【ラスベガス=中西豊紀】米フェイスブックが保有する5000万人超のユーザー情報が不正に外部に流出した。自社の管理が及ばない第三者の規約違反だとしてフェイスブックは責任を否定するが、米政界は規制が不可欠だと批判を強めている。データはサービスの質を高める半面、知らぬ間に個人情報が悪用されうる。見えてきたのは世界を席巻するデジタル経済の危うい一側面だ。
問題は米紙ニューヨーク・タイムズと英紙ガーディアンの17日付の報道で発覚した。英データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカがフェイスブックのユーザーデータ5000万人を不正に取得したというもので、このデータが2016年の大統領選でトランプ氏に有利に働くよう活用された可能性があるという。
ケンブリッジ・アナリティカの設立には命名も含めトランプ氏の側近だった元首席戦略官スティーブ・バノン氏がかかわっていた。トランプ陣営は実際に同社を選挙時に雇っている。使われたデータは個々のユーザーの性別や年齢、フェイスブック上でつながっている友達、さらに何に対して「いいね!」をしたかも含まれているという。
これらのデータは外部からのハッキングや、フェイスブックの不手際で漏れたわけではない。14年にケンブリッジ大学のロシア系米国人アレクサンドル・コーガン教授が学術調査の目的でフェイスブックと正式に契約したうえで、ユーザーへのアンケートを通じて集めたものだ。フェイスブックは調査目的のデータアクセスを認めているほか、アカウント作成時にもユーザーにその事実を伝えている。
だが、コーガン教授はデータをフェイスブックとの契約に違反してケンブリッジ・アナリティカに横流ししたとされる。フェイスブックは15年にこれに気付きデータの消去を求めたとしているが、ニューヨーク・タイムズは「データは最近まで存在し、実際に閲覧できた」と主張している。
コーガン氏とケンブリッジ・アナリティカの関係や、実際に大統領選でデータが使われたかなど詳細は明らかになっていない。ただ、5000万人分という膨大なデータ量と、それが選挙介入に使われた可能性があるとの事実があいまって、米国内で議論が紛糾した。
民主党のエイミー・クロブチャー上院議員は「(フェイスブックのような)プラットフォーマー企業が自らを律せられないのは明白だ」として、マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)の議会証言を要請。共和党のジョン・ケネディ上院議員もこれに同調した。マサチューセッツ州ではマウラ・ヒーリー同州司法長官が調査に乗り出す方針を明らかにした。
フェイスブックは昨年来、ロシアの機関がつくった広告やニュースを掲載して選挙介入を招いたとされており、米議会では悪役企業で知られる。反フェイスブックの急先鋒(せんぽう)で知られる民主党のマーク・ワーナー上院議員は「プラットフォーマーへの規制が無いことが原因で、このまま放置すれば再び悪用される」と言い切る。
規制論の根底にあるのは「ロシア疑惑」への対応だ。だが、今回の問題はこれとは別に、データを駆使するプラットフォーマー企業に依存した経済がはらむ危うさを浮き彫りにしたといえる。
例えば、フェイスブックを通じて外部企業のアプリサービスに登録すると、通常は同アプリを通じて個人情報が外部企業に吸い上げられる。ユーザーは自らのデータへのアクセスを認めるかを選べるため法的には問題がないが、多くのユーザーは吸い上げの事実に気づかない。さらに、今回のように外部企業がデータを悪用する場合はそれを防ぎようがない。
同じ構図はグーグルやアマゾン・ドット・コムといった他のIT大手も抱えている。アマゾンの元チーフデータサイエンティスト、アンドレアス・ワイガンド氏は「ユーザーは自らのデータと引き換えに無料の地図や精緻な商品推奨システムを得ている」と指摘。巨大なデジタル企業が膨大なデータを抱え、周辺企業がそれを利用する「データ経済圏」が各所にできあがっているという。
シリコンバレーで小売業向け人工知能(AI)を開発する企業のトップは「フェイスブックと協業すれば自前でやるよりも膨大なデータを集められる」と話す。この企業は顧客属性に応じて細かく加工したデータを消費者向け商品を製造する複数の有名な大手企業に販売している。フェイスブックのユーザーはそんなことが起きていることに気づいていないだろう。
ワイガンド氏は「データ経済の利益を享受するならば、人は自身のデータに無頓着でいてはいけない」と話す。欧州連合(EU)は5月末に一般データ保護規則(GDPR)を施行し、企業に厳格な個人情報の管理を求める。もはや個人では対応しきれない問題との認識が根底にあるからだ。
今回の流出は、フェイスブックの枠を超えてプラットフォーマーによるデータ管理を米国でも問い直す事態に発展する可能性がある。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のサラ・ロバーツ助教授は「もはや規制の有無ではない。議会での議論は一気に加速するだろう」と話す。「データ経済圏」の世界で生き始めている企業や個人にとって、大きな分水嶺となる。