アメリカ・サンフランシスコにて、2018年3月19日より開催中のゲーム開発者向けカンファレンス“GDC 2018”。会期3日目からは、550以上の企業が最新技術や商品を出展する“GDC EXPO”がスタートし、いよいよイベントは本番を迎える。
そんな3日目のトップを飾ったのが、任天堂の『スプラトゥーン』シリーズにまつわるセッション“'Splatoon' and 'Splatoon 2': How to Invent a Stylish Franchise with Global Appeal”だ。登壇者は、『スプラトゥーン』シリーズのプロデューサーを務める野上恒氏。……なのだが、ステージに目を向けると、あ、あれ、そこにいるのはイカ研究員さん!?
【画像37点】「ゲームの中に留まらない『スプラトゥーン』という体験を提供していきたい。任天堂 野上恒氏が語る開発秘話と変遷【GDC 2018】」をファミ通.comで読む(※画像などが全てある完全版です)
「私は、人の姿に変身する不思議なイカを研究している、イカ研究所の研究員です」と挨拶を始めたイカ研究員さん。しかし、その後「このスタイルで長時間話すのは疲れますので、今日はふつうにやらせてもらいます」と、サングラスを外し……な、なんと、イカ研究員さんの正体は野上プロデューサーだったのかー(棒)。
今回のセッションでは、『スプラトゥーン』と『スプラトゥーン2』を、何を考えながらどのように制作したのかが、順を追って説明された。
始まりは、2013年の初めのこと。既存のゲームにとらわれず、新しいゲームを作ることを目的として、10人のメンバーが集められたという。10人は、毎日のようにディスカッションを行い、半年のあいだに70個の企画を作り、数点の試作を行った。
そこで生まれたのが、『スプラトゥーン』のもととなるアイデア。平面的なマップで、直方体のキャラクターを操作し、白黒のインクを塗り合うというゲームだった(この直方体のキャラクターは“豆腐”と呼ばれていた)。この段階で、複数のWii Uを通信でつなぐチームバトル、相手を攻撃して倒すこともできる、塗った面積で勝敗が決まるなどの、『スプラトゥーン』の基本の遊びはできていたという。Wii U GamePadの画面を活かす要素や、インクの中に隠れるという要素も、このころから存在していた。
このプロトタイプをもとに、Wii Uの特徴であるジャイロ機能を使いつつ、遊びごたえのある表現や操作を作ろう……と、『スプラトゥーン』の骨格が作られていったという。なお、完成した『スプラトゥーン』はシューターとして分類されるものになったが、野上氏らは最初からシューターを作ろうとしていたわけではない(シューターの文法を使った部分もあるが)。任天堂らしいアクションゲームを作ること、新しい遊びの体験を作ることが第一にあって、結果的にこのようなゲームが生まれたのだと野上氏は述べた。
豆腐からウサギ、そしてイカへ。インクリング誕生までの紆余曲折とは
続くトピックは、“『スプラトゥーン』の独特のアートは、どのように生まれたか”。ゲームにおけるアートは、遊びに説得力を持たせ、遊びの魅力を増幅させるものであり、ゲームの機能や目的を体現していなくてはならない、と野上氏。
『スプラトゥーン』を作るうえで、既存のIPを使うという選択肢もあったが、新しい遊びを体現するには、新しいキャラクターが必要だと感じたという。そこで生まれたのが、人型に変身するイカ、“インクリング”だ。
主人公がイカということは、発表時にはかなり驚かれた。しかし、このインクリングが生まれたことには理由があり、そして紆余曲折があったという。
豆腐の後に作ったプロトタイプのキャラクターはウサギだった。毛の色が異なる種類のウサギがいて、チーム分けに適していると考えられたという(ウサギには、ナワバリ意識が強いという性質もあった)。また、インクはカラフルなものにしようと考えていたので、無彩色のウサギとのコントラストが映えるという狙いもあった。
しかし、社内からは、「なぜウサギがインクを塗るのか」、「なぜインクの中に潜れるのか?」という疑問の声が上がった。つまり、説得力に欠けていた、と野上氏。
これは、ゲーム内容を練り切れておらず、見た目とゲーム性がかみ合っていないからと考えた開発チーム。そこで、ディレクターの阪口翼氏が、改めてプレイヤーの性能を整理した。すなわち、“インクの外にいるときは攻撃ができる”、“インクの中にいるときは、回復と素早い移動ができる”という性能だ。これらの性能を、ふたつの形態に切り分け、改めてキャラクターデザインが進められた。
当時のキャラクターデザインのアイデアは多数あり、その候補の中にイカもあったが、決定的な理由は見つからなかったという。だが、インクの中を移動することを“泳ぐ”と表現することで、イカを選ぶ強い理由が生まれたそうだ。
そして、ふたつのフォームの役割を明確にするために、インクの外の姿は人型に近づけることに。こうして、“人型に変身するイカ”というキャラクターが生まれ、また“ふたつのフォームを切り換えて戦う”という新たなゲームプレイの軸が生まれた。
