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神保町で愛され続けて60年――天丼『いもや』の閉店に隠された“人情経営”の限界

[2018年03月20日]

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東京・東神田にある『とんかつ・いもや』のとんかつ定食

東京・東神田にある『とんかつ・いもや』のとんかつ定食

「10年ほど前に一番弟子の先輩が亡くなり、オヤジ(宮田氏)の弟子としては私が一番の古株になりました。もう歳だから踏ん張りがきかなくてね。60歳で祭日の営業をやめ、65歳で15時から17時まで店を閉めて休憩をとるようになり、70歳になった今年からは営業終了を20時から19時に早めました。“あと5年は”と思ってはいますが、これからは1年1年が勝負だと思っています」

神保町1丁目の『天ぷら・いもや』店主も69歳と高齢で、青森・弘前店の店主は65歳、弟子の中では最も若い藤岡店の店主も60歳を超えているという。

『いもや』に押し寄せる“高齢化”の波に「我々には後継ぎがいない…」との問題が重たく圧し掛かる。「『いもや』は薄利多売の商売だから、自分の子どもに『この仕事をやれ』ったって酷(こく)な話でね」(樋口氏)

同店の商品原価率は、3割といわれる飲食業界の相場を大きく上回る。樋口氏によると、とんかつ定食の場合は5割超にもなるそうで「野菜が高騰している最近はほとんど利益が出ない」とのこと。だが、材料費高騰を理由に値上げはしない、安い食材に切り替えることもしない…その理由について「お客さんはこの料理とこの値段に喜んでくれる。その気持ちを裏切ることはできませんよ」と樋口氏は語ったが、それも創業者から受け継いだ家訓でありポリシーともいえるようだ。

『いもや』は故・宮田氏を「オヤジ」と慕う、家族的なつながりが極めて強い店だ。樋口氏の場合は“いもや歴54年”。1964年3月、中学卒業後に秋田から上京して直営店に入社した。

当時は「天ぷら定食が110円、ラーメンも1杯60円で提供していた」時代。朝6時から夜10時まで交代のないブッ続けの16時間労働が日常で「今なら“ブラック”と言われるだろうけど、あの頃はみんながみんな、『オヤジに認められたい』と目の色を変え、自分の意思で働いていた」と振り返る。

『独立したら、隣にどんな店が出店しても潰れない店を作れ』――それが「オヤジの教えだった」。だが、昔も今も『いもや』は原価率が高い薄利の商売。だから「オヤジからは『大儲けしたかったらウチにいてもムリ。父ちゃん、母ちゃん(夫婦)でできる店を作りなさい』とも言われていた」という。

そのため、直営店から独立した『いもや』は“職場婚”の夫婦ふたりで切り盛りする店ばかり。樋口氏も一緒に働くパートナーとして「一番息が合う」と感じた同期入社(64年4月)のやすのさん(70歳)と結婚している。

「ひとりで1.5人分、夫婦で3人分働くというのが『いもや』の商法です。これが身体に染みついているから、10時間働こうが12時間働こうが全然バテない。下積み時代にそういう身体に作り上げてくれたのがオヤジだったと思っています」

『いもや』に人生を捧げてきた樋口夫婦にとって、宮田氏は「絶対的な人」。「仕事中の私語や言い訳は厳禁。でも、仕事を離れれば実の父親同然に温かい人だった」。店の利益は従業員にも還元してくれ、「2年に一度の社員旅行でハワイに5回、香港やシンガポールにも連れて行ってもらった」こともいい思い出になっている。


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