エッジの効いた映像作品を次々と発表し、注目を集めるNetflix。
2018年1月には、日本のアニメーションシーンを牽引してきた2つのアニメ制作会社がNetflixに"本格参入"することが発表された。「攻殻機動隊」シリーズを手がけたプロダクションI.G(Production I.G)、「交響詩篇エウレカセブン」などで知られるボンズが、Netflixと包括的業務提携契約を締結した。
Netflixは世界の190カ国以上に展開し、1億人以上の視聴者がいる。
プロダクションI.Gの石川光久社長、ボンズの南雅彦代表取締役は、Netflixとの連携はアニメ制作会社にとって「チャンス」だと話す。しかし、Netflixは表現の規制が寛容などと言われる一方で、「クリエイター側はあまり海外を意識しないほうがいい」「わざわざバイオレンスを描きたいから描くということではない」と冷静だ。
石川氏と南氏に、Netflixとの包括的業務提携の狙い、そして日本のアニメーションの今後について聞いた。
Netflixのアニメ参入、「中長期的に見ると日本の製作委員会にとってすごくいいこと」
——Netflixとの包括的業務提携について詳しく教えてください。
石川光久氏(以下、石川):わかりやすく言うと、プロ野球選手が球団と複数年契約をしたという意味と同じですね。野球選手も、1年で結果を出すのはなかなか難しい。複数年契約を結ぶことで、オリジナルを含めてヒットする作品をお互い企画の段階から話し合って作っていきます。
南雅彦氏(以下、南):今まではプロジェクトごとに製作委員会を立ち上げる方式で作品を制作することが多かった。そんな中、業務提携や包括的契約は、実はやったことがなかったんです。
『A.I.C.O. Incarnation(アイコ・インカーネーション)』(※)をNetflixでの一発目の作品として配信するとなった時に、今までにない形で我々の作るアニメーションを観てもらえるのが魅力的でした。
全世界で同時配信され、Netflixには1憶人以上のお客さんがいる。石川さんが仰るように、長期間で何本かの作品にチャレンジしていく機会も、なかなか今の日本のアニメーションの制作形態では難しい。それとは違う形で組めるということもあって、今回チャレンジしてみようということになりました。
(※)『A.I.C.O. Incarnation(アイコ・インカーネーション)』:ボンズが手がけるNetflixオリジナル作品の1作目。監督は村田和也。3月9日に全世界で独占配信を開始。
——今回の発表はアニメ業界に大きな衝撃を与えました。今後アニメ業界全体にどんな影響があると思いますか?
石川:中長期的に見ると、日本の製作委員会(※)にとっては、すごくいいことだと思っています。一方で短期間での影響を考えると、ネガティブな要素も委員会にはあるかもしれないですよね。
製作委員会側からしてみれば、「俺たちがボンズやI.Gを育ててきたのに、育ったと思ったら海外と一緒にやるのか」といった考えも。無くはないと思う。
今の日本の製作委員会は、DVDなどの映像ソフトをビジネスの主体としている。パッケージを買ってくれるお客さんに対し、良質なアニメを作るというモデルが中心になっています。
ただ、これは2、3年前から言われていたことですが、パッケージをビジネスの中心としてやっていくのが難しい。今の状態の製作委員会方式で何年先も食べていけるか...。これは、正直、業界に携わる人みんなが思っている。
今、日本の製作委員会がちょうど岐路に立っていると思うんですよね。製作委員会の仕組みを見直すという意味でも、悪く言えば1回壊すという意味でも、製作委員会に参加する立場の方々に何かを言われたりしても、ビクビクしないようにしようと思っています。南も、俺もこの年だし、ここまでやってきたんだから。(笑)
ただ、歴史が浅い制作会社や変化を望んでいる会社にとっては、チャンスじゃないかなと。そういう気持ちはありますけどね。
(※)製作委員会:アニメや映画などを製作する上で必要となる資金を複数の企業、個人で出し合い、出資比率に応じて利益を分配する仕組み。現在の映像作品、舞台作品などで主流となっている。作品がヒットしないなど様々なリスクを回避できる一方で、作品がヒットした場合、出資していない制作会社には収益が分配されなかったり、意思決定に時間がかかったりするなど問題点も指摘されている。
南:今、アニメーションの業界は大変混乱していると思うんですよ。うちもそうですし、I.Gさんもそうです。オリジナル作品の制作を1つの軸にしている中、どういうビジネスモデルを採用して継続的に作っていく環境を整えるか、プロダクションとして安定しつつ新しいチャレンジをするか探っていた部分もあったと思います。
Netflixとの取り組みで、新しいビジネスの形が広がっていく。そのことで、多くの会社がいろいろなチャレンジして、既存のビジネスの枠内で企画を立てていた現状を突破できるような、今までなかった作品づくりが見えてくるんじゃないかなと思っています。
『B: The Beginning(ビー・ザ・ビギニング)』(※)と『A.I.C.O. Incarnation』を、世界のお客さんたちが、どう捉えて、何を感じるか。それによって、我々を取り巻くアニメーションのビジネスに影響が出てくるので、楽しみにしています。
(※)『B: The Beginning(ビー・ザ・ビギニング)』:プロダクションI.Gが手がけるNetflixオリジナル作品1作目。中澤一登が原作、監督、キャラクターデザイン、総作画監督を務める。3月2日に全世界同時配信開始。
今まで使えなかったような予算の使い方ができる
——Netflixはオリジナルアニメの製作に力を入れるとしています。アニメーターの低賃金問題、過酷な労働環境などの問題も、Netflixの参入によって改善される思いますか?
