世の中から弾かれた側の人たちが主役になる時代
大谷ノブ彦(以下、大谷) 柴さん、今日は『ブラックパンサー』の話がしたい! 最高だった! イエーイ!
柴那典(以下、柴) すごかったですね。興行収入も10億ドル突破と、世界中で記録的なヒットになってますね。
大谷 いや、アメリカでは著名人がこぞって、ブラックパンサーを絶賛しているけど、ムーブメントになるのもわかる。
柴 というと?
大谷 『ブラックパンサー』って、すごく象徴的な作品だと思うんですよ。主人公もヒロインも敵役もほぼすべて黒人、いやアフリカ系アメリカ人の人たちが出ているヒーロー映画で、これだけヒットした作品なんて今までなかった。つまり、白人のイケメンとか美女が主演じゃなくても受けるんだってことを証明したわけで。
柴 監督もアフリカ系アメリカ人ですもんね。女性も活躍してるし。
大谷 『ブラックパンサー』も、今年のアカデミー賞で評価された作品も、みんな主人公がマイノリティの側なんですよね。
『グレイテスト・ショーマン』もそう。これちょっと見てほしいんですけど、映画製作前のワークショップのときに、主題歌の「ディス・イズ・ミー」をみんなで歌う場面が鳥肌モノで。
柴 うわあ、これはグッとくるなあ。
大谷 後半(3:50)で、感極まった女性の手を、ヒュー・ジャックマンが握るところがたまんなくて。
彼女は劇中でヒゲを生やした女性を演じてるんですけれど、これって実在したサーカス団をモデルにした話なんですよ。そこにいろんなマイノリティの人が出てくるんだけど、よくあるお涙頂戴のストーリーじゃなくて。
柴 全然違いますよね。
大谷 ショービジネスを舞台に、人間の多様な生き様が展開されていて。
アカデミーの本丸の作品賞をとった『シェイプ・オブ・ウォーター』だって、言ってしまえば半魚人の恋の物語。で、ヒロインの隣のアパートに住んでるのはゲイの老人で、職場の仲間は低所得の黒人。つまり世の中から弾かれた側の人たちが物語を進めていくんですね。
柴 『君の名前で僕を呼んで』もバイセクシュアルの少年同士の話ですしね。
今の時代の新しい正義のあり方
大谷 これってやっぱりトランプ政権以降の動きじゃないかなって。社会の分断にカルチャーが抵抗するという。
柴 これ、僕はアメリカだけの話じゃないと思うんですよ。日本では『逃げ恥』があった。ほぼ童貞みたいな男性と非正規雇用の女性の契約結婚から始まるという、マイノリティがありのままに肯定される作品が受けている。これは社会的な要請とかじゃなくて、そのほうがヒットするわけだから必然的な変化と言えるわけで。
大谷 やっぱりエンタメって、主義とか正しさを前面に出しすぎると大衆に届かないですもんね。別にそんなことを意識させなくても、おもしろければ観るんだから。
柴 そうなんですよ。最初に小難しい話になっちゃったんですけど、『ブラックパンサー』に関してはあんまりそういうこと言いたくない。マーベルのヒーロー映画なんだから「とにかくかっこいい!」ってのがまず大事なんで。
大谷 そう! かっこよかった! 主人公のティチャラもかっこいいけど、敵役のキルモンガーがまたかっこいいんだよね。
柴 そうそう。主人公はアフリカのワカンダ王国の国王だけど、敵役はアメリカの貧困層、ギャングの多い地域で生まれ育った若者で。だから奪われたものを取り戻すために戦おうとしている。これって、60年代に実在して武装蜂起を呼びかけた黒人組織の「ブラックパンサー党」の象徴なんです。
大谷 だからキルモンガーの側にも正義があるんですよね。冒頭は1992年のカリフォルニア州オークランドの回想シーンから始まるんですけど、あの年ってロサンゼルス暴動があった年なんですよ。そういうところで育ったということがちゃんと描かれてる。だから切実で。
柴 でも、キルモンガーが悪役に設定されて、思慮深いティチャラの方が主人公になっている。っていうことは、60年代のブラックパンサー党や90年代のロス暴動みたいに白人に対して暴力で対抗するんじゃない、今の時代の新しい正義のあり方を描いていると言える。
大谷 そこで、ティチャラが前の国王を否定して乗り越えていくのにグッとくるんだよね。いわば父親殺しをやっている。ハリウッド映画の定番。
柴 まさに。父を乗り越えるって、ハリウッド映画だけじゃなくて神話の構造そのものなんです。で、なぜティチャラは偉大なる国王だった父親を否定しなきゃいけなかったかというと、彼は「自分の国が繁栄していればそれでいい、だから秘密は守ろう」と言う主義だったから。
大谷 まさにトランプですよね。今のアメリカ中心主義みたいな考え方。
柴 そうなんですよ。主人公のティチャラはまずかっこいいヒーローであることがすごく大事で、そんな彼が明確に今のアメリカの価値観を塗り替えている。そういうヒーローに子供たちが憧れることで新しい神話が生まれる。僕はそういう風にあの映画を見ました。
大谷 まさにそうだと思いますね。ティチャラは奪うことじゃなくて与えることで平和を作ろうとしているわけだから。
現実世界のヒーロー、ケンドリック・ラマー
柴 で、ここまで映画の話しかしなかったけど、『ブラックパンサー』は音楽が最高なんですよ!
