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格差・貧困 ライフ

元「渋谷のカリスマJK」は、アラサーの今も「リア充」なのか?

A子とB美の複雑な感情【26】

元日本経済新聞記者にして元AV女優の作家・鈴木涼美さんが、現代社会を生きる女性たちのありとあらゆる対立構造を、「Aサイド」「Bサイド」の前後編で浮き彫りにしていく本連載。今回は、第13試合「貞操」対決のBサイド。

今回のヒロインは、かつて渋谷ギャルブームを牽引していた元ヤリマン。アラフォーになった今でも彼女はリア充なのでしょうか?

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現役キラキラ女子vs元リア充女子

私が思うに、インスタを賑わすキラキラ女子たちの正体は、「今が私の全盛期」という大変楽観的な思想に支えられた人たちで、逆に彼女たちを「キラキラ女子」なんて冷笑的に見ている若干スレた女子たちの正体は、「(高校時代なり大学時代なり)あの頃が私の全盛期」だったという大変残念で残酷な思いに苛まれている人たちだ。

さえない10代を過ごした人の割合が多い前者に比べて、スタートダッシュで学生時代にブイブイ言わせていた後者の思い出は華々しいが、人生をマラソンに例えれば途中でがっつり減速している愚か者とも言えるわけで、まぁどっちが悪いとかイケてるとかいう話でもない。むしろ、現実をお幸せに生きるという意味では「今が全盛期」女子たちの方が長けているのは明らかである。

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そして「あの頃が私の全盛期」の人は、インスタでキラキラライフをアップするほどバカにもなれず、予定調和な現実にクサクサしていて、現在の自己評価は結構低いのだが、いかんせん全盛期の自己評価もこっそり引きずっているためにプライドは高く、高飛車で口が悪い。私の周囲の元ヤマンバギャルや元キャバ嬢は総じてこの傾向が強く、二人で深夜にちょっと飲みに行ったりお茶したりすると、会話の9割は人の悪口、残りの1割はおばさん的な自虐になる。

若い時がそんなに楽しくなかった、という人ならわかるのだけど、若い時を楽しんでしまった人が人生ずっと右肩上がりに楽しむのは結構難易度が高い。同じことだったら老体で経験するよりピチピチ桃尻19歳で経験した方が楽しいし、同じ男に会うのだって自信も値段も高かった20歳で会っていれば心踊っても乳も肌も垂れ下がった30代で会っても別に嬉しくない。

 

せいぜい、若い子にこの深みはわかんないぜとか言いながら年代物のウイスキー飲んだり、若い頃はこういうの分かんなかったわと言いながら山水画を見たり、若い子ってバカよねぇと言いながらブローティガン読んだりするのが関の山で、そんなの、盗んだバイクでナイトオブファイヤーな夜の帳に走り出し、ルミカが転がっただけで爆笑していた若い時分に比べればしょぼいことこの上ない。そもそも多くの初体験は若い頃に体験してしまうわけで、それを追体験したところで1回目ほどの高揚なんて期待できない。

ヒリヒリと刺激的だった若い頃の記憶を胃の中に入れたまま、それを引きずらずになんとか今の生活とも折り合いもつけて、結構楽しく生きるか、というのは大変大きなテーマである。彼女の話を聞いていると、その壮大なテーマに早くそれなりの答えを見つけない限り、私たちの未来には絶望しかないんじゃないかと若干暗い気分になる。