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サイモン・レン=ルイス「右派権威主義政権への道」

[Simon Wren-Lewis, “A road to right wing authoritarian government,” Mainly Macro, March 18, 2018]

ヤン=ヴェルナー・ミュラーのポストに触発されてこのポストを書いている.ポピュリズムに関するミュラーの考えについては,前に話題にしたことがある.今回のポストでは,ポピュリスト政治家を選出する有権者よりも政治家たちそのものに関心をそそぐ理由を述べている.ミュラーによれば――

「2010年に,ヴィクトル・オルバン〔2010年からハンガリーの現首相〕が選挙戦を展開したときに約束していたのは,べつに新憲法起草,抑制と均衡の弱体化,メディア多元主義の根本的な縮小ではなかった.そうではなく,オルバンはみずからを有能な主流のキリスト教民主党議員として売り込んでいた.ポーランドでは,「法と正義」党 (PiS) が路線を変えて,ただ子供を抱える家庭への手当を拡充することをのぞむだけの穏健な保守政党としての性格を強調した.」

大半の有権者がマスクを見透かして政治家たちの本性を理解すべきだという考えは馬鹿げている.2016年にアメリカ大統領本選挙が示したとおり,放送メディアの情報内容はますます小さくなりうる.

トランプは「部外者」でありながら選出されたのだから反例にあたるのだろうか? 私の答えは「ノー」だ.理由は2点ある.第一に,トランプのポピュリズムが票を獲得するのを可能にした政治環境をつくりだすのに共和党は大きな役割を果たした.第二に,共和党はトランプの権威主義を補完する立ち回り(たとえば議会予算事務局 (CBO) への攻撃)でかなり満足しているように思える.

ここで大事なのは,(ミュラーが言う意味での)ポピュリスト体制を検討したいなら,有権者層よりも政治的エリートたちに着目する必要があるということだ.だが,どうしてエリートが権威主義者になる経路を選ぶのだろうか? 間違いなく,この問いにはいろんな答えがあるだろう.だが,以下で私が試みること(間違いなく「素人くさい」やり方で試みること)は,かつて多元主義的な民主制だった場所で右派出身のエリートたちがポピュリストの権威主義的な方向へと移動しうるひとつの経路を示すことだ.私は経済学者なので,ここでは単純なモデルを使う.

上掲の図は,おなじみの左派-右派の図を改変した2次元図だ.付け足した次元は,ときに「アイデンティティ」や「文化」と呼ばれる.ここでは,この円の内部に有権者たちが均等に分布していると仮定しよう.(必ずしもよい仮定ではない:ここを参照.) 二大政党制では,それぞれの主な関心事が選挙で当選することにあるとすると,どちらの政党も中央に近づく立場を採用するだろうと予想される.なぜなら,どの有権者もじぶんにいちばん近い政党に投票し,そのことに政党は制約されるからだ.

だが,支援者の望みによってか,あるいは政治家たちがなんらかのイデオロギーを奉じたためか,あまり中央よりでない立場を政党がとりたがったとしよう.具体的に言えば,右派政党が非常に右派的な経済政策をとりたがったとしよう.たとえば大半の人々から再富裕層に所得を再分配するといった政策をとりたがったと仮定する.1次元だけの左派-右派空間なら,そうした政党は破滅する.ところが,理由はなんだろうと,もう一方の政党がかなりリベラルな政党だったと仮定する.この左派は経済問題に関してかなり穏当だと仮定すると,2つの政党は前掲の図で P が示す立場をとることとなる.これで,両党は拮抗する.(理由は後述.)

右派の政党はみずからがよって立つ社会的保守の綱領に関心を集中したがるのに対して,左派の政党はもっと「穏健な」経済的綱領を強調するだろう.これは安定した状況に見える.ここには,多元的民主制を脅かすものは見当たらない.この状況をゆるがしうる事態はなんだろうか? ありうる経路をひとつ示そう.