石川:Netflixの製作費は高いとよく言われるけど、もちろん作品によって予算は異なります。ただ、制作費が上がったとしてもそれは作品のクオリティアップなどに実は消えていってしまうんです。ですので、いきなり目に見えて単価が2倍とかになることにはならないと思います。
ただし、配信権以外の権利が制作会社に残る、これが制作会社に取っては大きいと考えています。制作会社は残った権利を運用して利益をあげることができるんです。この権利運用によって得た収入を成功報酬としてクリエイターに還元していくことはできると考えています。
無駄なものをなくし、クリエイターに成功報酬をしっかり還元する。制作会社で健全な経営を持続させる。この2つの意味がありますよね。スタジオとして生き残っていくために、知的財産権を運用して、2次的、3次的にお金を生み出してスタジオを維持しないといけない。
南:製作費が上がると枚数もかかるし、カット数も増える。それによって必要なクリエイターも増えるし、管理にかかる予算も増やさなければならない。プロダクションはモノを作る場所ですから、そもそも、その場所をなくすわけにはいかない。そこを良い環境にしていくというのも、大事な仕事です。
だから、大変でもある。それでも、新しいものを生み出せるおもしろさの方が、やっぱり勝りますね。Netflixとの契約では、制作にかける時間やスタッフの体制を直接コントロールできて、今まで使えなかったような予算の使い方ができる。
——制作スケジュールも比較的余裕がある形になるのでしょうか?
南:それも含めて、全部考えることができます。今回の契約は「複数年契約で、作品を作っていきましょう」という内容なんです。作品づくりのために、その時間をどう有効に使うか。それも全てNetflixと向き合って組める。単年度で勝負していく製作委員会方式より、時間的な部分も含めて企画を練ることができます。
石川:ただ、これは今後気をつけなくてはいけないと思っているんですが「落とす」ことは許されない。日本のアニメ制作現場って、常にお尻に火がついている。テレビシリーズでは来週オンエアとかもある。だから、それに合わせてクリエイターが「妥協する」というのもどこかではやっぱりあるんですよね。
Netflixでは原則、全話を一気に納品しなくてはいけない。今までオンエアに合わせて一週間前に納品するような会社は、体制を変えないといけない。納品前に「実は2話しかできてません」じゃ許されない。そこは、ちゃんとわきまえないといけないですね。「クオリティが良いものを作るので、納品待ってください」は通じない。
(※)落とす・放送落ち:作品の完成が納期に間に合わず、放送予定日に作品が放送できなくなること。
表現規制が寛容と言われるNetflix。でも、「わざわざバイオレンスを描くということではない」
——Netflix側から、作品の内容や方向性に関して注文が入るということはあるんでしょうか?
