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レジェンド 作者:神無月 紅

秋に向けて

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1675話

「……お宝って割には、マジックアイテムは殆どなかったな」

 船の甲板で、レイは目の前の男……海賊団のお頭にそう声を掛ける。
 レイの目に入ってくるのは、男の後頭部と背中なのは、男がレイに背を向けているからだろう。
 ただし、当然のように何もしないで前を向かせている訳ではない。
 レイの手にはデスサイズが握られており、その刃は後ろから男の顎の下に突きつけられ、それこそレイが少しでも手を動かせばあっさりと男の首は切断されるのは間違いない状態だ。
 そのような状態で、男は後ろにいるレイから不満を口にされるのだから、当然のように生きた心地はしないだろう。
 実際、男は膝を震わせ、顔は引き攣りながらも何とか恐怖に堪えているという状況だ。
 もし男が何かの理由で大きく身体を動かすようなことになれば、それこそあっさりと自分の首が飛ぶのは間違いいと、そう確信していた。
 ……船に乗る前に、レイがデモンストレーションとして魔力を流したデスサイズで、人よりも大きな岩をあっさりと真っ二つにしたのを見れば、そう思うのは当然だろう。
 自分の首が岩より硬いとは到底思えない以上、男は船が揺れないように部下達の操船に期待するしかなかった。

「結局、今回の一番の収穫は、あの煙幕を生み出すマジックアイテムか」

 レイが不満なのは、結局のところ、マジックアイテムが殆ど入手出来なかったからということにつきる。
 これがもし普通の海賊であれば、そこまで期待はしなかっただろう。
 だが、この海賊の場合はレイがデスサイズを突きつけていた男が、マジックアイテムを使おうとした。
 つまり、日常的に……とまではいかないかもしれないが、それでもある程度は頻繁にマジックアイテムを使っているのではないか。
 そんな期待から、海賊達がお宝を隠していた場所を探し回ったのだが、そこにあるのは普通のお宝……銀貨が大量に、金貨がそれなりに、白金貨がそこそこ。後は宝石の類がほとんど。
 少し変わったところでは宝剣と呼ぶべき物があったが、それは魔剣の類ではなく、鞘や柄に宝石が散りばめられいる観賞用の長剣でしかない。
 芸術品としてはそれなりに価値があるのかもしれないが、とてもではないが実用で使えるものではない。
 そしてマジックアイテムも、明かり用のマジックアイテムや風を生み出す――もっとも臭いを散らす程度の風だが――ものといったように、レイが欲しているような類のマジックアイテムではなかった。
 そんな訳で、レイは思っていたようなマジックアイテムを入手出来ず、不満を抱いていたのだ。

(もしかして、使えるマジックアイテムは別の場所に隠してるんじゃないだろうな?)

 そう考えないでもなかったが、男と海賊達のやり取りを考えれば自分や部下の命を危険に晒してまでマジックアイテムを守るか? と考えると、それは恐らく考えられない選択だった。
 もしこれが普通の……それこそ非常に利己的な盗賊であれば、その可能性もないではなかったが、今レイの前にいる男は部下思いの盗賊だ。
 そうである以上、この状況でそのような真似をするとは到底思えなかった。
 自分達が奴隷落ちすることは確定しているのだから、そのような危険な真似をして自分や部下の命を危険に晒すといったような真似は、下策でしかない。
 ……勿論、実際には上手く演技をしてレイを騙しているという可能性も皆無という訳ではないのだが……それでも、レイの目で見た限りではそれはないように思える。

「グルルルルゥ!」

 そんな声が聞こえると、セトが鳴き声を上げながら船の方に近づいてくる。
 ただ、近づいてくるのはセトだけではない。その前足には、一人の人影が掴まっていた。
 甲板近くまでやってくるとセトの足から手を離し、甲板の上に着地する。
 そうして姿を現したその人物に、甲板にいた海賊達の視線が否応なく集められた。
 それは、レイにデスサイズの刃を突きつけられている男も例外ではない。
 甲板に姿を現したその女は、それだけの強い印象を周囲に与えていたのだ。

