あるスタッフが、例えばの話として「客に物申すラーメン屋に果たして客が行くのだろうか?」と質問してきた。
僕は即座に答えた。
「いや、実際、あったんだよ」

ラーメン通には言わずと知れた、「佐野実」という男。
「支那そばや」を全国に轟かせた天才である。
一時期はTVに出ずっぱりで、時の人ともなった。
先日のTVアニメ『ラーメン大好き小泉さん』にもバッチリ遺影が出ていた。

彼は客にありとあらゆる注文をした。
私語は慎め、タバコは吸うな、強い香水をつけてくるな、食ったらすぐ出ていけ、など・・・。

「タバコは吸うな」など、今の飲食店では当たり前になったではないか。
そんな、時代によってコロコロ変わる恣意的でいい加減な価値観だが、彼は「信念」を持って貫き通した。
時代に流されない男だった。

そして「支那そばや」は、毎日長蛇の列ができた。
味が絶品だったからだ。まさに天才。

誰も「佐野実が横柄だからこんなラーメンなんか食うか!」とは言わなかった。
そもそも気に入らないなら食わなければいいだけの話。

しかし、時代は変わった。
今となっては、「佐野実は横柄だから支那そばやは食うな!」とSNSで吹聴しまくられ、営業もロクにできない状態となっていたであろう。
彼の早すぎる死は夭折とも言われたが、むしろその後の愚か過ぎる時代の流れを見ずに済んだ、天才に相応しい幸せな死だったのかも知れない。
彼が今、この今の有様を見たら、怒りで憤死したかも知れない。


こんな生き様を異常と見るのか、当たり前と見るのかは、敢えてこれを読む人の知見に任せる。

ただ、ひとつだけ言いたい。
彼の言動でラーメンの味が変わったのだろうか?

それを確かめたいなら、今も戸塚や横浜ラーメン博物館にある「支那そばや」に是非足を運んでほしい。
あなたは旨いラーメンが食べたいのか?ラーメン屋に奴隷のようにチヤホヤされたいのか?どっちだ?

僕はラーメンの「味」にこだわる人間が増えてほしい。
今の日本の衰退は、まさに「味」に対するこだわりのなさから来ていると、確信する。