大学に入ったらやりたいことがふたつあって、それはゼミというやつにはいって『数学ガール』的な青春をおくることと、卒業論文を執筆し完成させることでした。
そもそもわたしは中学生のときからそのような夢を持っていて、ほんとうは高校で『数学ガール』的青春をおくるつもりであったのだけれど、なんと自身が想像以上に根暗で卑屈でしかし尊大であったため、ただのガリ勉クソ野郎として高校三年間を暗黒に沈めざるを得なくなってしまった。
そういうわけで、大学に入ったばかりの4月、言語学と衝撃的な出会いを果たしたわたしは、これはもう、今度こそは、今度こそはゼミに入って友人を作り議論を戦わせ淡い恋などもあったりしながら研究に邁進し、立派な卒業論文を書くしかない、書くぞ!!!!と決意したのである。
しかし、しかししかししかし、わたしを言語学と正面衝突させた当の本人であらせられるところの学部唯一の統語論を専門とする教授が、わたしがゼミに入るタイミングで、ぴったりすっぱりサバティカルに入られてしまったのである。
留学をして理論言語学について結構頑張って勉強してきた勇姿を見せつける気で(そして褒められる気で)いたわたしの落胆たるやそれはそれはすごいもので、闇の就職活動の始まりが重なっていたこともあり、じつはその後2週間ほど寝込んだ(マジ)。ゼミにも入れず、したがって友人もできず、したがって卒業論文という形で大学4年間の勉強を修めることもできないとなれば、ではいったいわたしはなんのためにこんなバカ高い学費を払って大学に進学したのであろうか?卒業証書たったいちまいと大卒の資格のためだけだとでもいうのだろうか?と、そう考えるとつらくかなしかったのである。
ゼミはもうしかたないにしても卒業論文を書くということがどうしても諦められなかったわたしは、所属学部の違う縁もゆかりもない他学部の教授を頼ることにした。とても親切で面倒見の良い教授のおかげで、なんと、なんとなんと、わたしは卒業論文の指導をしていただけることになったのである!!!!!やったぜ!!!!!
というのが去年のちょうど3月ころ。間に就職活動をはさみ、夏休み中は遊び惚けていたのだが、秋学期のはじまりとともに、本格的に卒業論文に取り組み始めた。
前置きが長くなってしまったのですが、そういうわけで、卒業判定に全くかかわらず単位認定もされない、完全な個人的趣味でなんとか卒業論文を指導していただき、書き上げることができた者として、完全な個人的趣味で卒業論文を書きたいひとや、高校生で大学の研究ってどんな感じかな~と思っているひと、あるいはなんとな~く言語学に興味のあるひとなどに向けて、わたしの完全な個人的趣味ゆえに日の目を全くと言っていいほど見ないであろう卒業論文の制作過程とその内容を紹介したいな!と思います!!心して読んでね♡
卒業論文を書こう!
