日本銀行金融機構局 金融高度化センターが2018年3月16日に「ITを活用した金融の高度化に関するワークショップ(紙をデジタルへ)」を開催しました。
このワークショップの内容は、銀行がデジタル化へ舵を切っていく方向性について示唆に富んだ内容となっています(現時点では議事録等についてはまだ開示されず、資料の事前開示だけがなされています)。
このワークショップでは、銀行における事例を扱っていますが、紙のデータ·書類に依拠した仕事のやり方から、デジタルデータをベースにした仕事に変換していくことは全ての企業にとっての課題となっています。
今回は、この「紙からデジタルへ」の動きについて、ワークショップの資料を踏まえながら考察します。(ワークショップのまとめ記事ですが、お許しください)
- 「紙」の何が問題なのか
- 「紙をデジタルへ」とは
- 紙を利用することによる業務への制約
- 紙のデジタル化の段階
- 紙をデジタル化する場合の制約とその解消
- SMFGでのRPA取り組み状況
- 従来のOCRとの差異(主要なもの)
- 今後の動向
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「紙」の何が問題なのか
「紙からデジタルへ」といったテーマでワークショップが開催される通り、銀行においては(もちろん企業全般にとっても)、紙ベースの業務からデジタルデータをベースとした仕事のやり方への変換は課題となっています。
しかし、「紙」の何が問題なのでしょうか。
「紙」の存在がITの活用を阻害
その問題点は「紙の存在がITの活用を阻害」することにあります。
紙はヒトの介在を前提としており、システム化するうえで制約となるのです。
RPA (※)の対象範囲を広げるためには、「紙」をどうにかしなければならないのです。
※ RPA(Robotic Process Automation)とは、認知技術(ルールエンジン・機械学習・人工知能等)を活用した、主にホワイトカラー業務の効率化・自動化の取組みです。
人間の補完として業務を遂行できることから、仮想知的労働者(Digital Labor)とも言われているようです。
日銀の公表している資料では上記の定義のみならず、以下の説明が掲載されています。
(情報産業サービス白書2017<情報サービス産業協会>より)
ルールエンジン・機械学習・人工知能などの技術を有するソフトウェア型のロボット(仮想労働者・デジタルレイバーとも呼ばれる)が、ホワイトカラーのパソコン操作(アプリケーション操作)を自動化する概念である。
(中略)
画像マッチング技術やHTML識別技術を駆使し、人間のようにコンピュータ画面からアプリケーションを認識、事前に設定されたシナリオと呼ばれるルールに従い、データの転記・投入や検索などのパソコン操作を自動的に行う。以上のように説明されていますが筆者として理解しやすかった以下の説明も記載しておきます。
RPAとは、人がパソコンで操作する定型的な作業(入力、クリック、コピー、ペースト等の作業)を予め設定しておき自動的に実行するものであり、EXCELマクロの高度版のイメージといって良いでしょう。また、複数のシステムやアプリケーションを繋ぐ業務プロセス/ワークフローの自動化(人間の仕事を補完・代替)であり、従来のシステム開発とは異なる概念です。
これがRPAです。
「紙」をベースとした業務の間題点
紙の存在が、働き方(work style)やCX (カスタマーエクスペリエンス、顧客体験)を制約することになります。
紙にアクセスするためには時間や場所が制約されます。
顧客に伝票記入を強いる等はCX低下につながることになります。
「紙」の情報管理の問題
紙は情報管理(security control)が難しいという問題もあります。
顧客情報や機密情報の印刷された紙の書類やコピーが紛失するなど、情報漏洩のリスクがあるのが「紙」です。
また、個人情報等をシステムに入力する時点で不必要に人目に触れるということもあります。
「紙」のコスト
紙には様々なコストがかかります。
紙代、印刷コスト、保存·保管のスペースや搬送等の手間が発生します。
また、情報の検索性も劣り (探し難い)ますし、システム入力やチェックの負担も当然に存在します。
では、この「紙」の問題を解消するための「デジタル」はどのような違いがあるのでしょうか。
以下でみていきましょう。
「紙をデジタルへ」とは
「紙をデジタルへ」という動きは、ペーパーレスと受け取られがちです。
しかし、従来のペーパレスと「デジタル化」との本質的な違いが存在します。