「レイ、貴方は漁具とか魚を買いに行ったんじゃなかったの? いきなりセトが迎えに来るから、何かと思ったわよ?」

 口では文句を言いながらも、その女は目では面白そうなことをしてるじゃないと笑っている。

「ヴィヘラが来たのか。他の連中は?」
「ビストルとビューネは魚釣りを続けてるけど、エレーナとマリーナは一緒にこっちに来たわよ。……セト籠がなかったから、私みたいにセトの足に掴まってだけどね」
「ああ、悪い。セト籠を持たせればよかったな」

 別にレイがいなければ、セト籠が使えない訳ではない。
 普段はミスティリングに収納されているので、レイがそこから出さなければ使えないというのは間違いないのだが。
 ともあれ、島でセトに手紙を持たせて出発させたのだから、その時にセト籠を持たせれば全く問題なくエレーナ達は来ることが出来た筈だった。

「そうね。後で謝っておいた方がいいわよ。……それで? レイの前にいるのが?」
「ああ。この海賊を率いていた奴だ」
「ふーん。……レイにしては、随分とぬるい対応をしているのね」

 その言葉に、娼婦や踊り子と見紛うヴィヘラに見惚れていた海賊達は、思わず『どこがだよ!』と内心で叫ぶ。
 だが、実際にレイがこれまで盗賊にしてきた行為を思えば、その対応は非常に優しいと言ってもいい。
 もしこの海賊団が残虐非道な……それこそサブルスタでレイが皆殺しにした、汚れなき純白という盗賊団と似たような者達であれば、それこそ奴隷として売り払うといった悠長な真似はせず、全員がレイの手により殺されていただろう。
 ……もっとも、この海賊達はレイがそのような行動をする光景を見ていない為か、ヴィヘラの言葉に海賊達は皆が内心で突っ込んだのだが。

「それで? もう捕まえたんなら、何で私達を呼んだの? もしかして、まだ海賊で捕まってない相手がいるとか?」
「いや、そうじゃない。勿論、まだ捕まっていない海賊がいるのは間違いないけどな」

 結局、レイはあの島で海賊を全員捕まえることはなかった。
 正確には、捕まえようと思えば捕まえられたのだろう。
 だが、わざわざそこまで手間を掛けるのもどうかと思い、結局はそのまま島に残してきた。
 船の類もなく、周囲がモンスターもいる海である以上、泳いで移動するのも難しい。
 実質的な島流しに近い状況になった訳だが、あの島の中だけで生きてるのであれば、取りあえず問題はないだろうと判断したのだ。
 レイに捕まった海賊達も、自分達のように奴隷落ち……最悪処刑されることを考えれば、島に残って暮らした方がいいだろうと判断し、それ以上は何もいわない。

(まぁ、自力で船を作って島を脱出する可能性はあるけど……筏程度の船だと、それこそモンスターに襲われてすぐに死ぬだろうしな)

 そう思いつつ、レイは甲板で様々な作業をしている海賊達に視線を向ける。
 海賊達の狙いくらいはレイも理解出来ているのだが、そこまで金に困っている訳でもない以上、わざわざ手間を掛けるのが面倒臭かった……というのが、正直なところだろう。

「じゃあ、何で?」
「この海賊をあの漁村に預けておくにしても、いざって時の戦力は必要だろ? 俺は近くにある街にでも行って、そこの責任者とかを連れて来て、こいつらを引き取って貰う必要があるし」

 そう告げるレイの言葉に、ヴィヘラは海賊達を一瞥する。
 何を勘違いしたのか、ヴィヘラに視線を向けられた海賊の何人かは、嬉しそうに手を振ったりもしていた。
 実際には、もし海賊が暴れた時にヴィヘラが戦って楽しめる相手がいるのかどうかを見ているだけなのだが。

(絶対勘違いしてる奴がいるよな)

