SKY★HIGH
蒼井青空
SKY★HIGH
第1話 来たれ! エアレース部!
青く澄んだ初夏の空に、真っ白な入道雲が青天高くそびえている。夏の日射しが降り注ぐ、石畳の坂を上っていくのは、青春街道まっしぐらと言わんばかりの、若さみなぎる若者たちだ。
若者たちが目指すのは、青い海が見える丘の上に建てられた、国立航空防衛士官学校だ。やがて坂の向こうに航空防衛士官学校の校舎が見えてくる。中央校舎の壁面に飾られた、航空防衛隊が勇猛果敢の象徴とする、力強く翼を広げた銀色の鷲の校章が、黒塗りの正門をくぐる学生たちを出迎えていた。
『エアレース部! エアレース部! エアレース部! わたくしエアレース部の春宮桜花でございます! 高等部・大学部の皆様! わたしと一緒に最速の空を目指しませんか!?』
正門を入ってすぐに見える校庭の一角。拡声器を持った一人の少女が台の上に乗り、選挙活動中の候補者さながらに、元気良く声を張り上げていた。ふんわりとしたシルエットの、マッシュカットに整えられた、ローズティーブラウンのショートヘアに、真っ直ぐで
学生たちに呼びかけている桜花の横には、【来たれ! エアレース部! 一緒に最速の空を目指そう!】と書かれた、一目で手作りだと分かるような、ダンボールの看板が立てられている。朝早くから校庭で声を張り上げているのは部員を勧誘するため。桜花が立ち上げたエアレース部は、悲しいことに部員がたった二人しかいないので、毎日こうやって部員集めに奔走しているのだ。
「へぇ……エアレース部か」
勧誘活動を続けていると、一人の男子生徒が桜花の前で足を止めた。彼は興味津々といった様子で、桜花が徹夜で作ったチラシを手に取って見ている。――これはもしかしたらいけるかもしれない。心の中でガッツポーズを決めた桜花が、男子生徒に入部を勧めようとしたそのときだった。
「おいこら春宮! 朝っぱらからの勧誘活動はやめろって言っただろうがっ!」
怒鳴り声が響き渡る。怒鳴り声が飛んできたほうを見やると、中央校舎から飛び出してきた男性が、山から駆け下りてきた猪のように、鼻息荒くこちらに突進してくるのが見えた。
その光景に恐怖を感じたのか、「ひええっ!」と悲鳴を上げた男子生徒は、持っていたチラシを投げ捨てると、一目散に逃げていった。逃げていく男子生徒を見送った桜花は、結婚式の直前に花婿に逃げられた、花嫁の気持ちが分かったような気がした。
「ああーーもうっ! せっかく鴨が葱を背負ってきたのにー! 先生のせいで逃げていったじゃないですか――ほんぎゃっ!」
バシッと乾いた音が響く。問答無用で頭をはたかれた桜花は、生まれたばかりの赤ん坊のような悲鳴を上げた。ずきずきと痛む頭を押さえて見上げると、小豆色のジャージを着て、首からホイッスルを提げた、エアレース部顧問の近藤武虎が、憤怒の形相で立っていた。ゴリマッチョ――ではなく筋骨逞しい近藤武虎は、部員がたった二人しかいない、エアレース部の顧問を引き受けてくれた、なんとも酔狂なお人である。
「おまえの声がうるさくてラジオ体操の音が聞こえない! って近所から苦情がきたのを忘れたのか!? おまえのせいで毎日肩身が狭い思いをしてるっていうのに、おまえは俺を引きこもりにする気か!」
「ですが先生――!」
「ですがもだってもヘチマもない! 昼休みになったら生徒指導室に来い! 徹底的に指導してやるから、逃げようなんて考えるなよ!」
桜花が抗議する声を途中で断ち切った近藤は、最後に桜花をひと睨みしてから、飛び出してきた中央校舎の中に入っていった。近藤は「阿修羅の近藤」とあだ名されるくらい、厳しい性格で有名な人物である。なのできつくお説教をされるのは確実だ。そして自分は絞ったあとの雑巾のようになってしまうだろう。
始業開始を告げる鐘の音が校庭に響き渡った。遅刻をしたらますます指導が厳しくなる。勧誘グッズを詰めた箱を小脇に抱えた桜花は、大急ぎで高等部校舎のほうに走っていった。
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