ペーパーレスは、「紙資源の節約や保管スペース削減によるコスト削減(環境への配慮)」を目的とします。
電子媒体による閲覧等により紙の配布を減らしたり、過剰な文書印刷、無駄なコピーの削減を働きかけることによって、物理的に紙を減らすことが主目的となっています。
一方、「紙をデジタルへ」という動きは、紙の資料等をデジタルデータに置き換えることによって、事務生産性の向上やワークスタイルの変革に繋げることを目的としています。
紙に書かれている内容をデジタルデータ化し、システム等で取り扱えるようにすることが目的なのです。
ここは非常に大きな違いです。
このポイントについて、以下でみていきましょう。
紙を利用することによる業務への制約
紙を利用することによる業務への制約は非常に大きなものがあります。
もちろん、近時、注目されている働き方改革にも大きな影響があります。
「紙で業務を行う」と、紙がある場所に行かないと仕事ができない、もしくは予め必要な資料ないしそのコピーを持ち出さないといけません。これは、テレワーク·在宅勤務には向きません。
同様に、必要な紙を持って移動しないと仕事にならないため、フリーアドレス (職場で一人ひとりに固定した席を割り当てず、在社している社員が空いている席やオープンスペースを自由に使うオフィス形態)には向きません。
また 紙の回覧には時間がかかり、情報共有の同時報告性にも欠けるため、コミュニケーション面で制約要因となります。
一方で、紙のデータがデジタル化されている場合、リモートアクセス端末があれば、どこからでも情報にアクセスができ、仕事が可能になります。これはテレワーク·在宅勤務でも、フリーアドレスでも違いはありません。
また、迅速、同時並行のコミュニケーションが可能となります。
以上は「紙をデジタル化」した場合の「表面的な」メリットといえます。但し、これはペーパーレスとほとんど同じ効果です。
これから、紙をペーパーレスではなく、更にデジタル化した場合のポイントについてもみていくことにしましょう。
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紙のデジタル化の段階
紙のデジタル化には段階があります。一般的に言われてきたペーパーレス化は下記の①に該当するといえるでしょう。
①デジタルイメージ化
紙をスキャンし、デジタルイメージ(画像)を保存するのが第一段階です。
その後の事務ではデジタルイメージのまま検索、読出しして取り扱うことになります。
画像データであるため、このデータ内に文字が写っていたとしても、直接データとしては取り扱うことができません。
そのため、システムでデータを扱う必要があるときは、別途手入力が必要となります。
メリットとしては、元資料は廃棄ないし集中保管が可能となり、必要な事務スペース削減につながります。
②デジタルデータに変換
今後、実務で行われるのは、紙をデジタルデータに変換するというものです。
紙をスキャンしたデジタルイメージをOCR(後述)によって、文字や数字等のデジタルデータに変換するのです。
変換したデータはシステムで取り扱えるほか、デジタルレイバー(RPA)でも利用が可能となります。よって、以降の手入力は不要となります。
もちろん、元資料は廃棄ないし集中保管が可能であり、必要な事務スペース削減につながります。
③入口からのデジタルデータ化
これは、当然目指すべき姿といえます。
紙の資料等は発生せず、入口から文字や数字のテキストとしてシステムに入力され、デジタルデータとして扱われる段階です。紙は存在しません。
銀行実務でいえば印鑑に代替する電子的な認証手段の確保が必要とはなります。
(ご参考) OCR
OCR (Optical character recognition) とは光学文字認識のことです。
画像データ上にある文字と思われる部分を解析し、コンピューター上で扱える文字(テキスト)データに変換することをいいます。
紙をデジタル化する場合の制約とその解消
紙をデジタル化する場合の制約の最たる例は、外部との連携に紙が必要というものです。
顧客接点については、パネル、入力やタブレット、OCRを活用する試みがなされていますが、銀行実務では、外部機関が作成した帳票類・書類が持ち込まれる(例:様々な様式の振込用紙) ことは一般的です。
この連携をどのようにしていくかが課題となります。中長期的にはAPI連携も有力な解決手段となるものと想定されています
また、銀行も含めた一般企業では、一般的には(意思決定の証跡として)稟議書類等に印鑑を押すことが必要となっています。これについては、本当に印鑑が必要かどうかは文化の問題であり、IT活用やワークスタイル変革とセットで進めるしかないと思われます。