もし左派よりも右派の方がメディアへの影響力に長けているとすると,実現しようと意図している綱領と異なる綱領で選挙戦を展開できる.経済問題に関しては極右ではなく穏健な政党であるフリができ,それがうまく機能すれば,その政党は勝利を収める.さて,有権者の受け止め方の観点でみると,右派の政党は上側の矢印に沿って P から C へ移行する.左派の政党もこれに応じて同様に実態ほどリベラルでないフリをするかもしれないが,彼らはそれほどメディアに影響力がないため,本当の立場からそう遠ざかれない.この2つの政党それぞれが展開する選挙戦での立場(図中の C)に目を向けると,どんな選挙でも右派政党が勝つのは直観的に明らかだ.(点線は証明を示す――原註 [1] 参照)

これに相当する事態が,アメリカの減税に見られる(企業への課税を引き下げると主に賃金が上がるという考えを推し進めている).イギリスでは,緊縮がそうだし(実態は,大半の人が望む以上に国家を縮小させる政策でありつつも,政府を家計になぞらえるべしとの道徳的な命令のように装っている),とくに EU離脱がそうだ.EU離脱の提唱者たちは,離脱になんら経済的コストはないかのようなフリをしている.右派的立場の隠蔽に対応するのが,保守的問題の強調だ.これがなによりわかりやすいのが,アメリカにおける文化戦争と人種政治のとりあわせだ.イギリスでは,主要な社会問題は移民で,保守党は1990年代後半からこれに関心を注ぎ始めた.(右派にとって移民問題のすばらしいところは,これに(虚偽の)経済的な次元を与えられるところだ.) ここでも EU離脱が格好の具体例になる.たんに移民問題(「我々の国境を守れ」)だけでなく,ナショナリズムでも好例となっている(「コントロールをとりもどせ」).

これは短期的には右派にとって得になるものの,もっと長期的には戦術が不安定となる.というのも,ひとたび権力をえると,政権はみずからの本当の経済政策を実行するからだ.すると,下側の矢印に沿って,C から P へ戻ることになる.有権者たちは,減税によってじぶんたちが損をするのと引き換えにもともと羽振りのいい連中が得をするのを目の当たりにし,緊縮の影響を目の当たりにし,イギリスなら EU離脱の帰結を目の当たりにする.いくらか時間はかかるにせよ,右派の指導者たちはペテンが現実によって暴かれるのに脆弱なのを自覚しているため,ペテンが露見することの民主主義的な帰結を相殺する対策をとりたいと願うかもしれない.

この権威主義的な方向転換が向かう方向はいくつもある.たとえばメディアの操作をさらに強める方向もある.批判的なメディアを封殺する直接的なやり方でもいいし,支援と引き換えにメディアのオーナーたちを買収するやり方でもいい.ハンガリーではこの方向がとられている.ゲリマンダリングはアメリカ共和党のお気に入りの方法だ.対立する相手方の指導者たちを国賊であるかのように描き出す手もアメリカでは好まれている.ナショナリズムや移民による「脅威」をあおり立てる手はほぼいたるところでとられている.

ひたすら社会的保守/リベラルの軸だけに沿った政治は,みんながじぶんの部族に投票するだけのアイデンティティ政治に堕しかねない.ミュラーが記すように

「市民たちがどんな論議も党派的なアイデンティティの案件だと考えたとき,問題がはじまる.たとえば,気候変動の科学の信頼性は,じぶんが共和党なのか民主党なのかに左右されるようになる.さらに,党派的なアイデンティティがあまりに強まって,反対側からでてきた論議や相手の妥当性に関する論議が通用しなくなると,いっそう事態は悪化する.」

ここで提示した権威主義への経路は,全体像を意図したものではないし,どこか特定の国の状況に対応することを意図しているわけでもない.この経路の話で例示したいと願っているのは,どこかの政党が非常に右派的な経済政策を採用しつつそんなことをしていないフリをしたときに,権威主義的な政権がどのようにして登場しうるかということだ.有権者たちがじぶんの考えや好みを変えなくても,これは起こる.右派エリートの行動から生じるのが権威主義的なポピュリズムなのだ.

原註 [1]: (私の幾何学図が正しいと仮定して)どちらの政党が勝利するか知りたければ,2つの立場の間に線を一本引いて,さらにその線に直交して二等分する線をもう一本引けばいい.その線上にある有権者は2つの政党のどちらでもいいと考える(等距離にある).したがって,線を挟んでどちらか寄りにいる有権者は,その近い方の政党に投票する.


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