森友学園国有地売却に関連する一連の騒動を見て、
「財務省はけしからんから解体せよ」
みたいな感想を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。
現代史を覚えておられる方にはピンとくる話だと思いますが、実際、財務省はもともと大蔵省という、今でいう財務省+金融庁の機能を持った巨大な役所だったのですが、大きな不祥事を起こしたこともあり、解体されてしまいました。
なので、当時の不祥事を連想し、更なる解体だ!というちょっと激しめの声が上がるのはわからないでもないのですが、あの時は、「財政と金融を同じ役所が担うことによる弊害の解消」という理屈もあったのです。懲罰処置というだけではなかったんですね。
「じゃあけしからんからその組織を解体する」とだけ叫ぶのは「ただの憂さ晴らし」であって、議論になっていないと思います。懲罰という意味合いだけでぶっ壊すのは理屈が通らない。
「うちのトイレが気に食わんから、トイレぶっ壊す」ぐらいの話です。いや、どうやって用足すんですかという。
一方で、「財務省を解体するとこういうメリットがあるから、『これを機に』解体しよう」という主張があります。
「前からトイレ買い換えようと思ってたんだけど、トイレの調子悪いからこれを機に買い替えよう」
みたいなことですね。
まぁ『これを機に』の部分は本質ではないのですが、要するに「理想のトイレ」のあり方を考えているわけなので、これは議論の余地があります。トイレを買い換えるとなぜ良いのか、実は今のトイレも悪くないんじゃないのか、新しいトイレが良いとしても買い替えは結構金かかるぜ、とか、そういうメリデメの議論ができますから。
ここ最近のブログやツイッターのアクセス等を見るに、一連の騒動をきっかけに行政というものに対してご興味を持って頂いている方が増えているようなので、
-財務省の機能とは何か
-国の基本的な機能である財政について
-財務省再編論について
という話をしてみたいと思います。
ぶっちゃけ、森友問題はあまり関係ありません。
初心者向け、というと語弊はありますが、一連の騒動をきっかけにこの辺りの話題に初めて興味を持った方を念頭に書いてますので、お詳しい方には、そんなこと知ってるよ、という話ばかりだと思います。
-こういう話を期待されていたら、ご期待には添えません、という話-
森友問題についての所見
森友問題の裏事情を現役官僚が語る!
やっぱり財務省解体だー
財務省解体には反対だー
- 1. 財務省は何のために存在するのか
- 2. 「財政」という機能
- 3. 財政を巡る政と官の綱引き
- 4. 財務省再編をめぐるいくつかの意見
- 5. 国の制度設計が難しいのは、 ベストはどこにも無い、という点
1. 財務省は何のために存在するのか
トイレを壊すとなぜ困るかというと、用を足して汚物を流す、という機能が家から失われてそりゃもう大変なことになってしまうからですね。
逆に言うと、その機能さえ果たされるのであれば、洋式だろうが和式だろうが、バストイレ別だろうが一体型だろうが、トイレのあり方は別に何でもいいわけです。トイレの本質は「用を足せる」という機能にあるわけで、便座の形とかそういうのはお好みですよね。
では、財務省の機能とは何なのでしょうか。
知らない方も多いかもしれませんが、省庁は全て法律によって設置されています。こういう理由でこの省庁が必要だから、国民の代表たる国会として設置することを決める、こういうわけです。
ですから、財務省の機能を調べるためには、まず法律を見てみましょう。
(このブログではわかりやすいまとめ記事とかそういうのではなくて、法律を引用することが多いです。一見堅苦しいですが、法律というのは練られて書かれているので、丁寧に読めば意外と近道だったりします。口語で書かれてますし、案外わかりやすんですよ)
財務省設置法(抄)
(任務)
第三条 財務省は、健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な運営、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保並びに造幣事業及び印刷事業の健全な運営を図ることを任務とする。
やっぱりちょっと読みづらいので箇条書きにしてみましょう。
①健全な財政の確保
②適正かつ公平な課税の実現
③税関業務の適正な運営
④国庫の適正な管理
⑤通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保
⑥造幣事業及び印刷事業の健全な運営
これが財務省の機能ということみたいです。空港に税関ってありますが、あれは財務省なのですね。
したがって、財務省を解体すると主張されたい場合は、これらの機能をどう維持するかという意見を持っていないと、誰にも相手にされないでしょう。これらの機能は国にとって必要不可欠ということですから。
