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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外653 大公領と薬湯と

 まずは往路の時に立ち寄った、待ち合わせ場所に最も近い拠点に向かい、フィリップと合流。それからデボニス大公の直轄地へと向かった。
 その道中、船内で夕食だ。みんなも疲れていると思うのでゴーレムを調理役にする事で負担を減らす。

 夕食のメニューはトマトケチャップのかかったオムライスだ。ケチャップについてはやはり迷宮核を用いて、味が日本で馴染みのある物に近付くように調整をしている。
 中身はチキンライスという割と定番な仕様だが、それだけに受け入れられやすいだろう。サラダとスープを用意しているのもいつも通りだ。

 木皿に盛ったそれを班ごとに船内各所に分かれている里の住民に、運搬ゴーレムが台車となって届けに行く、といった具合である。
 艦橋にも食事が届いて……みんなに行き渡ったところで少し遅めの夕食だ。

 黄色と赤の目にも鮮やかなオムライスである。スプーンを入れれば湯気の立つチキンライスの香りが漂ってきて食欲をそそる。ふわっとしたオムレツと、チキンライスの米と、玉ねぎや鶏肉といった具材の食感がケチャップの味や風味と共に口の中に広がる。

 オズグリーヴは一口食べた後に何度か口に料理を運んで味わってから頷く。

「おお……。これはまた美味だな」

 因みにオズグリーヴとテスディロスに関しては昼間の激戦もあり、大皿に大盛りのオムライスを用意している。

「これならいくらでも入りそうだ」

 と、テスディロスは満足そうに言う。

「このソースも何とも複雑な味わいですな。酸味と風味が実に良いと申しますか」

 二人の魔人の言葉に笑顔で頷くフィリップである。
 どうやら気に入って貰えたようだ。フィリップとオズグリーヴのファーストコンタクトも、中々良好なものだった。
 通信機で交渉の様子や戦闘の矢面に立った事など、オズグリーヴの人となりを伝えていたこともあって、フィリップからは初対面から好印象を持たれている様子だった。魔人化の解除と全員の無事をフィリップが喜ぶと、オズグリーヴも静かな笑顔でお礼を言い、落ち着いた様子で丁寧に挨拶を返していた。そんな事もあって艦橋の雰囲気は良好だ。

 艦橋だけではない。船内各所の隠れ里の住民達の様子も、モニターで見る事ができるし、伝声管でやり取りが聞けるのだが――。

「おいしい……!」
「おお……」

 と、子供の喜ぶ声や大人達の驚くような声が聞こえてきたりして、船内のあちこちが賑やかになっている印象である。艦橋でもシオン達とカルセドネ達が顔を見合わせて笑顔になっていた。

「この料理も美味しいですが、新しい調味料は……やはり完成度が高いですね」

 にこにこと微笑むグレイスである。シーラもマルレーンと揃ってうんうんと頷いていた。

「面会に備えて色々用意したからね」

 デミグラスソースとケチャップを用意してきたのはこの為でもある。俺としても懐かしさを感じる味だからというのは否定しないけれど。場合によっては魔界でも友好や親善の為に活用できればとも思うが……まあ、今回に関しては皆喜んでくれているようで良かった。



 デボニス大公の待つ直轄地が見えてきたのは食後ののんびりとした時間を暫く過ごしてからだ。
 魔物の襲撃等、アクシデントも想定して宴席等で出迎えるには予定が立てられなかったという事もあり、夕食は船内で済ませたが……デボニス大公からは通信機で歓迎するという旨の返事を受け取っている。実際襲撃があったので俺達が疲れていると思ったからか、温かい風呂と寝床を用意して待っているとの事だ。

 城には大浴場があるそうで、里の住民達も含めて風呂に入れるようにしてくれているらしい。

「何代か前の当主が薬湯で湯治をした経験がありましてな。その経験から風呂は健康にも良いと、城や街に大浴場を整備したのですな。温泉というわけではありませんが、鉱山の副産物や薬草等を用いた薬湯の研究もその時に進められております。これも中々のものですぞ」