ここで野上氏が公開したのは、E3 2014で『スプラトゥーン』がお披露目されたときのトレーラー。天野裕介ディレクターが編集した80秒の映像で、『スプラトゥーン』のゲーム性、アート、サウンドがすべて詰め込まれている。
この独特の世界は、最初からすべて計算で作られたわけではない、と野上氏は解説する。ディレクターやアートディレクターが定めたのは、“主人公はイカ”、“現実とは異なる、ちょっとヘンな世界”という大枠のみで、そこから先は、個々のスタッフが「この世界には、こんなものが似合いそう」とアイデアを出しながら、世界を作り上げていった。ブキのデザイン、イカのファッション、街中のグラフィティなどがそれにあたる。
音楽については、「この世界の若者のあいだで流行っていて、バトル中に流している音楽」という設定を、サウンドチームが考えた。そして架空のバンドを考え、バンドごとに音楽性を変えて作曲していったそうだ。
このように、ゲームの内容には直接関係しないことまで考えることが、『スプラトゥーン』の世界に説得力を持たせることにつながった、と野上氏。例えるならば、“大きな器を最初に作って、その後、みんなでボールを放り込んで、コンテンツを膨らませる”という手法が採用されたわけだが、これは任天堂の中では特別なことではなく、任天堂がいろいろなプロジェクトで実施してきた方法論のひとつとのこと。
新たなIPを、長期間楽しんでもらうために
こうして生まれた『スプラトゥーン』だが、世に送り出すにあたり、課題はいくつかあった。まず、新規IPであるため、どのくらいの人が手に取ってくれるかわからなかった。対戦型のオンラインゲームにとって、プレイ人口の獲得は課題のひとつであることは間違いない。また、地面を塗るという新しい仕組みを持ったゲームであるため、ブキやステージなどのコンテンツを一度に提供しても、特徴が十分に理解されず、使われずに忘れられるものが出てくる可能性もあると考えた。加えて、オンラインゲームを長く遊んでもらうにはバランス調整も欠かせない。
これらの課題を解決するため、初期はゲームモードやコンテンツの数を絞り、長期にわたって増やしていくことにした、と野上氏。プレイヤーのゲームへの慣れ、コミュニティの成長に合わせて、ブキやステージ、ルールを追加していくことで、新鮮な気持ちで遊び続けてもらえる環境を作り出したのだ。
野上氏はここで、ひとつのグラフを提示した。『スプラトゥーン』、『スプラトゥーン2』の発売後数ヵ月のデイリーアクティブユーザー(全世界)の推移を比較したグラフだ。
1作目『スプラトゥーン』は、発売からほぼ横ばいで稼働が推移し、大型アップデートが行われた8月にユーザーが一段階増え、クリスマスでさらにユーザー数が増えている。
一方、IPの存在が広く知られてから発売された『スプラトゥーン2』は、発売直後からデイリーアクティブユーザーが多かった。クリスマスを経て大きく伸びて、現在も発売時よりも多くのユーザーが遊んでいる。ちなみに『スプラトゥーン2』は、10月にちょっと稼動率が下がっているのだが……原因は『スーパーマリオ オデッセイ』が発売されたからとのこと。
なお、週末の中でも大きく飛び出している箇所があるが、それはフェスが実施された週末だ。フェスの開催中は、ゲーム全体がお祭りムードに包まれる。これには、ゲームをプレイしている人はもちろん、遊んでいない人にも話題を広げてほしいという意図があるという。家族や友だち、SNSの仲間と、ケチャップとマヨネーズのどちらが大事かを真剣に話し合ってほしい、と野上氏は語り、会場を沸かせた。
そして『スプラトゥーン2』開発へ
『スプラトゥーン2』の開発は、『スプラトゥーン』のアップデートを行っている最中に始まった。まだNintendo Switchが発表されていないころだったが、野上氏は、Nintendo Switchのコンセプトを聞いて、『スプラトゥーン』との相性がいいと感じたという。家と外でプレイスタイルを使い分けられるハードは、マルチプレイを楽しむ『スプラトゥーン』に適していて、新しい体験を生み出すと考えたのだ。
とはいえ、新しいハードで作るうえでは、画面構成を変更する必要があった(試行錯誤で乗り越えた、と野上氏)。また、本体が普及するまで、プレイ人口が少なくなってしまうという懸念もあったし、「新規参入者にも、前作経験者と同じような体験をしてほしい」という考えもあった。
そこで『スプラトゥーン2』では、前作同様、プレイヤースキルやコミュニティの成長に合わせてコンテンツを追加する形式を採用。コンテンツが成長していく過程を楽しむのも、『スプラトゥーン』の価値だと考えていたからだ。
また、新規参入者が多いと予想されたため、前作同様、ひとりでプレイする“ヒーローモード”を作り、練習場とての役割と、世界を掘り下げ、キャラクターに愛着を持ってもらう役割を担わせた。一方で、『スプラトゥーン2』ならではの新しいモードとして、“サーモンラン”を用意。比較的シンプルな構成でありながら、遊び続けられるように作り込んだ。
