◇「特性」を主張する若者たち
私を含め、現在の30〜40代以降の発達障害者は、その「生きづらさ」の正体を知らないまま、転職をくりかえし、それぞれの「やり方」を見出しつつ、努力して社会とかかわってきた。もしくは「そうせざるをえなかった」、と言い換えてもいいだろう。
「たしかに、40代くらいのご登録者様は、『自分でも会社に貢献できることがあれば』『人の役に立ちたい』という真摯な気持ちで障害者雇用に向き合う方が多いですね。本当に真面目で、愛社精神に富む方が多い。おそらく、つらいご経験を経てこその発想ではないでしょうか?」
パーソルチャレンジのキャリアアドバイザー、大村さん(仮名)は続ける。
「たいして、若年層のご登録者さまですと、『自分の特性に合った適職に就きたい、こういった仕事はなるべく避けたい』というように、最初から強い主張を持って就職活動にのぞまれる方が多い印象です」
現在、発達障害者の割合は、100人に1〜2人くらいとされているが、実際にはもっと多いだろうという臨床現場からの声もある。では、彼らがみな、いわゆる「適職」に就くために、障害者雇用枠を希望するようになると、どのようなことが起きるのだろうか? 一見、合理的な生き方に見えるが、そこに隙はないのだろうか?
不要な二次障害を発症させないためにも、自分の特性を知ることは、何より大切なことである。しかし、迷い、苦しみ、その中で自分なりの「取扱説明書」を手に入れていくプロセスは、本当に必要ないのだろうか。学生の時点で自分の特性を分析し、社会に出た途端「自分は特性ゆえにこれはできません」というのは、いかがなものだろうか。それは、障害をエクスキューズにすることにならないだろうか......。私の「モヤモヤ」は、膨らんでいくばかりだった。
◇苦労の「同調圧力」という"呪い"
日本人特有の「同調圧力」が嫌いだ。もちろん好きな人はいないだろうが、知らず知らずのうちに、人間は他者に無言の「同調圧力」をかけている。仕事でも育児でも恋愛でも、あらゆる場面で......。
「私の時代なんて、紙おむつなんて便利なものなかったわ〜。今のお母さんはラクでいいわね」
「俺が新卒で入社した頃は、上司からの誘いは絶対だったからな。お前らみたいに拒否権なんてないんだよ、誘われたら行く。それだけだ」
「みんなが苦労してきたことなのよ、あなたも辛いだろうけど、仕方ないわよ」
本当に、「仕方ない」のだろうか......。私は拙著の医療監修をつとめてくださった、精神科医の西脇俊二氏に、その、モヤモヤとした気持ちをぶつけてみた。
「それは、クニザネさんが根性や我慢を美徳とする、日本の社会でもまれてきたからでしょう(笑い)。陥りがちなところだけれど、必要のない苦労をすることはないよ。アメリカやヨーロッパの特別支援教育では、もちろん最低限のコミュニケーションや社会ルールは覚えさせるけれど、大学生どころか小学生のうちにその子の特性を周囲と共に理解し、その子の特性に合った専門の教育プログラムを組む。日本が遅すぎるんだね。だから、そのコミュニケーションプログラムも、自分の特性を知る上で、たいへん意味のあることだと思いますよ」
やはり......。誰よりも「同調圧力」を嫌悪していたつもりの自分が、若い世代の発達障害者に、苦労の「同調圧力」という"呪い"をかけようとしていたのである。私は肩を落とした。自分が恥ずかしくて、仕方がなかった。
◇「適材適所」と「職場の文化」
西脇氏曰く、院長を務めているハタイクリニック(目黒区)でも、ここ数年で、障害者手帳を取得する20〜30代の発達障害者が増加しているという。まさしく、パーソルチャレンジで聞いた話と符合する。
「例えば支援センターに相談に行った発達障害者が、手帳を取得して障害者雇用枠で就職をするという流れができてきたのは、ここ数年ですよね。まあ、それより前は、そういう流れがなかったから、つらい思いをする人も多かったのだけれど」
時代が違っていれば、私もまた、別の選択肢があったのかもしれない。