1:指導教官をみつける
さて、上述のわたしのような状況でしかし卒業論文が書きてぇ!というひとは指導教官探しからはじまります。所属が同じ教授のほうがなるべくならよいとは思いますが、他学部でも自分のやりたいことと近いものを専門としている方がいらっしゃったらお願いしてみましょう。わたしはいわゆる一般教養科目としてとった科目を担当していらっしゃった教授を頼りなんとか見ていただけることになりました。ラッキー!!めちゃめちゃありがたくて涙が出ちゃう……。
2:テーマを決める
卒業論文が書きてえ!卒業論文が書きてえ!!と喚いていたわりに、10月時点で、ところで卒業論文って、どうやって書くの????テーマ???????とは????みたいな状態だったわたしです。何がしたいんだよ。やりたいこともぼんやりしていて、統語論で~~~ミニマリストプログラムって英語だとすごいいい感じだってやってきたけど~~~~英語以外の言語にもそんなにうまく通用するのかな~~~???母語の日本語だと直感も働くし~~~日本語の文献読めて楽そうだし~~~~日本語のなんか面白そうな現象についてミニマリストプログラムでこねこねする感じがいいな!!ということで、三原健一(2006)『新日本語の統語構造―ミニマリストプログラムとその応用』を読みつつ「なんか面白そうな現象」を探すことに。
ノートを一冊用意して、知らなかったことや面白いと思ったことがあれば都度ページ数とともにメモしながら読んでいました。ノートを見ると、どうやら使役文や受動態について、あとは主格目的語(「言語学が好き」など)や主語・目的語繰り上げ構文を通して格付与について考えてみた~いと思っていたようです(今読み返すとさっぱりわからない。ウケる。しかも今見るとぜんぶ普通に面白そうに見える)。
しかし、母語だと直感が働きそ~と安易に日本語を選んだのが仇となり、「いやわたしはこの文ぜんぜん許容できるけど……」とか「これはめっちゃ非文に聞こえるぞ!?なんで非文扱いじゃないの!?」とか、むだに判断がゆれにゆれまくり、「なんか面白そうな問題」を見つけることにめっちゃ困難を感じてしまう結果となりました。
そこで、なんでこの本を手に取ったのか全く思い出せないのですが、次に『書評から学ぶ理論言語学の最先端』を読み始めました。いやすごいこれはテーマを見つけるのに良い本だなあとしみじみ思うのですが、だからこそなんで自力でこの本にたどり着けたのか本当に謎です。よくやったな。えらい。
この本のいいところは、取り扱っている論文が2000年代以降の新しいものが多いところと、ひとつの論文の書評がどれも見開き2ページで書かれているので、めっちゃサクサク読めるところです。飽きないね!サイコ~。この本からいくつか気になる論文をピックアップしました(見開き2ページだとコピーもかんた~ん)。
わたしは具体的には以下の3つの論文をピックアップしました。
・Jonathan David Bobljik (2002) "Realizing Germanic Inflection: Why Morphology Does Not Drive Syntax"
・Ian Roberts and Annna Roussou (2003) "Syntactic Change: A Minimalist Approach to Grammaticalization"
・Shigeru Miyagawa (2010) "Why Agree? Why Move?: Unifying Agreement-Based and Discourse-Configurational Languages"
樹をかいて素性があって移動する!!!みたいなやつ(ふんわり)が派手で(?)かっこよくて(?)わかりやすくて好きなので、この2つになりました。意味や解釈の違いといったなんかあんまり定量的に扱えなさそ~なものが、具体的にシンプルにわかりやすく統語構造上の違いに反映され、きれいに説明されると嬉しくなってしまうんです……。また、当時はRoberts&Roussou(2003)が統語上の通時的変化を取り扱っていることにも惹かれていました(「通時的な変化を追う」ことは結局卒業論文ではあまりうまくできなかったのですが……)。
というようなことを指導教官に伝えたところ、Bobaljikの論文をもとに、ゲルマン語族内の動詞移動の変異についてやってみたらいいのではというお言葉をいただきました。そして、Bobaljikの論文と、Bobaljikとは(かなり)異なるアプローチをとっているKoeneman(2010)の論文をそれぞれ読んで、どちらのアプローチがいいと思うかを考えてくることが次回の宿題になりました。
