企業のクラウド利用は本当に増えているのか? 統計データから実態と押さえておくべきポイントを探る

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いま、成長分野といわれているのがクラウドサービス市場だ。IDC Japanの発表によると、国内プライベートクラウド市場は2021年までに平均して39.0%の成長率で推移していくと予測されている。実際、企業におけるクラウドサービス利用率も増えているとされているが、果たしてどのような分野でクラウドが適用されているのか。統計データとともに、企業のクラウド利用状況について、エンジニアが押さえておくべき実態と未来を考える。

企業のクラウド利用率は、前年比2.3ポイント増の46.9%

総務省が発表した『平成29年版 情報通信白書』では、企業のクラウドサービス利用率を2015年と2016年で比較している。同白書によると、「全社的に利用している」「一部の事業所又は部門で利用している」という企業の割合は、2015年末時点で44.6%だったが、2016年末には46.9%となった。

総務省|平成29年版 情報通信白書|企業におけるクラウドサービスの利用動向

クラウドソリューション市場も成長を続けている。IDC Japanが2017年10月17日に発表した国内プライベートクラウド市場予測では、「2016年の国内プライベートクラウド市場規模は、前年比44.8%増の3093億円」と予測され、2016年から2021年までの5年間における年間平均成長率は39.0%と見込まれているという。

これらの数値を見ると、「クラウドサービスを利用する企業は少しずつ増えており、なかでも『プライベートクラウド』と呼ばれる市場は大きく成長している」ことが分かる。こうした統計数値を中心に、クラウドを利用している企業のニーズやクラウドに対する評価、そして今後クラウド導入が進むと予想される分野について見ていこう。

そもそもクラウドサービスとは

ひとことで「クラウドサービス」といっても、従来のホスティングサービスと同じようなサービス、アプリケーション機能を提供するものなど、そのサービス形態は多種多様だ。クラウドサービスは、サービスを提供する構成要素によって大きく3つに分けられる。

(1)SaaS(Software as a Service)

インターネット経由で、メールやグループウェア、業務システムなど、特定のソフトウェア機能を利用できるサービスのこと。WebブラウザをUIに据えているケースが一般的で、グーグルが提供する「G Suite Business」や、サイボウズの「サイボウズ Office」、セールスフォース・ドットコムの「Sales Cloud」や「Marketing Cloud」、マイクロソフトの「Office 365」などがある。

(2)PaaS(Platform as a Service)

ハードウェアからOS、ネットワーク、ミドルウェア、セキュリティ、運用管理ツールなど、業務システムの開発・導入に必要なインフラをインターネット経由で利用できるサービスのこと。開発パートナーと組み、PaaS上で稼働するアプリケーションを提供する事業者もある。代表的なPaaSとして、マイクロソフトの「Windows Azure」やセールスフォース・ドットコムの「Force.com」、サイボウズの「kintone」などが挙げられる。

(3)IaaS(Infrastructure as a Service)

ハードディスクやCPU、メモリ、OSなどをインターネット経由で設定・利用するサービスのこと。月額が定められているホスティングサービスに対し、利用したリソース分だけを支払う従量課金制を採用しているケースが多い。代表的なサービスには、アマゾンが提供する「Amazon Web Services」が挙げられる。


基本的には、事業者側があらかじめ用意したリソースを複数の企業・組織が共有して利用する「パブリッククラウド」という形態が主になるが、PaaSやIaaSでは、企業が独自に構築できるサービスもある。これらは「プライベートクラウド」と呼ばれている。

「資産や保守体制が不要」「どこでも利用できる」ことがクラウドの人気

クラウドサービスのメリットとしてすぐに挙げられるのは、「初期コストが抑えられる」「すぐ利用できる」「運用保守の人件費や工数が削減できる」といった内容だ。実際に調査データを見ると、これらの理由を挙げている企業も多いが、企業によって観点は若干異なっている。

『平成28年版 情報通信白書』を見ると、企業がクラウドサービスを利用している理由は、

  • 「資産、保守体制を社内に持つ必要がないから」(42.3%)
  • 「どこでもサービスを利用できるから」(33.4%)
  • 「初期導入コストが安価だったから」(31.9%)

これらが上位となっている。

一方、『平成29年版 情報通信白書』で同様に理由を見てみると、

  • 「資産、保守体制を社内に持つ必要がないから」(40.9%)
  • 「どこでもサービスを利用できるから」(36.5%)
  • 「安定運用、可用性が高くなるから(アベイラビリティ)」(29.6%)

という意見がトップ3となった。資産所有をしないことによる工数削減や、初期費用の抑制という利点についての評価は、1年で低くなっていることが分かる。

その代わり、平成29年版で増えた意見としては、「情報漏えい等に対するセキュリティが高くなる」(2.2ポイントアップの25.9%)や「既存システムよりもコストが安いから」(1.1ポイントアップの23.8%)などがある。「安定運用」のほか、「セキュリティ」「リプレース後のコストメリット」などを評価する声が増えたことが分かる。