ちなみに、今回の森友騒動の発端である、国有地の売却というのは、④の国庫の適正な管理、に含まれているのだと思います。適正じゃなかったんじゃないか、ということで揉めてるという。財務省設置法を根拠にして論理展開している人はあまり見かけませんが。
2. 「財政」という機能
2-1. 財政とは何か
今回の森友学園の問題は「国有地管理」についての手続きが発端の議論ですので、直接は関係ないのですが、大変良い機会ですので、「財政」という国の機能についてご紹介しておきます。先ほどご紹介した財務省設置法でいう、①健全な財政の確保の部分です。
なぜそこだけ取り出すのかというと、やはり各省庁が担っている様々な機能の中でも、「財政」というやつはちょっと別次元で重要視されているからで、なんと我が国の最高法規である憲法にも記載されている国の根幹的な機能の一つなのです。
いきなり憲法を見る前に、まず「財政」とはなんなのかを簡単に見ておきましょう。横着してwikipediaから引用しますね。
財政(ざいせい、英: public finance)とは、国家や地方公共団体がその任務を遂行するために営む経済行動で、総体収入の取得のための権力作用と、取得した財・役務の管理・経営のための管理作用とがある。これらの現象を学ぶ学問が財政学である。
ざっくり言うと、
「国(や地方)を運営するためのお金のやりくりのことで、大きく分けると、収入(お金をどう集めるか)と、支出(どう使うか)の二つの側面があります」
ということです。
国を運営する上では、確かに必要不可欠な機能です。なんだかんだ言っても、お金がないと何もできませんからね。年金払えないし生活保護も維持できないし、医療費は高くなるし道路も敷けないし、何もできません。
では、そんな重要な機能について、我が国の最高ルールである憲法にはどう書かれているのでしょうか。
2-2. 憲法を読んでみよう
日本国憲法(抄)
〔財政処理の要件〕
第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
〔課税の要件〕
第八十四条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
〔国費支出及び債務負担の要件〕
第八十五条 国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
〔予算の作成〕
第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。
中学や高校の公民で憲法について学んだと思いますが、これ、ご存知でしたか? ちゃんとやらないですよね、こんなところ。やっても忘れる。
その前の条文も混みでざっくり言うと、
「国を運営するためのお金のやりくりに関する案は内閣が作って提出しなさい。それに基づいて国会で議論しましょう」
こういうことです。
そして、内閣に属する行政機関として、財務省がその実務を担っているわけなんですね。
2-3. 財布を握る人が権力を持つのは世の常
会社でも家族でも、やっぱり財布を握っている人の発言力って大きいですよね。
国においても、財布を握っている人の発言力が大きいのはある種当然とも言えます。
なので、
「財務省が権力を持っている」
というのはちょっと論理が飛んでいて、
「財務省は、財政を司っているから、権力を持っている」
というのがより厳密な言い方になるでしょう。
すると、
「財務省は、財政を司っていて、権力を持っている。だからその権力を削ぐために他のところ(例えば、財政省としましょう)に財政の機能を移管する」
とした場合、今度は
「財政省に財政の機能を移したら、今度は財政省が大きな権力を持ってしまった」
ということになりそうです。
「お父さんが財布を握っているとお父さんの言うことを聞かないといけなくて鬱陶しいから、家族で話し合ってお母さんが財布を管理することにしたら、結局お母さんの言うことを聞かないといけなくなって、子どもから見たら事態はあんまり変わらん」
みたいなことです。
(「いや、収入を得る人と財布を管理する人が同じことが問題なのだ」という反論は十分あり得ますが、今回はその話は割愛します。大事な部分なので考えてみてください。私も考えてみます。)
3. 財政を巡る政と官の綱引き
もう少しだけ議論の舞台を拡大して、財政をめぐる政治と行政(官僚)との駆け引きについて、簡単にご紹介しておきましょう。
(「財政支出の政治バイアス」「政治による財政支出拡大バイアス」みたいな言葉をご存知の方は読み飛ばしていただいて結構です。)
一般論として、国民に選ばれる政治家は、
「予算を増やして税金を減らす」
という行動を取りがちです。なぜなら、国民にとってはその方が嬉しいからです。
「予算を減らして税金を増やす」なんてことを言う政治家には投票したくないですよね?