対戦、ヒーローモード、サーモンランは、それぞれ独立した遊びだが、ひとつのゲームサイクルの中でつながるような設計になっている。ヒーローモードやサーモンランでゲットした報酬は対戦で役立つほか、ひとつのモードで得たプレイスキルは、ほかのモードでも応用できる。
プレイヤーの分身であるイカの若者が、ナワバリバトルに興じるかたわら、バイトをして、そして人知れずヒーローとして世界を救う……。そのような体験を感じられるような演出にした、と野上氏は語った。
ゲームの中に留まらない『スプラトゥーン』という体験をプレイヤーに提供
『スプラトゥーン』から2年後に発売された『スプラトゥーン2』の世界では、現実同様に、2年の時が経過している。それは、両方を遊んだプレイヤーに、ふたつがつながっていると感じてほしかったからだと野上氏は語る。ゲーム内で時の流れが感じられるように、イカたちのファッションや音楽のトレンドの変化を描いた。
この考えは、新ストーリーモード“オクト・エキスパンション”(2018年夏配信予定)にも生かされている。このオクト・エキスパンションは、スプラトゥーンの世界をより深く楽しみたい人に向けたもので、クリアーすると、タコの姿でオンライン対戦が可能になる。イカの社会にタコが融合することで、『スプラトゥーン2』はつぎの時間に移り変わっていくのだそうだ。
なお、“オクト・エキスパンション”は有料だが、公平にマルチプレイを楽しむために必要な要素は、今後も無料で追加していくとのこと。
コンテンツが成長し、変化することによるダイナミックな体験を得られるのが『スプラトゥーン』の魅力だが、最初からすべて計画していたわけではなく、ファンからの反応を見て変更したものもあるという。たとえばシオカラーズは、想像以上にファンからの支持を得たため、新曲を用意し、ライブなどの施策を行った。ライブの内容は、ゲームの内容とつながるように、細かいところまで開発スタッフが監修している。
なお、シオカラーズのライブは、これまでに日本とフランスで行われていて、スイスで3月末に行われる“Polymanga”というイベントでも実施予定。野上氏は、アメリカではまだ開催したことがないので、シオカラーズによいオファーがあることを期待している、とアピールした。
シオカラーズと言えば、『スプラトゥーン』の最後のフェスのテーマにもなった。“アオリ vs ホタル”をテーマに行われたラストフェスの結果は、『スプラトゥーン2』に反映されている。現実の世界と並行して、『スプラトゥーン』の世界が変化し、プレイヤーの反応を吸収して広がっていくことを感じてほしかったからだと野上氏は語る。
ここで野上氏が主張したのは、“ゲームの外で起こることも、ゲーム体験の一部”であるということ。野上氏自身、子どものころを振り返ると、ゲームを遊んだことはもちろん、友だちとゲームの話をしたことが思い出として残っているという。同様に、ファンアートを描いたり、ゲームイベントに足を運んだりすることも、ゲームの世界を楽しんでいることに変わりはない。
ゲーム大会も、そういった体験のひとつ。野上氏は、例として、日本で行われたスプラトゥーン甲子園を紹介した。また、アメリカでは、Nintendo World Championshipsの種目に選ばれているほか、E3 2017会場では4地域の代表を集めた世界大会が開催された。ヨーロッパでは、9つの国で大会を行い、その勝者を集めてヨーロッパの王者を決めるチャンピオンシップを開催中だ。
さらに、コミュニティ主催の大会も多数存在。世界中の多くのプレイヤーが楽しんでいる姿を見るのは、「このうえない喜び」と野上氏。
『スプラトゥーン』シリーズが競技性の高いゲームだと認識されるのは光栄だと述べつつ、野上氏は、『スプラトゥーン』チームが目指しているのは、“世界中のできるだけ多くのプレイヤーに楽しんでもらうこと”であると語る。競技性は、高みを目指しながら、ゲームを楽しんでもらうためのもの。あくまで、ゲームを楽しむことが第一にあるということだ。ゲーム大会は、日頃の鍛錬の成果を披露する場でもあるが、ファンが集まってコミュニティの熱を感じられる場でもあり、今後もサポートしていくとのこと。
これからも、ゲームの外の体験も含めて、「ゲームっていいな、やっぱりおもしろいな」と心から感じてもらえるもの、よい思い出が残るものを作っていきたい……と語る野上氏。そう思うのは、前述の通り、野上氏自身がゲームに関するたくさんの思い出を持っているからだろう。「ゲーム文化に育てられ、ゲームから数多くのいい思い出をもらって、ゲーム開発者としてここに立っている」という野上氏が、どんな新しいゲーム体験を作ってくれるのか、引き続き目が離せない。
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