また、紙をデジタル化する場合の制約としては、書類の保存義務というのも挙げられます。
一部の文書に関しては、2016年に施行された税制改正により「電子帳簿保存法」の要件が大幅に緩和され、ペーパーレス化が進めやすくなっている側面もありますが、まだまだ制約は残ったままといえるでしょう。
銀行は文書保存の規定がしっかりと定められている業界の最たる例です。
不良債権処理の時代に金融庁から厳しく指導されたこと、特に旧UFJが書類隠しで検査忌避とされたことが影響しているでしょう。
さらに、紙の使用を好むユーザの存在がデジタル化への制約要因となります。
これは、システムのCX(カスタマーエクスペリエンス)、UX(ユーザーエクスペリエエン
ス)や利便性が未熟ということかもしれません。
以上が「紙をデジタルへ」という動きの中のポイントであり、論点·制約事由等となります。
では、「紙をデジタルへ」推進している三井住友銀行ではどのような取り組みを行っているのでしょうか。
SMFGでのRPA取り組み状況
半年で40万時間(200人分)の業務をRPA化したと同行では発表しています。
今後3年間で1,500人分の余力捻出を目指す計画です。
既に計画では、Next Stageにステップアップ、New Technologyの実装を開始しています。
すなわち、RPAプラットフォームとOCRを組み合わせ、新たな生産性向上領域を開拓しているのです。
実用的かつ同行が求める高いセキュリティ要件を充足できたのでOCRを採用したと同行は発表しています。
今後は、音声認識(耳) とAl (脳)を活用することを検討していくフェーズにあるようです。
従来のOCRとの差異(主要なもの)
従来のOCRと同行が導入しているOCRの違いは、帳票の量と識字の質を向上させ、OCRの適用領域を大幅に拡大することが出来た点にあります。
同行のOCRの特徴は以下となるでしょう。
(最適なOCRエンジンの適用)
搭載された複数のエンジンから、項目毎に最適なものを自動選択
(読み取り結果の辞書との突合)
登録した様々な辞書との突合を行い、正答文字に読み替え
(非定型帳票の読み取り)
特定のキーワードから帳票種類を類推、読み取り箇所を自動で識別
既存業務ごとにノウハウを学習し、辞書機能を大幅に改善(PDCAサイクル)させ、また項目ごとに最適なOCRエンジンを選択することで、識字性能も大幅に向上しているようです。
従来のOCRとの違いとしてまとめると、OCRとRPAを組み合わせることにより「点在す
る様々な形式のファイルを自動収集(←今までは限定的なファイル形式のみ)」「識字結果を辞書、過去データ、他システムと突合(←今までは単純な文字認識のみ)」「RPAがデータ連携を行うためシステム改修不要(←今まではシステム改修が必要)」「学習結果を自動で反映(←今までは人手で都度対応)」が実現されたのです。
質の面で識字精度の向上、量の面で非定型も含めた対応可能範囲の拡大がなされたためOCR適用領域の拡大が図られたということが、分かると思います。
適用可能な帳票範囲が拡大し、識字制度が向上し、データ連携も可能になり、保守性が向上したことから、同行にとっては生産性が向上したということなのです。
今後の動向
三井住友銀行の事例のようにOCR + RPAは「紙からデジタルへ」を現実化させる技術として、実用化ができる段階となってきたことが分かります。
今後の銀行実務では、様々な「紙」が最終的には消えることになるでしょう。
お客様には「紙」で書類を提出頂く場合でも、OCRの読み取り機器でデジタルデータに変換されることになりますので、人手でデータを入力することは大幅に減ります。
もちろん「紙」は暫くはなくなりません。
先程の事例にあったように公共料金の振込用紙等は簡単には紙を全廃できません。
しかし、順次減少していくことは間違いありません。
そうすると、銀行の窓口の役割はかなり変わることになります。
今までは、振込等での来店客も減少したとはいえ一定数はいましたが、この一定数のお客をOCRで自動的に処理していくことが可能になってくるのです。窓口(バック含む)の事務量は大幅に減少します。
この空いた時間、人員数を、銀行は外回りの営業へと回すことになるものと想定します。
よって、事務に携わる人員は相当程度削減されることになります。
以上は、銀行において想定される事象ですが、これは一般企業でも同様でしょう。
「紙からデジタル」への流れは止まりません。
これに対応していくことが各個人にとっても求められています。