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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外652 志を同じくする者達へ

「できれば私達も手伝いをしたいのです」
「慣れていない身体で、戦いでは足手纏いになってしまうにしてもこれならばお力になれるかと」

 結界で安全を確保しているというのと、シリウス号で周辺の生命反応の動きを監視している、という事もあり、里の住民が剥ぎ取りを手伝うと申し出てくれた。
 まあ、確かに。見ているだけというのは中々に心苦しいものがあるからな。気持ちは分かる。

「わかりました。では、まず里の中からお願いしますが……魔人化解除の後ですからね。最初は様子見からで、あまり無理をなさらないよう。外部は僕達が」

 というやり取りを交わしてから各々作業に移ったのであった。
 里の住民達は作業手順に慣れているというのもあるから手伝ってくれるのは確かに捗るのだろうが、魔人化を解除してからの剥ぎ取りは初めてだ。
 その辺どうなるものかと思ったが、どちらかと言うと襲ってきた魔物とはいえ無駄にはしたくない、オズグリーヴや俺の役に立ちたい、という使命感を前面に出して、奮起して頑張っている様子であった。魔石抽出の術も適正のある者がいて、里の中は運搬用ゴーレムと合わせてどんどんと作業が進んで行く。

 里の外は俺が。俺とバロールによるウッドゴーレム作成で大量に作業の手を確保したところで……人海戦術で素材が使えるものとそうでないものに分け、一気に魔石抽出をしたり、ゴーレム達に素材剥ぎ取りをさせたりと、作業を進めていく。デボニス大公が貸してくれた飛竜達も運搬やら何やら、色々と手伝ってくれる。

 そんな中で扱いにやや困ったのはオズグリーヴが倒した魔獣だ。かなりの力を秘めているが、全くの未知の魔物である上に、魔力を主体に自身の肉体を統制していたのか、未消化の瘴気で侵食が進んでいるのが確認できたりと……中々素材や食材としては使いにくいところがある。

「魔石として抽出してしまうのが無難……かしらね」

 と、その様子を見たローズマリーが言った。

「んー。瘴気に対して強い、魔人に対して強いって言っても、適応の結果だからね」
「魔力循環や祝福みたいな対策とは相性が良くないかも知れないわね」

 イルムヒルトが少し眉根を寄せて困ったような表情をする。そうだな。俺もそういう認識でいる。

「うん。魔石なら……少し特殊でも活用の道はあるかな」

 性質的に危険が予想されるなら封印術と契約魔法を併用してもいいしな。
 というわけで魔獣の魔石を抽出してみる、ということになった。術を用いると、魔獣の身体が淡い光を纏い……そこから濃い紫色の魔石が抽出される。
 流石にというか……かなり大きな魔石が形成された。瘴気は帯びていないようだ。どうやら闇属性の魔石のようだが。

「まあ……用途については追々考えるかな」

 属性ならローズマリーやマルレーン。技術体系であるなら呪法系とも相性が良さそうだ。



 そうして……諸々の後始末を終えた時には夕暮れになっていた。戦闘の規模に比して後始末としては十分に早い部類だろう。人手が多かったというのもある。
 魔物の素材はかなりの量に及んだ。タームウィルズの冒険者ギルドで売却して、里の住民の暮らしが軌道に乗るまでの資金にしていくというのが良さそうだ。

 水魔法や生活魔法を活用して全員身を清めたところで広場に石碑を建てる。後からここを頼ってくる者への伝言というわけだ。

「さて。石碑に彫る文言はどうしましょうか」
「差し支えなければ私に書かせて貰えないだろうか」

 と、オズグリーヴ。こちらとしても異存はない。頷いて封印術を解除する。

「身体に不調はありませんか?」
「――心配ない。もう治癒術も馴染んだようだ」

 オズグリーヴは俺の言葉を受けて少し身体の調子を見ていたようだが、やがて静かに頷いて笑みを浮かべると石碑の前に出る。そうして石碑の前で、少しの間目を閉じて考えていたようだが、やがて右手に瘴気を集中すると、それを操って石碑の表面に文字を彫り込んでいく。