石川:『B: The Beginning』は難解な上に難解さがあるようなサスペンスです。最初の脚本を書いたときには1話目はローギアとかセカンドギアではなく、いきなりトップギアで走ってくれ」と明確に言われましたね。
パッと1話目のチャンネルを開いて、離脱してしまったら、あとは絶対見てもらえない。「掴み」を最大限にしてほしい、と。ある面では「わかりやすくしてほしい」と強調されたことは、強烈に覚えています。
南:『A.I.C.O. Incarnation』は先にシナリオを見てもらって、Netflixオリジナル作品として組まないかと言っていただいたので、内容面はそれほど言われなかったですね。
石川:言われたとしても、特に1〜4話の頭です。そのあたりは内容についても話したんですけど、それ以降は現場を信じてくれるというか、ブレーキをかけることもなかったです。
——Netflixでは表現に対する規制が寛容なこともメリットと捉えられており、1月に配信スタートした湯浅政明監督の『DEVILMAN crybaby』は過激なシーンが話題になりました。お二人は表現規制の寛容さにメリットを感じられていますか?逆に、「過激さがウリ」とならないように、バランスを取る必要もあるのかなと思ったんですが...。
石川:確かに、監督含めてクリエイターがやりたい表現をやれる幅は広がっているし、追い込めるというか、突き進められる環境だと思いますね。
ただ、エログロとかアクションをやる時に、バイオレンスだけを描くのはよくないと思うんです。例えば、痛みを表現するのであれば、シチュエーションとかシークエンスとか、そのシーンを描く辻褄が合っているかどうかが大事。
湯浅さんもそうだけど、ああいう作品を作るときは相当な才能と実力がないとできないんです。
真似をしただけで作ったような薄っぺらいものだと、単にエロになってしまったり、バイオレンスも「見たくないようなもの」になってしまう。バイオレンスを描く、エロを描くことは、逆に相当力量が高くないと難しい。それをちゃんとわかって作れるかが大事。
単に売れるとか、バイオレンスやエロでお客さんを喜ばせるためだけに作っちゃうと、本当にちんけなものになってしまう。
南:バイオレンスとかエログロをやるためにモノを作ってるって人は、多分いないと思うんですよ。
「自分たちは、こういうテーマを持って、アニメーションでこういうものを作りたい」と。その表現の中に、血が出たりとか、アクションとかバイオレンスとかが入ってきたりする。その表現を「入れるべきか、否か」は、ちゃんと考えてやっている。
だから、湯浅さんのデビルマンは大好きなので、語りだすと時間がなくなってしまうんですが(笑)。
石川:湯浅さんのは語れるよね。
南:あれは、永井豪先生が描かれた「デビルマン」をどう表現するか、どこに「デビル」がいるのかということですよね。それを表現するのに、バイオレンス的な表現をあえて使う。
それがNetflix上では表現しても問題なかったということに繋がっているだけで、わざわざバイオレンスを描きたいから描く、ということではないと思っています。
クリエイター側は、あまり海外を意識しないほうがいい
——今後プロダクションI.Gとボンズが、どういう作品をNetflixで作っていかれるのか、すごく気になります。
石川:1つのヒントは、3月2日に配信された『B: The Beginning』が、新しい伝説を作れると思った仕上がりで、すごく期待もしているし自信も持っている。世界でどんな反響があるか、というところにありますね。
この気持ちとお客さんが受け取るものがどのくらいリンクするか。そこで次の勝負できるかなとは思います。
——やはり、海外を意識した作品になるのでしょうか。
石川:でも、クリエイター側は、あまり海外を意識しないほうがいいんですよね。
海外に露出させる仕組みを作ることは、ビジネスモデルとして大切だと思います。ただ、作り手はあまり海外に向いていない方がいいと思います。作り手が意識しちゃうと、かえって足元をすくわれるというか。
身近にいる人に共感してもらいたいとか、軸足をちゃんと持った作品じゃないと海外にも行けないし、まわりにも評価されないんです。
南:海外と一口に言っても、Netflixの場合は190カ国以上もあるので、意識しようがないんですよ、実は。
「中国向けのもの、アメリカ向けのものを作りましょう」とかなら、まぁわかる。でも、ヨーロッパだったらドイツ、フランス、イギリスと、全く違うものを意識して作らないといけない。
「190カ国に見せるから海外を意識する」というのは逆にない。パーソナルな部分を大事にして、自分たちの武器であるアニメーションというもので何を作るかということが必要だと思いますね。
石川:Netflixは、クリエイターの得意な分野をちゃんと見た上で、そこで戦わせるような仕組みになっていると思います。
——クリエイターにとっては、いい環境といえますね。
石川:ただ、これは「親が子どもをダメにする」ことと一緒にもなりかねないんです。子どもに好きなものや買いたいものを全部買い与えたら、ダメな子どもになってしまうでしょう。
これはクリエイターも一緒で、みんなの「これをやりたい、あれをやりたい」をすべて叶えるプロデューサーがいたとして、いい作品ができるかと、真逆な気がするんです。そこをプロデューサーがちゃんとわきまえられるか、これはすごく大事だと思います。
南:そうですね。その通りだと思います。
少し話がズレますが、昔のロボットアニメはプラモデルやおもちゃを販売するためのものだったんですよ。だから、おもちゃ屋からアニメーターに対して「こういうロボットを出してほしい」とか、「こういう敵を出してほしい」という要望が、たくさんきていた。
リアルな戦争ものとして描こうとしている監督であるならば、その要望に対して、ドラマ的に「戦い」を挑むんですよね。それが面白かったりするわけですよ。
石川:南はね、社長でありプロデューサーであり、現役でバリバリやってますから(笑)。
私の場合はもうおじいちゃんだから、次の人間にちゃんとバトンタッチするというのも含めて、I.Gは変化しなくてはいけないとは思ってます。