 桜木とか言ったな。よく聞け、俺はおまえと仲良くするために走っているわけじゃない。身体を鍛えるために走っているんだよ。俺と仲良くなりたくて、くっついてきたのなら、さっさとあきらめて帰るんだな」


 小鳥に向けて放たれた流星の言葉は、団結心と協調性を重んじる部隊の一員だとは思えない、とても衝撃的なものだった。流星は氷の双眸で小鳥を一瞥すると、フライトブーツの踵を鳴らして、さながら駿馬のように走っていく。反論することも、追いかけることもできない小鳥は、走り去る流星の後ろ姿を呆然と見送っていた。

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IMPULSE BLUE -大空の軌跡- 蒼井青空 @TsukiUsagi

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