写真はイメージ=PIXTA 地方移住への関心が高まっている。かつては定年を迎えたリタイア世代のニーズが高かったが、今や主流は現役世代。よりよい子育て環境を求めて職と住を移しているようだ。そこでマネー研究所ではこれから数回にわたり、地方に関する「移住シミュレーション」の実証実験サイトを始めたQUICKと協力して、地方移住の可能性と実際をレポートする記事をお届けする。第1回は総論として地方移住のトレンドと、東京都内から地方移住した場合の年収別シミュレーションを解説する。
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都心を離れ、地方へと移住したい――。都心回帰の流れの一方で、地方移住の希望者が年々増えている。NPO法人ふるさと回帰支援センターによれば、同センターへの来訪・問い合わせ数は年々右肩上がりで増加。2016年には合計2万6426件に達した(図1)。
図1 ふるさと回帰支援センター(東京)への来訪者・問い合わせ数の推移 特に顕著なのが、30代を中心とする現役世代の増加だ。かつて地方移住といえば、「リタイア後は地方でのんびり暮らしたい」といったシニア世代のニーズが強かった。だが2016年時点の主流派は現役世代。40代以下の移住希望者が7割を占め、最も多いのは30代で28.0%に達する(図2)。
図2 ふるさと回帰支援センター(東京)利用者の年代推移■ITの普及が地方移住を後押し
背景には、ITの普及による就労環境の改善がある。地方移住を考えるに当たり、現役世代にとって最大の難関は雇用だ。移住はしたいが目ぼしい就労先がなく、生活のめどがたたない――。これが地方移住へ二の足を踏ませる要因になっていた。
だが、ここ数年で時代は大きく変わった。インターネット環境があればどこでも仕事ができるようになり、業種によっては必ずしも都心部にオフィスを構える必要はなくなった。地方にサテライトオフィスを設ける動きも活発化しており、都心部から移住しやすい環境が整備されつつある。
その代表例が徳島県。県内には山間部に至るまで光ファイバーが張り巡らされ、限界集落に近い山村エリアでも高速ブロードバンド環境の恩恵を受けられる。この充実した通信インフラに着目した数多くの企業が、県内にサテライトオフィスを設置している。その数は2017年末時点で56社。中には名刺管理クラウドサービスを手掛けるSansan(東京・渋谷)、家事代行サービスのベアーズ(東京・中央)、電子書籍大手のメディアドゥ(東京・千代田)など、名だたる企業も少なくない。
就労環境の良さもあって、同県への移住者は年々増加している。16年の移住者数は842人で、前年から3割ほど増えた。「特に30代以下の現役世代が多く、全体の6~7割を占める」と、徳島県東京本部 産業振興担当係長の高尾一仁氏は明かす。17年は前年を上回るペースで移住者が増えており、9月末時点で605人が移住を果たしたという。
徳島県東京本部長の秋川正年氏(左)と同産業振興担当係長の高尾一仁氏(右) 30代以下の世代にとって、地方移住は「子育て」の現実解でもある。厚生労働省の「保育所等関連状況取りまとめ」(2017年4月1日時点)によれば、国内の待機児童数は2万6081人を数え、前年比で2528人増えた。特に東京都や千葉県、埼玉県など都市部での受け皿不足が目立つ。地方都市においても保育園の空き枠不足がないわけではないが、一般に都市部よりもゆとりがある。つまり、優良な子育て環境を求めた結果のひとつが地方移住というわけだ。
徳島県でも、子育て環境を重視した若い世代の移住が増えているという。人口当たりの幼稚園数や小児科医師数が全国1位であることや、職場と自宅が近く子供を送迎しやすい、帰宅時間が都市部よりも早い、自然が多く子供に多様な体験をさせられるといった部分も含めて「子育てしやすい環境」と評価されているようだ。
■地方移住で収支はともに12%減
移住希望者にとって最も気になるのは、「移住先で生活が成り立つかどうか」だろう。では、都市部から地方に移住した場合、収支はどのように変化するのだろうか。
総務省統計局の家計調査(2016年)によれば、東京23区や政令市などの「大都市」における平均月収(2人以上の勤労世帯)は54万7337円で、人口5万人未満の都市では48万1887円。他方、月の支出をみると、大都市は43万2533円、人口5万人未満の都市は38万881円となっている。収入・支出ともに、地方は大都市と比べて12%低い。地域や都市の規模にもよるが、「収入も支出も1割マイナス」がひとつの目安となるだろう(図3)。
図3 大都市と地方都市(人口5万人未満)の平均収入および支出(出所:総務省統計局家計調査、2016年) 一般に、都市部と地方において支出に大きく差が出るのは、住居費と交通費だ。地方は都市部よりも広い部屋に安く住めることが多い一方で、移動手段として車が不可欠なことが多く、ガソリン代や車の維持費がかさむといわれる。とはいえ地方であっても県庁所在地のような中心部と、人が少ない山間部では全く事情が異なる。事前に、移住を希望するエリアの住宅事情や交通事情の下調べが不可欠だ。
