2018.03.04.Sun.
■[漫画] 阿部共実 “月曜日の友達”
とても良い作品だと思う。全2巻のなかに珠玉の漫画表現が詰まっている。
まず目を瞠るのは、絵としての完成度。
丁寧な筆致、考え抜かれた構図。単線の輪郭を基本とし、陰影を強いコントラストで表した絵柄。コマ表現にも先鋭的な試みがある。
それから、言葉のあり方。
主人公の独特な言語感覚。心理・情景を補完する語りとしての台詞。
描かれる物語は、子どもから大人への途上、甘酸っぱく激しく上下する感情の起伏。
これからも 出会いや別れ 希望と絶望が 入れ替わり繰り返し 自分の心を 叩き続けるんだろう。
それが 生きていくと いうことだと 思う。
(第7話)
言語感覚
- 主人公の語りに大きな特徴がある。
情景や心理を描出する台詞・独白。
あたかも小説の文章のような。それは中学生として、あるいは大人としても、不自然なほど文学的。(ただしこの不自然さは、主人公が目指していることと結びついて最終的に理由ある説明が与えられている)
これだけの画力なのだから、台詞による描写なんて冗長で屋上屋を重ねるようなものになりかねないけど、そうはなっていない。
絵だけでも充分に情景描写に成功しているのに、主人公の語りがさらに深みを与え、何倍にも膨らませる。
「言葉」と「言葉ではないもの」の組み合わせ。
音楽と歌唱から成る歌曲のように、詩的言語と描画表現の合成が、漫画を何か音楽にも似たものへ近付けている感じすら覚える。
第1集第4話p2,p3
(C)TOMOMI ABE 2017
瞳による表現
- 何よりも、瞳の表現が目立つ。
キャラクターたちの大きな黒目に、ときどき景色が映り込まれる。
瞳と瞳に互いを映し合う姿。
第1集第1話p40
(C)TOMOMI ABE 2017
第1集第4話p9
(C)TOMOMI ABE 2017
- この大きな瞳は、それ自体がひとつの小さなコマになっている。
人物が見ているもの、視線・視界を示すコマ。
1話p40のこの上のコマなんて、「月野のこの目だ」というモノローグ、瞳のなかに映る主人公が発しているものとして吹き出し線が書かれてたりして、トリッキーな構図。
「美しく何よりも澄んだその瞳」、それを水谷が見るとき、そこには自分の姿も映っている。またそのとき、水谷の瞳にも月野の瞳が映っているのだから、自分の瞳にも美しい瞳の要素が含まれていると言うこともできる。
ジオメトリ
グリッド
- 基本的に、格子や直線といった直交幾何学が支配する絵。
学校や団地のようなモダニズム建築の反復と平行線が強調された描画。教室の机のグリッド配置。
第2集第7話p19
(C)TOMOMI ABE 2018
第2集第7話p9
(C)TOMOMI ABE 2018
- 床材の目地、フェンスやネットに表れる格子模様。
第1集第2話p27
(C)TOMOMI ABE 2017
- 直交方向から45度方向へグリッドラインが転換することで心理的緊張度の上昇が表現されるシーン。
第2集第5話p22,p23
(C)TOMOMI ABE 2018
- 内景もしくは外景を切り取る窓枠。これもまたコマ内コマのような絵になっている。
第1集第3話p3
(C)TOMOMI ABE 2017
- ガードレールやロープウェイ。直線が示す方向性、あるいは視界の分断線。
第2集第5話p51
(C)TOMOMI ABE 2018
- そして、世界の背後に控える水平線。
第2集第8話p8
(C)TOMOMI ABE 2018
ランダムネス
直線・格子があふれる一方、そうではない要素ももちろんある。
- 写真模写のように細密な写実的描画。雑多で非-グリッド的な街並。海から山へと傾斜地が連なる神戸という土地の特徴によるところも大きい。
第1集第1話p1
(C)TOMOMI ABE 2017
第1集第1話p30
(C)TOMOMI ABE 2017
- 森や海などの自然の情景
第1集第4話p31
(C)TOMOMI ABE 2017
逸脱
そして、上記のどちらでもないような絵もあって、それが物語上の要所に置かれている。
- 夜の校庭で「超能力」を呼び起こすために並べられた机の配置様態。グリッドでもなくランダム・自然的でもない人為性。
第1集第1話p36
(C)TOMOMI ABE 2017
- 浮かぶ机の軌跡。グリッドや自然物とはまた異なるジオメトリ。
日常の世界を構成していたジオメトリからの逸脱として、ラストにふさわしい特異な意味を示す。雑多な街並、グリッドで構成される建築物を超えて伸びていく超越的な「軌道」。
第2集第7話p38-39
(C)TOMOMI ABE 2018
第2集第7話p41
(C)TOMOMI ABE 2018
その他
- 姉は顔すら描かれないけれど、姉の右手と妹の左手に、ふたりのつながりを示唆する描写がある。
- 土森と火木には良い意味での意外性があった。
- リアリズム志向なのかと思いきや、最終的にファンタジーとなる漫画。水谷・月野・火木にはそれぞれ伏線がある。
- 一方、主人公の文学的な台詞は誇張的・演出的なものだと思っていたら、実はリアル。……どういうことかというと、日常でこのような話し方をする人は少ないと思うんだけど、物書きになりたいという願望が明確になったことで、このしゃべり方にもそれなりに理由があったのだと理解できるようになる、というような。「浮遊」の実現と比べてリアル/ファンタジーの転換が逆になっている感じがある。
- 感性で情景を瑞々しく描く水谷は、既に自分自身で日常世界をファンタジーに読み換える能力を持っているようなもの。
だとすると、それとは別の現象として2巻で生じた日常からの逸脱は、どのように受け取ればよいのか。
やはり、誰か他の人との接触に関わるところに意味があるのだろう。そこにこそ奇跡の可能性があり、日常を超える状態への鍵がある……ということなのかもしれない。
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―Angela Mitchell