3月20日、日銀の執行部が交代した。黒田総裁は続投だが、副総裁は、日銀出身の雨宮正佳氏と早稲田大学教授の若田部昌澄氏が、それぞれ中曽宏氏、岩田規久男氏を引き継ぐ形で就任した。
雨宮副総裁は、長年、金融政策の実質的な舵取りを行ってきた人物である。若田部副総裁は、リフレ派最古参といってもいい「筋金入りのリフレ派」である。この二人の見解が一致していれば、心強いが、就任前後の会見を聞く限り、微妙ではあるが食い違いがあるように思える。
両者とも、当面、現行の緩和政策の変更は考えていないと思われるものの、雨宮氏は、「もうデフレ状況ではない」というのが基本的な認識で、インフレ率がある程度(1%台前半)まで上昇したところで、マイナス金利の解除などの「出口政策」への移行を匂わせる発言を行った(すなわち、「待ちの姿勢」といったほうがよいだろう)。
一方の若田部氏は、「まだ十分にデフレを克服し切れていない」として、場合によっては追加緩和策の提案を示唆する発言を行った。
これに対し、このところ、外野からは、早期の「出口政策」の必要性を訴える声が高まっている。その多くは日銀OBであるが、彼らは、まるで、雨宮氏の説得を試みているようにも思える。
ここでいう「出口政策」とは、マイナス金利の解除と量的緩和(現行は年間80兆円のマネタリーベース供給)の解除(テーパリング)である。
このうち、マイナス金利政策の解除は、貸出金利の低下で、利益率が低下し経営が苦しくなっているといわれる金融機関への配慮、量的緩和の解除は、市中からの国債購入量の削減を通じた金融機関の債券部門への配慮であることは明白である。
もし、日本経済が本当に「もうデフレではない」といえる状況で、放っておいても自然とインフレ率が上昇する局面であれば、マイナス金利も量的緩和も段階的に縮小させてもよいということになろう。
逆に、まだデフレから十分に脱し切れていないのであれば、マイナス金利を解除して、その分、金融機関が貸出金利を引き上げれば、借り手はますますいなくなるだろうし、量的緩和の縮小は、投資家(主に海外投資家)の円高仕掛けと日本株売りの絶好の機会を与えることになるだろう。
さらにいえば、このマーケットの反応を通じて再びデフレに逆戻りということにもなりかねない。もし、またデフレになれば、ほぼ自動的に長期金利はゼロ近傍まで下がっていくので、貸出金利にも現在と同様の低下圧力がかかるし、債券での運用による収益機会も現在と同様にほとんどなくなるだろう。
次に、肝心のインフレ率をみてみよう。
2018年1月時点での日本の消費者物価指数(ただし、生鮮食品、エネルギーを除く総合指数、欧米流の「コアCPI」)は、前年比+0.4%である。目標の2%には遠く届かないが、徐々に上昇しつつある。
すなわち、「水準」をみると、まだデフレ状態を十分脱し切れていないものの、「方向性」としてはデフレ圧力が緩和傾向にあるということになる。
このインフレ率は、昨年3月の同-0.1%から緩やかに上昇しており、11ヵ月で0.5%ポイント上昇した。約2ヵ月で0.1%の割合で上昇しているとすれば、目標の2%まであと32ヵ月程度必要となる。
これまでは日本の実体経済はほぼ順調に推移してきたが、今後もこのままの調子で順調に景気が推移すれば、あと2年8ヵ月(すなわち、2021年終盤)でインフレ率は目標の2%に到達することになる。非常に気の長い話である。
しかも、今後2年8ヵ月にわたって、実体経済がほぼ「無風」で推移していくというのは奇跡に近い。特に、このところの景気回復は海外景気の好調に支えられている部分が多い。それを考えるとまさに「運頼み」のデフレ解消ということになる。