ちなみにゼミというわけではないので、指導教官とは2週間に1回くらいのペースで進捗報告会をしていました。第1回目はテーマの報告、第2回目はBobaljikの論文の要点の報告をし、質問や疑問点に答えてもらいました。第3回目はKoenemanの論文について第2回同様のことをし、Koeneman的アプローチをサポートする感じで行きたいナというところまで決まりました。また、ここまで進んだのは11月後半くらいです。Introductionに相当する先行研究のまとめもここで書いています。
3:先行研究をちょっぴり読む
研究対象としては先ほどもちらっと書いたのですがゲルマン語族ということになります。ゲルマン語族とは、共通の祖先から枝分かれしてできたとされる言語の一群のことで、主に英語、ドイツ語、オランダ語、フリジア語、イディッシュ語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、アイスランド語等が含まれます。多い。
そして、言語学を専攻しておきながら、わたし、じつは外国語は英語しかわかりません。
なんとドイツ語すらわからない状態でめちゃ大量の言語を扱わなければならなくなりました。ウケるな~。卒業論文を書き終えた今でこそそれぞれの言語に大体のイメージ(?)は持てていますが、当時はオランダ語(Dutch)とデンマーク語(Danish)が、気を抜くとどっちがどっちかわかんなくなるような状態で、ヤバヤバのヤバでした。
なので、まずは、そもそもゲルマン語族とわ?ドイツ語とわ??オランダ語とわ???みたいなところから勉強しようと思いました。とわわゎゎゎ~~~~~~。
このとき読んでいたのはCambridge出版からでているCambridge Language Surveyesシリーズの"The Germanic Languages"と、個々の言語についてはCambridge Syntax Guidesシリーズでした。
ここでゲルマン語族についての基本的な知識を整理しました。ドイツ語、英語と似てる印象があったのですが、動詞が必ず文頭から2番目の構成素でなければならない(V2語順)ということ(めっちゃ基本。ゲルマン語族に共通する特徴)を知り、え~~~~表面上は似てても意外と全然ちがうっぽ~いと素朴に驚いたりしていました(バカ)。
4:先行研究をちょっとたくさん読む
ゲルマン語族全体について勉強するとともに、個々の言語ごとにも詳しく見て正確な記述を整理しなければならないと思っていました。先に挙げたSyntax Guidesシリーズはすごく使いやすかったのですが、なんと、ゲルマン語族についてはドイツ語、オランダ語、アイスランド語しかなく(しかも大学の図書館にはドイツ語のものしかなかった)、困り!!!ということで指導教官に、本土スカンジナビア言語に関して、また、Koenemanの論文でオランダ語の例が取り上げられていてその確認をしたかったのでオランダ語に関して書かれているいい感じの本を読みたいのですが、とお伝えしたところ以下の2冊を教えていただきました。
・Jan-Wouter Zwart (1997) "Morphosyntax of Verb Movement :A Minimalist Approach to the Syntax of Dutch"
・Anders Holmberg, Christer Platzack (1995) "The Role of Inflection in Scandinavian Syntax"
冬休みは主にこの2冊を読んでいました。年末年始に家族と旅行で泊まっていたホテルでだらだらのびびしながら読んでいたことが印象深いです……。
文献を読むときは、ノートに気になったところや後に引用・参照したいだろうところをページ数とともに書き写し、コメント(謎、わかんねー、使えそう、等)をいれています。論文の形にする時に、ページ数がわかっていないと「あれどこに書いてあったっけ」とか「確認したいがどの本のどこにあったか完全に忘れた」みたいなことになって無駄に時間を食いますので……。あと、休み明けに指導教官に質問等をしようと思っていたので、一部メモはパソコンでつけて、共有しやすくしていました。また、文献には付箋を貼っていました(紙を痛めるので本当は良くないですが……)。これは「後で読む」「この記述使えそう」「このデータ使えそう」などで色分けして貼っていました。
5:卒業研究発表会に出る
冬休み中に読んでいた文献での提案を採用しながら、それらをKoeneman的アプローチに移植し、Koenemanの提案を改善したいナ~……という方針が固まってきました。ということを事前にメールで指導教官にお伝えしたのち、読みながら作っていた疑問点・質問点メモをお送りしました。それらをもとにした進捗報告会で具体的な自分の提案の内容が決まりました。イエ~イ。
