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生理中にしてはいけないこと  ダンス、観劇、読書、試験?!

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Thinstock/Photo by stockce

 女性を対象としたメディアでは、「生理中のチョコレートはNG」、「お酒はダメ」あるいは「生理痛を和らげる食べ物は?」といった記事をしばしば見かける。

 それなりに医学的根拠のようなものは示されているが、かりに食べ物や何らかの成分が影響を及ぼすとして、それは多くの場合摂取量の問題だろう。どんな食べ物、飲み物でも、また生理中であろうとなかろうと、摂りすぎが体にいいわけがない。あるいは、生理痛が重く、市販の鎮痛薬でも効かないような女性たちにしてみれば、「食べ物で解消される程度なら苦労しない」というのが本音だろう。

 生理痛やPMS(月経前症候群)に効くといわれる食べ物を実際に食べてみて、効果を感じられれば(プラシーボ効果だとしても)健康を害さない程度に続ければいいし、何か特定の食べ物を食べて不調を感じたらやめればいい。要は「個人差」と「思い込み」の問題である。

 国が「富国強兵」の観点から女性の生理に干渉していた明治、大正時代には、医師たちが「月経時の摂生法」つまり「月経中にしてはいけないこと」を「啓蒙」していた。今ふり返るとバカバカしいものばかりである。

 いくつか例を挙げると、「ダンス」「数学などの試験」「芝居、寄席、小説を見聞すること」「競争事や勝負事」「吉凶の席に出ること」などなど。

 ダンスが禁止された理由は、「生殖器に充血を起こし、性欲亢進の原因となり婦人病を起こす場合が多い」から。かりに性欲が亢進したからといって「婦人病」にはならない。

 数学などの試験がよくないとされたのは、生理中に頭を使うと生殖器に悪影響があると考えられていたからである。

 女子教育の権威だった下田次郎という先生は、その名も『女子教育』(1904年、金港堂)という著書のなかで、「女子は健康で鈍なのがよいので、それ以上を望んではならぬ。脳の使いすぎは女子を害するから、余り教育して脳を傷めさすことはよろしくない。動物界においては智力は生殖力と反比例する」と述べている。

 女学校の教師の務めは、女子に頭を使わせないことだったのだ。同じ理由で文部省は全国の女学校に、学生たちの生理日を把握し、体育の授業や試験、行事の際には見学や欠席をさせるようにとお達しを出していた。

 ちなみに下田次郎は『女子教育』のなかで、「嘘は婦人には習慣的でほとんど生理的」だが、「婦人が男子のように露骨であることは、婦人の愛嬌を殺ぎ女性をなくする所以であるからよろしくない」と述べている。女子教育の権威は、女性が嘘をつくことを好ましいと考えていたようだ。

 芝居、寄席、小説、競争事や勝負事、婚礼や葬儀への参列が禁止されたのは、生理中に精神的な刺激を受けると精神疾患を発症しやすいと考えられていたからである。

 初経教育が必要とされたのも、突然の出血に対するショックが精神疾患発症の引き金になるという理由からだった。女性の犯罪や自殺が生理のときに多いという当時の「定説」も、同様の発想からきていた。

「月経の間は催眠的影響を受けやすい。また精神に申し分のある婦人は、この間は気分の変わり方一層激しく、乱暴、憂鬱等もひどくなり、嫉妬の発作もあることがある。通例の女でも刺激性や精神の壓下が強くなると、気違いになることがあり、犯罪自殺の傾向もこの時において大である」

 これも下田次郎の『女子教育』からの引用である。言うまでもなく、良妻賢母教育に不可欠な性別役割分業の根拠として、生理中の精神状態やそれが高じての「犯罪・自殺」を挙げていたのだ。

 「PMS(月経前症候群)と日本人の不幸な出会い」で述べたように、「月経時」に多いとされた精神の不調は、戦後になるとそのまま「月経前」に多い不調、つまり月経前症候群(PMS)の症状として解釈されるようになる。

 話が逸れたが、「生理中のチョコレートはNG」、「お酒はダメ」といった記事を見かけると、以上のような明治、大正期の「月経時の摂生法」をつい連想してしまう。

 食べ物、飲み物については参考にしても害はないかもしれないが、「生理のときは○○だから△△」という断定的な意見に対しては、女性が生きていく上で注意が必要である。

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

田中ひかるのウェブサイト

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月経と犯罪―女性犯罪論の真偽を問う

月経と犯罪―女性犯罪論の真偽を問う

  • 著者田中 ひかる
  • 価格¥ 1,944(2018/03/22 03:21時点)
  • 出版日2006/03/01
  • ランキング673,974位
  • 単行本165ページ
  • ISBN-104826504381
  • ISBN-139784826504386
  • 出版社批評社
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