場所によっては、生活コストが半分以下になることもある。徳島県の高尾係長によると、東京都の西部エリアから同県山間部の上勝町に移住した独身会社員のケースでは、月の生活費が24万7000円から11万2000円に下がったという。「最も大きいのは家賃。11万円が1万5000円と大きく下がり、食費も4割減った」。交通費(ガソリン代)は月に1万円から2万円と倍増したものの、トータルでは大きなゆとりが生まれたと言える。
他方、中心部に移住したケースでは、収支が大きく変わらないこともあるという。例えば、東京23区から徳島市内に移住した2人家族のケースでは、「収入は微減、支出は1割減」(高尾係長)だった。とはいえ、ほぼ同額の家賃で住居スペースは2倍になり、職住近接で通勤も楽になるなど、QOL(生活の質)は大きく変わったという。「単に生活コストをみるだけではなく、通勤や自然の豊かさ、子育てのしやすさなどを含めて地方の魅力を感じてもらえれば」と徳島県東京本部長の秋川正年氏は話す。
■情報はセミナーやイベントで
故郷に帰る「Uターン」や、故郷の近くに定住する「Jターン」では、移住希望者が移住先の情報や暮らしのイメージを描けていることが大半で、さほど移住のハードルは高くないといわれる。他方、見知らぬ地域に移住する「Iターン」の場合は情報収集が不可欠だ。
「とくしまで住み隊」会員募集のパンフレット 移住に関する情報を得るには、各自治体が主催するセミナーやイベントに参加するのが手っ取り早い。各自治体はウェブサイトやメールマガジンなどでセミナーなどの情報を発信しているので、こまめにチェックするとよいだろう。例えば徳島県では移住希望者を対象に、「とくしまで住み隊」と呼ぶ会員制度を設けている。メールマガジンで各種情報を配信するほか、会員証の提示でレンタカーやホテルの割引利用や、住居探しの無料相談といったサポートを受けられる。
このほか、NPO法人ふるさと回帰センターは東京と大阪にそれぞれオフィスを構え各種情報を提供。多くの自治体が相談員を常駐させて相談を受け付けている。同団体も定期的に移住セミナーやイベントを開催しているので、東京や大阪近辺の移住希望者は要チェックだ。
■「なんとなく移住」は失敗する
もっとも、あこがれの移住生活を始めたものの、数年のうちに挫折して都市部に戻ってしまうケースは珍しくない。「地方の濃密な人間関係に溶け込めない」「交通の便が悪い」「昔の友達に会えない」など、理由は様々だ。
ポイントは移住前に、どれだけ移住後の生活をリアルに想像できるかにかかっている。「どういう生活をしたいのか、具体的なイメージを持ってから移住した方が成功しやすい。移住してからあれこれ手をつけるパターンだと、なかなかうまくいかない」と徳島県の秋川本部長は話す。
もう一つのポイントは人付き合い。「うまくいっている人は、周りにうまく溶け込めている人」と秋川本部長は指摘する。地方移住では、移住先の暮らしに自ら溶け込む努力が欠かせない。その地域なりの風習や人のつながりを理解し、自分が溶け込めそうかどうかを見極める慎重さも必要になるだろう。
もっとも、地方とはいえ県庁所在地など市街地へ移住する場合は、「濃密な人間関係」をあまり気にする必要はないという。ネット通販の普及で買い物に不自由することも少なくなり、都市部とあまり変わらない生活を送れるようになっている。
だが逆に、市街地へ移住した場合は別の理由で移住を断念するケースがあるという。「移住しても生活が以前と大きく変わらないため、何のために移住したか分からなくなる人もいる」(高尾係長)。居住環境が良くなったり、通勤のストレスが減ったりといった変化はあるものの、会社と自宅を往復するだけの生活に意味を見いだせなくなり、挫折してしまうというのだ。
「スローライフを送りたい」といった目標も悪くはないが、例えば「サーフィンがやりたいから海の近くに住む」など、やりたいことや目的が明確な方が、移住生活を成功に導きやすいようだ。
【年収・家族構成別移住シミュレーション】
では最後に、年収別・家族構成別の移住シミュレーションをみていこう。(1)年収300万円の20代独身男性会社員、(2)世帯年収500万円の30代夫婦(子供あり)、(3)世帯年収800万円のアラフォー夫婦(子供あり)――が、東京都区内から徳島県へ移住するケースを想定した。
移住に伴う生活費の変化は、総務省の家計調査(2016年)に準ずるものとした。また同調査から、収入は移住前と比べて10~12%程度減るとした。
移住前は自動車を保有していないが、移住後は購入し、主たる交通手段として利用するとした。住居は移住前後ともに賃貸を想定している。
■年収300万円の20代独身会社員