もう少し補足をしてみましょう。
予算を増やして税金を減らすと、お金が足らないわけです。当たり前ですよね。ではどうするかと言うと、国債という借金証書を発行して、借金します。ちなみに、国債の発行も今話題の財務省理財局の仕事です。
借金は、将来返さないといけないのですが、そのお金は「将来の国民」が返すことになります。ですが、「将来の国民」は、まだ選挙権がなかったり、そもそも生まれていなかったりします。「選挙は、今生きている人(で18歳以上の人)だけしか投票できないけど、その人たちが死んでも国は続く」というのが本質的な問題です。これは財政に限らず、環境問題とかエネルギー問題とか、およそ全ての分野で発生する話です。が、それはさておき。
一方で、財務省は別に選挙で選ばれるわけではないので、人気取りをする必要はなく、法律に則って粛々と「健全な財政の運営」を実行しようとするわけです。
悪く言えば
「国民のことを考えずに財政のことだけ考えてる」
ということになりますし、
良く言えば
「選挙圧力から解放されて、長期的な視点で財政運営をしている」
ということになります。
よって、
国民の代表であり国民のニーズを吸い上げる機能を持つ政治家
と
選挙圧力から解放されている専門家集団たる官僚
という2つの主体の力を最大限引き出すシステムを作り上げるのが大事ということになります。
国民の代表たる政治家が物事を決めていくのは当たり前なのですが、それを補完する存在として官僚がいます。
一方で、官僚が権力を握りすぎると、国民のニーズから乖離してあまり良くなさそうであることは言うまでもありません。
ちなみに、この辺りの議論は、国家公務員試験の「財政」という科目では超基本論点で、およそ国家公務員であれば全員知っている話です。
財政というとイカツイ感じがしますが、自分たちのお金のやりくりの話ですので、ご興味のある方は是非amazonなりなんなりで検索して、入門書を読んでいただけたらなぁと思います。
※財政は、発散しなければ良いのであって一時的な支出拡大は財政学的観点からも正当化されうる、とかそういう話をしだすとまた長い話になりますし、そこまでは今回の記事には求められていないと判断しましたので、これぐらいの記述に留めておきました。
4. 財務省再編をめぐるいくつかの意見
財務省の機能全般と、特に注目を浴びやすい「財政」についてご紹介してきました。
大体の機能がわかれば、
「けしからんから解体する」
という感情論を超えて
「どのような制度設計をすれば、機能を最大限発揮できるか」
という組織マネジメントの議論に参加できるようになります。
これは財務省に限らず、省庁全般、あるいは地方も含めて、国の統治機構をどうデザインするか、という話に通じます。
不祥事を起こしたから懲罰的な意味として解体する、というのも一定の意味はあるかと思いますが、解体した後のこともきちんと考えないといけないのは自明です。
さて、財務省再編についてですが、私、財務省解体論のスペシャリストではないので、どういう論調があるのか全てを把握しているわけではないのですが、そんな私でも知っている意見が2つだけあるので、簡単にご紹介しておきます。
これらについては国会でご議論頂く性質の論点であり、一公務員たる私は賛成も反対も申しのべる立場にないことを、念のため申し添えておきます(官僚答弁ですねぇ)。
実際問題、良く知らないこともあり、よくわかりません。あくまで論点の紹介として。
これらについてメリットが多そうか、デメリットの方が大きそうか、是非考えてみてください。
4-1. 内閣予算局
予算編成機能を財務省から切り離して内閣(官邸)に移そう、という考えです。
要は、財務省が予算編成を担う状況は弊害が多いので、より官邸のグリップが効くようにしよう、ということだと思います。
国会で議事録検索すると、江田先生の質問が出てきましたので、引用しておきます。
第183回国会 予算委員会 第3号
平成二十五年二月八日(金曜日)
○江田(憲)委員
これは釈迦に説法ですけれども、予算編成権は、憲法上、内閣にあるんです。内閣の中の大蔵省、財務省主計局には事務委任をしているだけなんです。まさにその基本認識に基づいて、我々みんなの党は、綱引きはもう懲り懲りだ、官邸と財務省の予算編成をめぐる綱引きは懲り懲りだ。
私も、最初、設計するときは、石原信雄元官房副長官、歴代内閣に務めた方ともお話し合いをして、予算の骨格や基本方針は官邸で決めて、具体的な査定作業までは大蔵省に任せればいいじゃないかと。私もそのときはそう思ったんです。だから、今みたいな設計をしている。しかし、事ほどさように、十数年たってまだ財務省が性懲りもなくそういったことをしてくるのであれば、我々みんなの党は、これを内閣予算局にすべきだと提案をしているんです。
