全3回の脚本と、第2回のみ演出を担当した戸田幸宏と申します。
個人的な記憶を書きますが、どうかお許し下さい。
1995年、当時24歳だった私は出版社で働きながら脚本家をめざしていました。
野沢尚、野島伸司、坂元裕二などといったスター脚本家が若くして活躍している時代、
夜を徹して脚本を書いてはコンクールに応募するものの、落選ばかりの日々でした。
思いがけず、私の書いた脚本が青年漫画誌の「原作大賞」を受賞しました。
漫画の世界では、作画を担当する漫画家と分業して、物語のみを脚本形式で書くことを「原作」と称しており、
例えば梶原一騎、小池一夫、武論尊などが、「漫画原作者」です。
私の書いた物語は、「ニュースキャスターが、『ゲイという秘密を暴露する』と脅迫を受け、顔の見えない犯人と、
水面下で闘う」といった内容でした。
当時LGBTという言葉はなく、私にはゲイに関する知識などまったくありません。
主人公に関するスキャンダルとして、ありふれた不倫や愛人などではなく、
「ゲイ」という目新しい設定を思いついたに過ぎませんでした。
受賞作が漫画化されたうえで掲載されると、たいへんな反響で、私は編集部に招かれました。
「このニュースキャスターを主人公にしたまま、物語の続きを連載としてお願いしたい」編集幹部に切り出されて、
私は有頂天になりました。漫画原作者として世に出る。漫画がヒットしたら巨額の印税を手にすることだってできる。
「しかし条件がひとつある」編集幹部は続けました。「主人公がゲイであるという設定のままでは、
男女のラブストーリーが描けず漫画はヒットしない、だからゲイが“治った”ということにしてほしい」
「はあ、わかりました」私は曖昧にうなずきました。ゲイは、(病のように)治るのだろうか?
また仮にそうだとして、治すべきものだろうか? 私は混乱しました。
編集幹部の言葉が、誤解と偏見に満ちていることをわかっていながら、しかし私は否定しませんでした。
機嫌をそこねて連載の打診がなくなることを怖れたからです。
結局、(良識ある)担当編集者がとりなしてくれて、主人公はゲイという設定のまま、
しかし漫画は予言どおりヒットすることなく、細々と続いた連載は2年半ほどで終了しました。
すでに出版社を退職してフリーの漫画原作者になっていた私は、その後、職を転々として、NHKエンタープライズに就職し、
現在はテレビドラマの脚本や演出を担当しています。
『弟の夫』の脚本執筆に際しては、LGBTや同性婚などに関して徹底して調べるだけでなく、
ゲイの方々にお会いして取材しながら進めてまいりました。
すばらしい原作を、よけいな改変を加えず脚色する方針ではありましたが、準備を怠りたくはなかった。
「ゲイが治る」などという荒唐無稽な提案を受け入れようとした、24歳の私を許せなかったからです。
しかし、いくら準備を重ねても、私の無知が誰かを傷つけるのではないか、と、今も不安は拭いきれません。
無知に起因する誤解と偏見こそが、第2回に登場した小川一哉君を苦しめていました。
私は『弟の夫』をとおしてLGBTの啓蒙活動がしたいわけではなく、ドラマとして純粋に楽しんでほしいと思っています。
しかし、もし、どこかで誰かが、少しでもこのドラマに救われたら、と心から願っています。
長々と個人的な昔話を書いて申し訳ありません。
次の機会には、撮影現場の楽しい裏話を披露いたします。
『弟の夫』最終回は、
18日(日)夜10時から。
お見逃しなく!!
投稿者:スタッフ | 投稿時間:22:42 | カテゴリ:弟の夫