コラム
公開日: 2016-10-13
ブランド価値を一夜にして喪失するサムスン
サムスンはGALAXY NOTE7の発火事故が相次いだことで遂に生産停止に追い込まれました。サムスンは日本の電機メーカーを蹴散らし、今も世界の家電市場においてもトップメーカーとして君臨して、日本メーカー全てが束になってかかってもその販売と収益規模に追いつかない状況でした。サムスン電子はサムスン財閥の中核企業として、韓国経済を支える存在でもあったわけです。その中でも事業の中心となっていたのがスマホと半導体です。もちろん洗練されたデザインの良さと巨額の宣伝費投資により、収益は今ひとつであったとしても顔である家電事業もサムスンブランドを引っ張っていました。しかし、電機業界で仕事をしていた立場でサムスンを見てきたものとして、早晩大きな壁にぶつかるであろうという感じを受けていました。それこそ財力とカリスマ経営による積極的かつ戦略的投資、そして徹底した実力主義の経営が功をなした大きな原因だとは思いますが、経営において最も重視するべき3つの点が根本的に欠けている会社であると常々感じていました。それが今回一気に表に噴出したのが今回の問題ではないかと思います。
①品質に対する感度の低さ
サムスンは徹底したマーケティング投資と積極的な事業戦略や新興国への先取りした取り組みを行っていました。日本の電機メーカーでこれほどの積極果敢な事業を行えるところはありません。とても叶わないと思っていました。しかし、最大の問題は品質に対する感覚です。私は仕事がら個人的には韓国製の製品を買って使うことはほとんどありません。しかし、日本メーカーとして収益が上がらずに撤退した事業の製品について、やむを得ず中国製か韓国製から選ぶということがたまにあります。ベトナム駐在時にも、アパートでDVDプレーヤーを買ってTVでDVDを見たいを思ったのですが、日本製でDVDプレーヤーは売っていませんでしたし、仕方なく一番使えそうなサムスン製を買いました。その他、アパートの据え付け製品の多くはTVを始め韓国製でした。しかし、それら全てが何等かの故障に見舞われましたし、買ったDVDプレーヤーも半年ほどで映らなくなりました。数十ドルの製品だったので、お店やサムソンのサービスセンターに行ってクレームする時間ももったいないのでそのままにしていました。
勿論、サムスンに限らず各メーカーも当然サービス体制はありますが、買った消費者の立場からすれば故障しないのが一番です。故障したから無償で修理するとか、新品と交換するというのもありますが、それで必ずしも消費者はその製品を買って満足でしょうか。中国や韓国のメーカーの多くは、製品に問題があったら新品と交換しさえすればいいと考えているところが多いように思うのです。ここが根本的に間違っています。火が吹くスマホというのは論外ですが、製品が不良となると、その時点で消費者は生活時間を奪われるのです。満足に動かなくなってあれこれ試行錯誤する時間、サービスセンターに連絡するためにいろいろ調べたり保証書を探したりする時間、長い時間待たされるコールセンターでの時間、説明して満足いく対応策を得るまでの時間、代替品が到着するまでや修理が終了するまでにかかる時間、これら全て消費者の貴重な時間価値をメーカーが不良品を売ったことで奪っているのです。つまりどんなに素晴らしいアフターサービスの体制を整備したところで、故障しない製品品質に勝るものはないのです。中国や韓国メーカーは、組み立て製品を構成している部品を作り上げる産業基盤が日本ほど発達していないので、品質に問題が起きたときに、根本の原因がよくわからないケースが多いのです。部品の多くを日本の素材メーカーに依存しているだけに、品質問題に対する感受性が極めて乏しく、部品調達においても、部品メーカーに机上計算でスペックを厳しく要求したものであれば製品品質が保たれると考える節があるということを感じていました。今回のGALAXY NOTE7や洗濯機の品質問題はまさにここに根本原因があります。したがって市場で品質問題が起きたときに、根本原因を追及することなく部品の交換だけで対応して十分だという感度の低さが、交換製品で同じ問題を再発するという最悪の結果となり、遂に生産停止に追い込まれたわけです。しかも、今時点でも根本的な原因究明ができていません。対象となったGALAXY NOTE7だけでなく、全てのサムスン製品の品質に大きな疑問が投げかけられてしまったわけです。
②顧客を大事にしない対応
企業にとって最も大事にしなければならないのは顧客の信頼です。品質問題を起こすこと自体顧客の信頼を喪失する最大の要因になりますが、サムスンに限らず他の韓国メーカーや中国メーカーの製品には、顧客のお役に立つという価値をお届けするという理念がほとんど感じられません。製品開発競争は熾烈であり、他社に先駆けた性能の向上とコストダウンに力を注ぎますし、サムスンのスマホもAPPLEとの競争の中で少しでも競争優位に立つスペックを搭載して頑張ってきました。APPLEのIPHONEにはいろんな評価がありますが、たとえ防水機能対応がGALAXYよりも遅れたとはいえ、IPHONEはユーザーのライフスタイル革新という価値を提供する魅力があります。しかしGALAXYにはユーザーの生活に貢献するという思想が製品から感じられないのです。これはスマホに限らず他の家電製品でも同じです。常に顧客の立場からの製品づくりが基本にあって、どういうライフスタイルの提案を行うかという思いが組み込まれた製品でないと消費者は感動することはありません。