中小企業は「初期コストの安さ」「導入期間の短さ」を評価

中小企業庁が発表している『中小企業白書(2013年版)』では、企業がクラウドサービスを利用する理由トップ3として、「初期コストが安い」「導入までの期間が短い」「技術的な専門知識がなくても導入できる」を挙げている。ただ、企業規模によってどのポイントを重視するかは異なるようだ。

従業員数100人以下の企業の場合、「技術的な専門知識がなくても導入できる」という利点を評価している割合が最も高く、45.0%だった。反対に、評価が低かったのは「初期コストが安い」という点だ。

ところが従業員数101〜300人規模の企業だと、「初期コストが安い」を最も評価しており、300人以内の企業だと48.6%、300~400人以内の企業だと53.6%と半数以上がコストメリットを実感している。逆に、それほど評価が高くなかったのは「技術的な専門知識がなくても導入できる」という点で、この2つの規模の企業は結果が一致している。ちなみに、「導入までの期間が短い」は、いずれの規模の企業でも2位の評価となっている。

中小企業白書(2013年版)p198中小企業白書(2013年版)』(PDF)p198より

なぜ、従業員数のレベルで評価ポイントが分かれるのか。考えられる要素は、「IT専任者がいるかどうか」という点である。人数が少ない中小企業、特に従業員数100人以下の企業ほど、必要最低限の業務分野でビジネスを回し、IT専任者がいないケースが多い。こうしたことから、従業員数が少ない企業にとっては「技術的な専門知識が不要」という点はメリットになり得る。

反対に従業員数が多い場合、クラウドサービスの特徴である「利用した分だけの課金/従量制課金」の効果が表れやすい。通常の業務システムであれば、安定した稼働のために冗長性を持たせ、利用人数、ネットワーク帯域などの変動に耐えられるように設計する。例えばファイルサーバー1つであっても、「膨大なファイル容量となっても耐えられるように」「アクセス人数が一気に増えた際に、稼働に影響がないように」と先を見越して、本来の使用形態よりもオーバースペックな基盤で構成することが一般的だ。まして業務システムならば、ビジネス継続性の観点から、サーバー構成やライセンス費などについては余裕を持たせた設定にすることもある。クラウドサービスであれば、利用実態に合わせ、「使った分だけ課金する」ことができるので、サーバーの購入・保守運用費はもちろん、ライセンス費も抑えられ、コストメリットを享受しやすい。

クラウドサービスを選ばない理由

では、企業が「クラウドサービスを選ばない」場合には、どのような理由が挙がってくるのだろうか。

『平成29年版 情報通信白書』によると、クラウドサービスを選ばない理由として、「情報漏洩などセキュリティに不安がある」(35.4%)という意見を抑えてトップとなったのは、「必要がない」(47.3%)というものだ。なお、この「必要がない」については昨年の調査でもトップだったが、今回は前回よりも4.4ポイント増となっている。

確かに、いま稼働しているシステムに特に問題がなく、保守・運用体制にも支障がなければ、あえてクラウドに切り替える理由はどこにもない。実際、「クラウドの導入に伴う既存システムの改修コストが大きい」(22.4%)という理由のためにクラウドを選択しないという企業もある。

一方、クラウドを選ばない理由として、昨年の調査結果では22.5%の企業が「メリットが分からない、判断できない」という意見を挙げていたが、今回の調査では16.5%と、マイナス6.2ポイントとなった。これは、この1〜2年のなかで産業界における「クラウドサービス」への認知度が上がり、そのメリットや事例を目にする機会が増えたことに起因すると思われる。そして「現状よりも、コストなどの点でクラウドの方がメリットがあるのなら、リプレースする」という企業が増えてきたようだ。

利用中のクラウドサービス、トップは「電子メール」

企業が実際に利用しているクラウドサービスはどのようなものか。同じく『平成29年版 情報通信白書』を基に見てみよう。

利用サービスのトップ3は「電子メール」(51.7%)、「ファイル保管・データ共有」(50.7%)、「サーバー利用」(46.7%)だ。続いて、「社内情報共有・ポータル」が38.4%、「スケジュール共有」は38.3%となっている。

業務システムのクラウドサービスはどうか。最も利用率が高いのは「給与、財務会計、人事」で26.4%となっている。「営業支援」は14.8%、「生産管理、物流管理、店舗管理」になると8.6%と一桁台だ。

平成29年版 情報通信白書 第2部 p291平成29年版 情報通信白書』(PDF)第2部 p291より

メールやファイルサーバー、ポータルなどは、リプレースに伴うリスクも比較的低く、クラウドを活用しやすい分野だ。「クラウドサービスの普及が進んでいる」とはいっても、まだ基幹業務以外の分野での利用がメインであることが分かる。

事業再編でクラウドを選択するケースも?