もう経済財政諮問会議というまどろっこしいようなやり方ではなくて、既にホワイトハウスにもあるような行政管理予算局みたいな内閣予算局、そこで総理が予算をしっかりと管理され、編成されていく、これが国家の基本だと思いますけれども、そういった検討をされる余地はございませんか。
○安倍内閣総理大臣 私自身、勉強不足で、内閣予算局というものがどういう存在になっているかということについてはつまびらかではありませんが、しかし、今委員がおっしゃったように、予算編成については、しっかりと内閣が、官邸が主導で行っていくということが極めて重要であり、そしてその司令塔は経済財政諮問会議であり、そして骨太の方針をつくっていくわけでありますが、この骨太の方針において基本的な予算編成の方針を決めていくということが重要であろう、このように思っております。
今回の補正予算についても、普通であれば、財務省はもっともっと小さな規模ということを考えたんでしょうけれども、今回はいわば官邸主導において、財務大臣にも指示をしながらその中で補正予算を編成したわけでありますし、来年度予算についてもそうであります。防衛費等の増額についてもそうでありますが、そうしたことは基本的に、国の大きな方針というのは官邸で決めていく、これは当然のことであろう、このように思います。
4-2. 歳入庁
国の収入といえばまずは税金ですが、高齢化に伴い年金財政が拡大する中では、社会保険料の徴収も大きなウェイトを占めています。
そこで、それらのお金を徴収する組織を一元化してしまおう、というアイデアですね。数ある意見の中には、NHKの受信料なんてものまで含めてそこが徴収すればいいじゃないか、というものもあるようです。
こちらについては、民主党政権時に一度政府として議論されているようですので、その資料をご紹介しておきます。
歳入庁の創設について ~中間報告後の検討を踏まえた整理~
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/5daijin/240612/siryou.pdf
2015 年(マイナンバー制度導入時)前後に、下記の課題に取り組み、現在 日本年金機構が行っている国民年金保険料の強制徴収業務を、システム開発を伴わない範囲で国税庁に統合する。これにより、まずは国税庁の有する強制徴収のノウハウを活用し、国民年金保険料の納付率向上を目指す。 その後、納付率向上の効果や業務の類似性等を踏まえつつ、強制徴収業務の 統合範囲を順次拡大していく。
5. 国の制度設計が難しいのは、 ベストはどこにも無い、という点
「民主主義はベストではないが一番マシなシステムだ」
という言葉があります。
衆愚政治とかポピュリズム(人気取りの結果、良くない政策ばかり実行される、みたいなことです)とか、色々な弊害はあるけれども、独裁よりはいいよね、ということです。
どんな制度にもメリットとデメリットがあって、そのバランスをみんなで考えていきましょうと、こういうことなんですね。
今話題になっている大きな論点の一つに
「官邸が権力を持ちすぎているのは果たして良いのか」
というのがありますが、
官邸が力を持つというのは良くいえば「政治のリーダーシップ」なわけです。
これの反対が「官僚による骨抜き」ですよね。
政と官のあり方についても、省庁の制度設計についても、全てにおいて「メリットとデメリット」があります。
それらを把握した上で、どのように制度設計をすれば良いバランスで自分たちの国を運営していけるのか、という点を議論していくには、今回の一連の事件はとても良いきっかけなのではないかなと思っています。
ご質問ご意見ご指導があれば下記までお寄せください。
<いつものおことわりに追加してのおことわり>
今回の記事はわかりやすさというか、政治とか行政にあまり興味ない人に興味をお持ちいただくことを最優先したため、いつにも増して厳密性・網羅性を欠いた記事になっています。
ですので、もしご興味がおありなら、今後も色々とお調べいただくことを強くお勧めします。
<おことわり>
このブログは私が所属する組織の見解を示すものではなく、あくまで個人の見解に基づくものであります。
また正確性を一義的な目的とはしていないため、事実であるかどうかの裏づけを得ていない情報に基づく発信や不確かな内容の発信が含まれる可能性があります。
(参考:総務省 『国家公務員のソーシャルメディアの私的利用に当たって』 H25.6.28)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000235662.pdf