大谷 そうそう! 映画の主題歌をケンドリック・ラマーが作ってるんですよね。主題歌の「オール・ザ・スターズ」も、映画の中で最高のタイミングでかかるから思わず泣いちゃったんだよなあ。
柴 主題歌だけじゃなくて、ケンドリック・ラマーと所属レーベルの社長が全曲プロデュースした『ブラックパンサー・ザ・アルバム』というのが出てるんです。
大谷 でも映画を見たら3曲くらいしか使われてなくて「あれ?」ってなったんですけど。
柴 あれはサウンドトラックじゃなくて、映画にインスパイアされたコンピレーションアルバムってことなんですよね。だからこそ冒頭からケンドリック・ラマーが「アイ・アム・ティチャラ」って言ってるんですよ。
大谷 「俺がブラックパンサーだ」って言ってるわけだ。
柴 そう。アメリカの価値観を塗り替える新しいヒーローというのは、まさにケンドリック・ラマーの話なんです。しかもおもしろいのは、アルバム中盤の「キングズ・デッド」では「俺はキルモンガーだ」と言ってる。
大谷 そっちの正義もわかるっていうね。
柴 『ブラックパンサー』っていうのはマーベルのヒーロー映画だけど、実はこれは俺たちの現実の物語なんだって言ってるわけなんです。
未来はアフリカからやってくる
柴 あと見逃しちゃいけない『ブラックパンサー・ザ・アルバム』のポイントは、アフリカのミュージシャンがたくさん参加してるってことで。ナイジェリアとかケニアとか南アフリカとか、いろんな国の先鋭的な人たちが入っている。
大谷 へえ、そうなんだ。
柴 これは映画でも同じで。つまり『ブラックパンサー』って、ある種、未来のアフリカ、理想のアフリカを描いた物語っていうのがすごく重要なポイントなんですよ。
大谷 たしかに。ワカンダ王国のビジュアルとかアートとかすごく格好良かったですよね。アフリカンなんだけど未来的な感じがして。アース・ウィンド・アンド・ファイアーとかパーラメントとか思い出しちゃった。
柴 そうそう! これって70年代のブラック・ミュージックからあったアフロフューチャリズムの考え方を受け継ぐデザインなんです。
大谷 アフロフューチャリズム?
柴 アフロフューチャリズムってのは、その時代のブラック・ミュージックが宇宙とか未来とかテクノロジーをモチーフにしてたことから生まれた言葉で。
大谷 アース・ウィンド・アンド・ファイアーもやたら宇宙をバックにキラキラした衣装で歌ってましたね。
柴 これって、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティにまつわる問題なんです。というのは、アメリカの黒人の状況が本当に悲劇的なのって、貧困とか人種差別だけじゃなく、親のルーツを辿っても奴隷としての歴史しかないことで。
自分たちがどこから来たのかを辿った先に、悲しみと憎しみしかない。でも、そうじゃなくてアフリカがルーツであり、そこは未開の地じゃなく未来を象徴する場所なんだ、という。それがアフロフューチャリズム。
大谷 なるほどなあ。パーラメントのジョージ・クリントンがライブで宇宙船から出てくるってのも、そういうことだったんだ。
柴 でも、その時代のアフロフューチャリズムはあくまで誇大妄想的だったんですよね。脳内宇宙だった。でも、今の時代はそうじゃない。たとえば固定電話より先に携帯電話が普及して、電子決済が広まったりしているみたいに、欧米などの先進国に比べて、アフリカはインフラがなかったぶん、いきなり先進的な社会になれちゃう。
大谷 古いインフラをアップデートする必要がないから、一足とびに最新の技術を導入できると。
柴 そういうことを踏まえて『ブラックパンサー』は作られている。ヒーロー映画だけどもこれがまさしく今の現実なんだ、未来はアフリカからやってくるんだ、と。
大谷 なるほどなあ。これって、東南アジアとか中南米とか、世界中で同じことが起こってそうですよね。アメリカ以外からおもしろい音楽が出てきそう。
柴 まさに。ロンドンでも実は同じようなことが起こってる。それがJ-HUSというラッパーなんですけれど。
大谷 J-HUS、いいですよね! Spotifyで知ったんですけど、なんかアメリカのヒップホップとはサウンドの感じが違うなって思って。イギリスのグライムの人なんですよね。
柴 うん。ロンドンで活動してます。グライムっていうのは、ものすごくざっくり言うとイギリスのアンダーグラウンドで生まれたラップミュージックのジャンルで。
大谷 なんか、J-HUS聴いたときに、イギリスのスカとかレゲエを初めて聴いたときの気持ちよさを感じたんです。スペシャルズを知ったときに、「なにこれ? めっちゃ気持ちいい!」って思ったのと同じような。
柴 そうそう、まさに同じなんです。スペシャルズが70年代に中南米のスカを取り入れたのと同じように、J-HUSはナイジェリアとかガーナのあたりのアフロビートというのを取り入れてるんです。
大谷 なるほどなあ。
柴 やっぱりロンドンでも同じことが起こってるんですよ。アフリカのアフロビートとか中南米のダンスホールレゲエをポップ・ミュージックに取り入れた人がどんどん出てきてる。
大谷 これ、映画の話と同じじゃないですか。『ブラックパンサー』はアフリカが舞台だし、『シェイプ・オブ・ウォーター』はメキシコが舞台なわけだから。
柴 そうなんです。こういうことが今、世界中の音楽シーンで起こっている。
大谷 すごいなあ。ワクワクしますね。
本日3月21日の26:15より、フジテレビにて、「心のベストテン」特別版がオンエア!
併せてお楽しみください。
構成:柴那典