東京都内に在住の25歳の独身男性が、26歳時点で移住するケースを想定した。移住に伴い年収は300万円から280万円になるとした。移住後に30歳で結婚し、妻も正社員として同程度の収入を得つつ働くと想定。子供2人(大学まで公立を想定)を育てながら65歳まで働くとした。
移住前の住居は月額8万円の単身者向けマンションとし、移住後は3LDK(家賃7万円、60平方メートル)で生活。結婚と子供の誕生に伴い、32歳時点でより広い住居(家賃12万円)に転居するとした。
移住直後は自動車購入(150万円)に伴い貯蓄が40万円強に落ち込むが、それ以降は年々資産が増加。結婚後は妻の収入も加わり、39歳時点で世帯年収は800万円を突破。着実に資産が増えていく結果となった。65歳退職時点での資産は約3400万円。ゆとりのある老後生活を送れる結果となった。
年収300万円の20代独身会社員が地方移住した場合の金融資産シミュレーション。移住後に結婚し、子育てしながら共働きするとした■世帯年収500万円の30代夫婦
子供1人(3歳)を育てている、世帯年収500万円の東京都内在住の夫妻(夫34歳、妻31歳)が移住するケースをみてみよう。
夫(34歳)は正社員で年収400万円、妻(31歳)はパートで年収100万円とし、移住により夫の年収は350万円になるとした。妻は移住後もパートで年収100万円を維持し、世帯年収は450万円になるとした。移住後に2人目の子供をもうけ、共働きを続けながら65歳まで働くとした。
移住前の住居は駅から徒歩10分程度のファミリー向け物件(70平方メートル前後、家賃14万円)。移住後は同じく駅徒歩10分程度のファミリー物件(80平方メートル前後、家賃10万円)と設定した。また、移住に伴い自動車(150万円)を購入するものとした。
妻がパート勤務のため世帯年収が伸びず、現役時代は500万~540万円程度で推移する。子供2人が高校~大学に通う46~57歳の12年間のうち、前半の7年間は教育費の負担が大きく赤字に。自動車の買い替え(7年ごと)も重なるため、この時期は貯蓄を取り崩すことになる。
65歳時点での金融資産は約1950万円。以降は年金を受け取りつつ暮らしていくことになる。受給額は月20万円前後で、90歳時点では1240万円ほどの金融資産が残る結果となった。
世帯年収500万円の30代夫婦(子供3歳)が地方移住した場合の金融資産シミュレーション。教育費がかさむ40代後半から50代半ばまでは赤字となり資産を取り崩すことになるが、家計が破綻することはない。90歳時点での金融資産は1240万円■世帯年収800万円のアラフォー夫婦
小学生(8歳)の子供を育てている世帯年収800万円の夫婦(夫40歳、妻38歳)の場合はどうだろうか。
夫は正社員で年収500万円、妻も正社員で年収300万円とし、移住により夫の年収は450万円に、妻は280万円で世帯年収は720万円になるとした。子供は1人のままで、65歳まで働くとした。そのほかの条件は前述の世帯年収500万円の家族と同等とした。
移住後も世帯年収は740万~770万円と高めで、生活にはゆとりがある。ただし、当初の年収が高めのため、家計調査における生活費も高め(50歳時点で月額50万円程度)となり、収入の割には貯蓄がたまりづらい家計となった。
65歳退職時点の金融資産は約2920万円。年金受給額は夫婦で27万~28万円と比較的多く、90歳時点で2360万円の金融資産が残る結果となった。
世帯年収800万円のアラフォー夫婦(子供8歳)が地方移住した場合の金融資産シミュレーション。移住後も共働きを続けると想定した。年金受給額は夫婦で27万~28万円と比較的多く、90歳時点で2360万円の金融資産が残る 3タイプのシミュレーションを通して言えるのは、地方であっても就業環境が整っていれば、ゆとりのある生活が送れそうだということ。特に、都心部と比べて居住費が安く、自動車を所有したとしてもトータルの生活費を抑えやすい。
収入は都心部に比べて1割ほど減るものの、子育て環境が整っていることから共働きもしやすい。若いうちから計画的に貯蓄していけば、定年までに十分な資産を積み上げられる環境だとも言えるだろう。
■資金面を含めたリアルな移住計画を作ってみよう
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MILIZE(シミュレーション協力)
金融機関向けのソフトウエア開発やコンサルティング業務を手掛けるほか、個人向けの人生シミュレーションプラットフォーム「MILIZE」(https://milize.com/)を提供。給与や生活費のデータを入力すれば、現時点の生活費などの診断に加えて、将来の収支予測なども提示する。2017年11月に社名をAFGからMILIZE(ミライズ)に改称。
(マネー研究所 川崎慎介)
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