これまで見てきたように、企業のクラウドサービス利用が増えているとはいっても、その範囲はまだ限定的で、基幹業務がそのままクラウドサービスに置き換えられているケースはまだ少ない。ただし、統計にはまだ現れていないが、業界再編のなかでクラウドサービスを選択するというケースも増えつつあるのは事実だ。SaaSを利用しながらも、システム開発ではPaaSやIaaSを選択するプロジェクトが増えているという。

M&Aや事業分割などで新会社を設立する場合、1から立ち上げるベンチャー企業とは異なり、すでに事業の基盤が存在する。そこで既存システムの資産を活用しつつ、新しいシステムを開発することになり、その開発・本番環境でPaaSやIaaSを利用するといった形だ。オンプレミスですべての開発を行う場合、開発用と本番用にハードウェアを購入し、環境を構築して開発・テスト・移行を行わなければならないが、クラウドサービスの利用であれば、その手間やコストが大きく削減できる。

クラウドにすれば、開発着手前のハードウェア、ミドルウェアの購入費や、環境構築にかかわる人件費、工数がかからない。また、システム移行終了後に、開発用リソースの契約を解除すれば、その後の運用維持費も不要になる。従来のシステム構築に比べ、工数やコストは半分以下になる例もあるという。

そのため、エンタープライズ系システム開発に従事するエンジニアにも、クラウド環境でのシステム構築の経験やスキルが求められることが増えてきた。具体的には、以下の2つへの対応が挙げられる。

  • (1)クラウドに関する知識
  • (2)クラウドの利点に合わせた開発手法

クラウド時代の開発スタイルとは?

(1)「クラウドに関する知識」

これは、それぞれのクラウドの技術的な特性、主要な業務アプリケーションとの相性、運用ツールの使い方や今後のバージョンアップ予定など、設定・開発・運用に関するさまざまな知識のことだ。IaaSやPaaS事業者の開発パートナーであれば、情報交換の機会も多い。勉強会やコミュニティ活動などでさまざまな最新技術を知ることができる。

(2)「クラウドの利点に合わせた開発手法」

これについては、クラウドの大きな利点である「迅速な立ち上げスピード」を損なうことなく、システムを構築・連携させることが必要になる。可能な限りシステムを止めず、リリースできる部分から順次本番環境へと切り替えていくため、基本的にはアジャイル型の開発プロジェクトが多い。

昨今は、アジャイルスタイルを運用範囲にまで適応し、開発チームと運用チームが協力してシステムをリリースする「DevOps」という手法が盛んだ。旧来のウォーターフォール型開発の進め方と大きく異なるため、少なくともチームリーダー以上のエンジニアには、DevOpsやアジャイル開発の経験や実績が求められる。

また、最近注目されているのは、「カナリアリリース(Canary Release)」と呼ばれる開発スタイルだ。カナリアリリースでは本番と開発環境を併用し、一部のユーザーに先行して開発中のシステムを公開する。これにより、不具合やシステム機能について迅速なフィードバックが受けられる。仮に障害が発生しても、一般ユーザーと同じ環境に切り替えれば、すぐ復旧できるということもメリットだ。

これに伴い、小さなサービス単位で機能をリリースできる「マイクロサービスアーキテクチャ」という概念も注目されている。独立したサービスの組み合わせで、機能追加・変更に対応しやすく、柔軟性が高い。今後、クラウドサービスの利用範囲が拡大していくなかで、こうした新しい手法やアーキテクチャを適用するケースも増えていくと予想される。

クラウドを利用した開発はこれから増える可能性

カナリアリリースやマイクロサービスアーキテクチャの適用については、「Facebookなどの一部Webサービス企業が中心で、エンタープライズ企業のなかでの実例はこれから」という見方もある。事実、クラウドサービスに関する統計を見る限り、企業のクラウドサービスの利用範囲は限定的で、既存システムからリプレースするニーズも低い。

とはいえ、クラウドサービス自体は今後も伸びていく可能性は大きい。平成28年度、平成29年度の情報通信白書にある企業のクラウド利用率を比べると、2014年末(38.7%)と2016年末(46.9%)で、8.2ポイント向上している。現状ではまだ適用範囲が限られているとはいえ、クラウドサービスのメリットとして、安定稼働やアベイラビリティを挙げる企業が増えつつある。こうした意見を基にして業務への適用範囲が徐々に拡大するという見方もできる。

こうした状況を踏まえながら、新しい手法やアーキテクチャを知り、学んでいくことで、将来の開発要件の変化に対して柔軟に対応できる素地を作っておこう。

執筆者プロフィール

岩崎 史絵(いわさき・しえ)

岩崎史絵

リックテレコム、アットマーク・アイティ(現ITmedia)の編集記者を経てフリーに。最近はマーケティング分野の取材・執筆のほか、一般企業のオウンドメディア企画・編集やPR/広報支援なども行っている。