1月末に卒業研究を発表する機会があるとのことで、その後は発表に向けてスライドを作っていました。研究の発表会をしたことがないので、どうしたらいいんだろう……と手探りながらとりあえずスライドは完成。1月末は期末試験があったりTOEICを受けなくてはならなかったりでばたばたしていたのですが、なんとか友人に手伝ってもらって発表会の予行をさせてもらいました。
持ち時間は質疑応答含め30分なので、20~25分で収まるようにしたいナとか言っておきながら、第1回目の予行、総発表時間、なんと50分という意味の分からない数字をたたき出してしまいます。
専門外の話を50分も根気強く聞いてくれる友人に謝意(ダブルミーニング)を表しまくりながら、ど、ど、どうしよう~~~!?!?!?とめっちゃ焦ったのですが、わたしの神友人はスライドの順番、けずれるところ、不明瞭だったところなどをとても丁寧に指摘してくれ、最初は初めての発表でどうしたらいいのかわからなかったのに「わたしにも……できそう!!!」と思えました。ありがとう……ありがとう……。
めちゃ緊張して迎えた当日ですが、なんと23分で発表が収まりました。やったぜ!!!指導教官にもよくまとまっていましたと褒めていただきはっぴっぴまるでした。
6:ふたたび文献を確認し細かいところを詰める
あとは発表の内容を論文という形にまとめるだけだ!!ということで、とりあえず2月中をめどに卒業論文を執筆することになりました。
しかし、これでいいのかなあ?細かいところをもう少し調べたり、確認したりしてもう一回考えたほうがいい気がするのなあと感じていた(発表会で時間の都合で飛ばしたところは詰められていなかった)ので、2月中も文献を読んでいました。
先に挙げたCambridgeのSyntax GuidesやLanguage Surveysを読み直したりしつつ、以下の文献を新しく借りて読み出しました。
・Sten Vikner (1995) "Verb Movement and Expletive Subjects in the Germanic Languages"
ここらへんで読んでも読んでも読まなきゃならない本がある気がする病にかかり少し焦ります。芋ずる式に読みたい文献がドコドコ出てきて「研究っていつ終わるの!?けんきゅうしゃはマジですごいな」と思いました。たいへんだ。また、初めに挙げたBobaljik(2002)やKoeneman(2010)もいま一度読み直したりしていました(初めに読んだ時より理解度が段違いでめっちゃウケた)。
とかやっているうちになんと2月が終わり、3月に突入してしまいました。
7:論文の形にまとめる
3月に入ったあたりで、もういい加減書き始めなければ……と論文の構成を考えだしました。
順序を並べ替えたり、並べて比較したりするためにただのコピー用紙を半分に折ったものを使って構成を考えていきます。画像の赤字は、当該セクションで使うデータの出典をメモしている箇所です。この構成メモが設計図のような役割を果たすので、作り方(章立て、その順序、内容)と材料(データやメモの出典、参考にする文献)を一度全部書いておきます。するとあとは文章を書くことだけに集中できて楽です。構成を考える際に、「ここもうすこし詰めたい」「こんなデータが欲しい(あるいはあったら困るから確認しよう)」という点が出てきたらつど、文献読みにもどります。
んで、このメモがだいたい完成したらワードで実際に書いていきます。もうここまでくるとひたすら文章を書くだけなのですが、まあ飽きる。飽きぽよ~。ぷんぷん。休憩しながらちんたら書く。ちみちみ書く。するとどうなるか。
卒業論文がすこしずつできあがる!!!
そして……
……
…
完成!!!!!!!!!!!!!!
ということで10月から3月15日までかけて、長年の夢であった卒業論文を執筆し完成させることを達成することができました!うれし~!!先に述べた通り、別にこの論文はどこにも出さないし、指導教官くらいしか全部目を通してはくれないだろうし、単位にもならないし、卒業認定にも関係ないものなので、途中で、「やめちゃおっかな……」とか「別に趣味だし完成させなくてもいいっちゃいいよな」とか考えなかったこともないのですが(!?)、他学部にもかかわらず、指導教官が貴重な時間を割いて指導してくださっていることがありがたく、うれしく、そして進捗報告会は毎回とても楽しみで(そして実際楽しかった)、なんとか完成させることができました。何か一つをやり通すことがめちゃクソ苦手なので、こうやって自分でやりたいといったことをやりとげられて本当によかったな~と思います。研究の一端に触れられて、大学に来てよかったな~研究はたのしいな~(修士に進めばよかったカモ……とさえ思ってしまうくらい)と思えたこともうれぴっぴまるです!!
ここまで読んでくれてありがとうございました、卒業研究ってどんな感じなのか、ちょっとでも伝えられたらうれしいです!あと、この卒論を読んでみた~いという奇特な方がもしいらっしゃたらご連絡くださればPDF投げます♡♡♡ ウフフ