 と、フィリップが教えてくれる。薬湯……入浴剤というわけだ。それはまた、中々楽しみが増えたというか。

 そうして直轄地が近付いてくる。監視塔の兵士の案内に従い、城に付けるようにして停泊させる。船から降りて、デボニス大公から借りた飛竜や竜籠を降ろしたり里の住民の点呼をしたりしていると、大公本人も出迎えに来てくれる。

「ようこそバルトウィッスル城へ。フィリップも大義であったな」

 そう言ってデボニス大公が笑みを浮かべる。

「里の者達を代表して挨拶をしたく思う」

 オズグリーヴがそう言って自己紹介と挨拶をすると、デボニス大公も静かに頷く。

「テオドール公より話を聞いている。魔物の襲撃は災難であったが、こうして誰も欠ける事無く、無事に顔を合わせられた事を嬉しく思う。今宵はゆるりと疲れを癒していかれると良い」
「歓迎の言葉、痛み入る」

 そんなやり取りを交わしてデボニス大公とオズグリーヴは穏やかな笑顔で握手を交わしたのであった。



 バルトウィッスル城の大浴場は男湯と女湯に分かれている。
 貴賓用に内風呂のある部屋もあるとの話だが、俺達も親睦を深めるという事で里の住民達と共にのんびり風呂に入らせてもらう事にした。
 グレイス達もイグレット達を始めとした、里の女衆と一緒に風呂へと向かった。

 重曹と薬草、香草、香料を混ぜた薬湯の素を湯に溶かしたという事で、大浴場にはその香りが漂っていた。あまり主張の強くない清潔感のある香りで……うん。中々好みの香りというか。

 身体を洗って湯船に浸かった里の住民達が心地良さげな声を上げて表情を緩める。動物組まで一緒に湯船に浸かったりして……こういう光景を見ていると元魔人というのが嘘のような光景だが。

「隠れ里にも風呂はありましたが……魔人でなくなると、とこうも感じ方が変わるとは。それに、薬湯というのも初めてです」

 と、レドゲニオスがしみじみとした声で言った。
 話を聞いてみると魔人は人とは代謝の仕方が違うので皮脂や垢などの汚れもでにくいそうだが、それでも土埃、泥等の汚れからは無縁ではいられない。汚れているよりは清潔であった方が人間に警戒心も与えにくいという方針のもとに水浴びやら入浴やらは定期的に行っていたそうだ。だがまあ、やはり魔人化を解除してのんびりと浸かる薬湯は魔人達にしてみると感動的なようで。

「ふっふ。確かに良い湯であるな」

 と、そんな住民達の様子を見てオズグリーヴは表情を緩める。それから、続けて言った。

「それにしてもこれ程に歓迎してもらえるとはな。当代の大公は伝統と格式を重んじる御仁と聞いていたから、もしかすると我らの事で迷惑をかけてしまうかもと思っていたのだが、杞憂だったようだ」

 オズグリーヴも薬湯に浸かり目を閉じて、そんな風に言う。なるほどな。隠れ里の隣接する領地の領主の事である。オズグリーヴなら当然その人となりを調べたりしているわけだ。

「デボニス大公は確かに伝統を大事にする方ですが……最近では新しい物事にも積極的に目を向けたりなさっているようですよ。元々領民にも慕われている方ですからね」
「どうやらそのようだ。収集した情報に誤りがあったというよりは……やはりテオドール殿の影響かな」
「ふっふ。テオドールの影響は確かにな。エインフェウスの氏族長達も国外に目を向けると共に氏族同士の融和と連帯を重視しようと言う者が増えていてな」

 オズグリーヴの言葉に相好を崩して笑うイグナード王である。良い方向に影響が出ているというのであれば嬉しいが、イグナード王の人徳という部分も大きいのではないだろうか。
 そんな会話をしつつのんびりと湯船に浸かり……デボニス大公領での夜はゆっくりと過ぎていくのであった。

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