「あと、最近は『自分の適職は何でしょうか』と聞いてくる患者さんが多くいらっしゃいます。要するに、営業などの、チームワークを必要とするような職業ではなく、アスペルガーだったら、例えばシステムエンジニア(SE)であったりと、向いているだろうと思われる職業はあるわけですね。でも、たとえばその「適職」に就いたとして、職場に障害者に冷たいパワハラ気味の上司がいたら終わりでしょう。つまり、「適材適所」というのは非常に大切なんだけれども、さらに大切なのは「職場の文化」なんです。だから、発達障害であるなしに関わらず、私は就職や転職の際には、とにかく、できるかぎり会社の"雰囲気"を感じとることを強くすすめています」
西脇氏は続ける。
「個人のケースをフォローするのは当然のこと。その上で障害者を歓迎し、共に頑張っていこうとする"雰囲気"が会社にあるかどうか。それこそが大きなポイントなんですよ」
◇「発達障害者」就職の展望と課題
西脇氏は、障害者雇用枠での就職が増えていくことは、社会が発展していく上でも、とても良いことだと言う。先に言及した「転職をくり返す発達障害者」についても、やはり障害者雇用枠での就職をすすめるというスタンスだ。その上で、次のような課題についても言及した。
「仕事というのは、必ず想定外のことが起きる。だから、サポートプログラムなどに参加して自分の特性をしっかり理解していたとしても、適切なマッチングで就職が出来たとしても、実際に働いてみなければわからないことが山のようにあるわけです。フォローが必要になる。ですから本当は、支援センターなどが"クオリティの高い"ジョブコーチ(職場適応援助者)を個別に提供できるといいですね。発達障害者本人だけでなく、職場の人間もセットになって、ジョブコーチの支援を受ける必要があります。もちろん、これは既に行われていることではあるんだけれど、人材の"クオリティ"が重要なんです。じつは発達障害をきちんと診断できる医者も少ないけれど、本当にきちんと発達障害を理解したスキルの高いジョブコーチというのは、ほとんどいない......。資格があるだけではダメなんです。まずはその育成から、かもしれませんね」
たしかに、私たち発達障害者は、とかく"環境の変化"に弱い。それが就職、転職ともなれば、人生の一大事と言っても過言ではないのだ。私の場合はーー時代のせいもあるだろうーーとにかく体当たりでぶつかり、砕け散ってきた。それしか、できなかった。そして、砕け散った結果、苦手な通勤電車を避けて、自分のペースで動ける、現在のフリーランスという形をとるに至ったが、やはり会社員時代に比べると、とくに収入面において、満足のいく結果が出しづらいという現状もある。
だから、仮に私がまだ若く、かつてのように「砕け散った」としたら......。そんな時、自分の特性を理解してくれる精神科医や支援センター(就職支援企業)、そして信頼できるジョブコーチが側にいてくれるとしたら......。もしかすると、今とは違った未来が待っていたかもしれない。
とにかく、私たち発達障害者の"多様な未来"を可能とする(対応できる)環境や制度の改革を、切に願う。同時に、私たちがーー数ヶ月前の私のようにーー色眼鏡で障がい者雇用を捉えるのではなく、あくまで"多様な未来"のひとつとして、ポジティヴな選択の一つに加える流れが、私と同じ年代の発達障害者の間にも、少しずつ、拡がっていけば良いと思う。
友人との邂逅がもたらした"新しい視点"は"強い衝動"となって、私を突き動かした。「発達障害」や「アスペルガー」という言葉が世間に広く認知されるようになって数年が経つが、同時に、私たちを取り巻く制度や仕組みも大きく変わりつつある。
20年前は、想像だにしなかった景色が、今、眼前に広がっている。私はその景色にいささか戸惑いつつも、頬を撫でる風にしっかりと春の息吹が満ちていることを感じながら、イヤイヤ期真っ只中の子どもの待つ保育園へと急ぐのだった。
(了)