サムスンは徹底してブランド価値を上げるために巨額の宣伝投資をしてきました。そもそもブランドは優れた品質を持つものとして、他の商品と区別する為の名称であり、ブランディングとは顧客にとって優れた品質であることがわかり、価値を感じさせて違いを明確に提示することで信頼関係を深めるものと解釈できます。その知らしめる手段が宣伝投資であり、継続して競争優位にたつ事業展開をおこない、企業の理念や社会に対する貢献を目に見える形で伝えていくことです。つまり顧客から見た「信頼に足る企業」になることに他なりません。どれだけ宣伝に金をかけたかということだけではブランド価値が高まらないどころか、いったん「信頼を失った企業」は、一夜にしてブランド価値が崩壊し、いくら宣伝投資をしてきたとしてもそれが全てムダになるといっても過言ではありません。サムスンは今回の品質問題で大きな間違いをしています。顧客対応のまずさです。最初、電池の火災が起きたのはアメリカだけであり中国で起きていないとか、想定外の使い方をしたための可能性があるというように、確証もない段階でこの品質問題はユーザー側に責任があるのではないかとも受け取れるような責任逃れのコメントを出したということが最悪でした。たとえ万が一ユーザー側の使用方法に問題があるものでも、検証が確定するまでは全てメーカーの問題として対応するべきものです。品質問題を顧客の責任として匂わした時点でメーカーとしての資格はありません。完全に顧客の信頼を失いました。
以前より積極的なサムスンの広告宣伝でブランド価値ランキングが上がっていくのを見てすごいなあと関心していましたが、その広告宣伝にも品質の高さを売り物にしたものはほとんどなかったように思いますし、何かカッコよさとかのイメージや豊富な機能搭載を先行したスペックという感じばかりで、顧客の喜びとか生活の質向上とか、人々の暮らしに貢献していく企業のイメージを訴求するものは正直なかったように思います。そういった中で品質で大きな迷惑をかけ、しかも顧客第一での対応ではない企業の製品を買って消費者は果たして満足すると思うのでしょうか。2016年度のフォーブスブランド価値ランキングでは、サムスンのブランド価値はまだ11位、ブランド価値は361億ドルあります。SONYやPANASONICのブランド価値はずっと下位です。しかし、今回の品質問題がサムスンの経営に与えた衝撃は計り知れないものがあります。品質軽視と顧客軽視という本性が露呈しただけに、来年のブランド価値は見るも無残な状況になるのではないでしょうか。
③価値創造力の低さ
サムスンの後塵を排した日本の電機メーカーには言われたくないところでしょうが、正直今までサムスンが世の中の役に立つ新たな価値を創造したことはあったでしょうか。確かにサムスンの製品はデザインでは素晴らしいものがありますし、インターネット対応するとか、HDMIの端子を他社より多くつけるとか、スペック競争では他社に先駆けていち早く市場投入し、積極的な販売投資で占有率を上げてきたのは事実です。日本メーカーは競争に負けたことは認めなければなりません。しかし、サムスンの製品のどこにイノベーションがあったでしょうか。顧客の生活の価値を上げより豊かな暮らしに貢献する製品を自ら先頭を切って開発してきたでしょうか。日本メーカーもかつてそうでした。欧米メーカーの物まね製品で粗悪なものも多かったと思います。しかし、日本メーカーは常に顧客の立場にたって、いかに価値を創造して競争していくかという視点で基礎研究にも投資を増やし、モノづくりのイノベーションを積み重ねてきた結果、部品や材料、設備機械の開発、品質、生産管理の高度化など価値創造の基盤を作り上げてきたのです。APPLEをはじめ多くの欧米企業も常に新たな価値を革新してきた結果、今のGOOGLEがあり、MICROSOFTやFACEBOOKなどが生まれているのです。これらの企業は間違いなく私たちの生活の価値を革新しています。
サムスンは確かに価格的にもスペック的にも競争力ある製品を出してきます。しかしそこにサムスン自ら生み出した価値はほとんどないのです。スマホにしても、基本ソフトはGOOGLEのアンドロイドであるし、スマホの構成デバイスの多くは日本の精密部品であり、製造設備も日本の機械メーカーに依存しています。部品の中でも比較的競争力のあるリチウムイオン電池が引き金となって深刻な品質問題を起こしたのですから、サムスンに限らず韓国メーカーのモノづくり基盤は根底から揺さぶられています。もともと新たな価値のイノベーションを起こす基礎的な技術基盤が低いのです。日本メーカーに追いつけ追い越せでやっていくために、多くの日本人技術者を引き抜いて技術レベルを上げてキャッチアップしてきました。しかし、価値をブレークスルーしてイノベーションを実現するには、引き抜いた日本人技術者の過去の知識を吸収したところで役に立ちません。せいぜいキャッチアップまでです。外国から人材をいくら導入したとしても、イノベーションにつながるかどうかは企業風土によるところが大きいのです。高額の給料で引き抜いても無理です。それが生まれる企業風土にどうやって変革していけるかにかかっているのですが、今回のサムスンの品質問題は、韓国メーカーだけでなく韓国産業の脆弱性を一気に認識されることになっただけでなく、韓国企業経営の限界について改めて知らしめる結果となったのではないでしょうか。
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