『我らを頼り、この地を訪れし者へ告げる。我らは今より人との共存の道を模索するために初代フォレスタニア境界公と共にヴェルドガル王国へと行かんとする身である。
 将来、この地を頼り訪れてくる者の心の内や、我らの進まんとするその道行きの先までは私には見通す事はできぬ。故にこの文言を読んだ者が何を思い、どう判断するかも私には分からない。
 しかし言える事はある。我らと彼らが道を違える事なく共存の道を歩いているのならば。そしてこの文言を読む者が、我らと志を同じくするのならば。ヴェルドガル王国の門戸もまた、きっと開かれているのだろう、という事だ。
 我らが長年を暮らしたこの里も……管理する者がいなければいつかは朽ちてしまうのであろう。だが、まだ雨風を凌ぐ程度の事ができるのならば、この地で旅の疲れを癒す為に役立ててくれれば幸いに思う。私は貴殿が貴殿の望む道へと歩んで行く事を望む。そしてその道が、我らと志を同じくする道である事を願うものである』

 そうしてオズグリーヴは石碑の最後に自身の名を刻んだ。その文言を読んだ皆も、何かを感じ入る様に目を閉じたり頷いたりしていた。
 裏側には俺からの言葉も刻んでおく、ということになった。必要な言葉や共存の道を選んでくれる魔人に対する連絡事項は全てオズグリーヴが刻んでくれているから、俺からの言葉はシンプルな方が良さそうだ。

『我らと彼らが手を取り合った今日という日を記念し、この言葉を刻む。何時かこの言葉を読むかも知れない誰か――貴方とも手を取り合い、共に進む事ができるのならば、これに勝る喜びはない』

 テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニア……と名前を刻んだところでオーレリア女王が言う。

「連名にしては貰えないかしら。一般には出せない情報は伏せる形でなら問題ないでしょう」
「それは良いな。儂の分も頼む」
「妾もだ。まさかベシュメルクの国母とは思うまいが、念のために愛称であったパルティアと書いておいてもらう方が良いか」

 オーレリア女王の言葉を受けてイグナード王が言うとパルテニアラもにやりと笑ってそう言った。
 同行してきた皆もまた、同じ気持ちのようだ。こちらを見てくるので希望者は、と聞くと全員が頷く。

「分かりました。では、連名という事で」

 オーレリア女王あたりはフルネームだと月の王家と月女神の関係に気付く者も出てきそうだしな。ファーストネームだけだとか色々配慮しながらみんなの名前を刻み、最後に今日の日付を記しておく。
 後は石碑にしっかり魔力を込めて構造強化。これで大丈夫だろう。

 魔獣のような変異個体が出た事を考えると、一応経過を見に来る必要もあるのでオズグリーヴとの契約によって転移もできるようにしておく。

「旅の疲れを癒せるようにというのなら、井戸は残っていた方が良いですね」
「土地もじゃな。魔物に荒らされては困る」
「では、結界には私が」

 と、井戸にはマールが。土地にはプロフィオンが。結界にはティエーラが祝福を施してくれた。ラケルドとルスキニアはうんうんと頷いていたりして、コルティエーラも楽しそうに明滅していたりする。
 まあ……確かにこれなら里は長持ちするだろう。魔力溜まりの魔物達も、魔力の質が違えば用がないので興味を示さないと思われるし。俺としてもついでなので石碑の近くにある集会所に構造強化をかけておく。

「では、点呼をしっかりしてから移動しましょうか。食事は船内で移動しながらという事で」
「楽しみだ。疲れを癒すならば食うのが一番だからな」

 と、テスディロスが言う。

「ふむ。やはり封印術を施した上で普通の食事で補えるということか」
「そうなりますな。高位魔人ですと、普通の人より食事を多めに取らねばならないようですが」
「そこは少しだけ困りますね」

 オズグリーヴの疑問にウィンベルグが笑みを浮かべて答えた。オルディアが苦笑しながらも頷く。

「では、私にも改めて封印術を頼む。今日は大分消耗したから、少しばかり多めに食糧を頂戴してしまうかも知れぬが」

 オズグリーヴもそう冗談めかして言うと、あちこちから楽しそうな笑い声が漏れた。そうして……俺達はシリウス号に乗り込み、しっかりと点呼を取ってから魔人の隠れ里を後にする事となった。
 里の住民達は甲板から、暫くの間遠ざかる隠れ里を見ていた。長年暮らした土地を後にするのだ。その胸には色んな思いがあるのだろう。
 新しい暮らしを……過ごしやすいものにしてやりたいところだ。だがまあ、まずはデボニス大公領へ向かわねばなるまい。借りていた飛竜と竜籠を返しにいかないといけないからな。

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