 ヴィヘラの行動に、何故か海賊達に哀れみすら感じながら、レイはその海賊達から視線を外し、自分がデスサイズの刃を突きつけている男に視線を向ける。
 今までのやり取りをしている最中であっても、男は派手に動くようなことはせず、その首はしっかりと胴体にくっついていた。
 波で船が揺れることもあるが、その辺りはレイが調整して男の首にデスサイズの刃が触れるか触れないかといった距離を保っている。
 ……何気なくレイがやっているその行為が、実は隔絶した技量や身体能力によって初めて可能になるものであるというのは、海賊達には理解出来ていない。
 デスサイズの刃を突きつけられている男の方も、それがどれだけの高い技量によって行われているのかは、全く分かっていなかった。
 ただ分かるのは、ヴィヘラという……それこそ太陽よりも月明かりの下にいる方が相応しい女がやって来たということ。
 そして、自分が助かる可能性がより低くなったということだろう。
 勿論、本気でレイから逃げ出せるとは思っていなかった。
 だが……もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、逃げ出せる可能性はゼロではなかった筈なのだが。
 しかしヴィヘラが来たことにより、その可能性はより低くなってしまった。

(ましてや……)

 男は顔を動かさず、目だけを動かして船の横を見る。
 そこでは、グリフォンのセトが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと飛んでいた。

(こんなにゆっくり飛ぶことも出来るのかよ。……全く、何でグリフォンを従魔にしている冒険者なんかがこんな田舎にいるんだよ)

 そう、普通であれば異名持ちの冒険者がこのような田舎に来るということは有り得ないことだ。
 実際、それを狙って男達はあの無人島を自分達の拠点とすることに決めたのだから。
 だが……その結果、やってきたのがレイだ。
 男にとっては、まさに最悪と言う他ない。

「どうした? セトを見てるみたいけど、何か気になることでもあったのか?」
「いや、何でもない。ただ、グリフォンをこんなに間近で見ることが出来るとは思わなかったからな。少し驚いただけだよ」
「……まぁ、そうだなろうな」

 男の言葉が全て真実だとは、レイにも思えなかった。
 だが、それでもセトを見て目を奪われるというのは珍しいことではないというのは、今までの経験からレイも理解している。
 そして男が今の状況で何かをしようとしても、それは無意味に終わるだろうという判断がレイには出来た。
 そうである以上、今この場で男を追及する必要はないだろうと判断し……・

「レイ、見えてきたわよ」

 ヴィヘラの言葉に、レイは視線を陸地に向けた。
 そこでは、ヴィヘラが言った通り既に村がすぐ近くまで見てきていた。
 そして、海の近くには何人もの村人の姿が見える。
 急に船が近づいてきたことで、また海賊の襲撃かと不安に思った村人達が集まっているのかもしれない。
 そんな風に思ったレイは、改めてセトに視線を向ける。

「セト、こっちは問題なく片付いたってエレーナ達に教えてきてくれ。……まぁ、教えなくても、船からセトが向かえば自然と分かるだろうが」
「グルゥ? グルルルゥ!」

 レイの言葉に、セトが鳴き声を上げて村の方に飛んでいく。
 そんなセトの様子を見ながら、レイは次に自分がデスサイズを突きつけている男に向かって口を開く。

「さて、これからお前達にはあの村に行って貰うんだが……小舟で移動するのは大丈夫だな?」

 この船にも、浅瀬の場所を移動する為の小舟は用意されている。
 レイもそれは既に確認済みなので、心配はしていない。
 心配なのは、手や足を縛られている海賊達が無事にその小舟を動かし、転覆しないで村まで行けるのか……ということだ。
 普通の状態であればまだしも、今の海賊達は手や足を縛られている者が多いのだから。
 だが、男はそんなレイの言葉に、寧ろ自慢げに笑みすら浮かべて口を開く。

「その辺りは問題ない。俺達は腕のいい船乗りだからな」
「……そうか」

 そこまで腕に自信があるのなら、それこそ海賊なんてしてないで交易とか漁とかをやれば良かったんじゃないか?
 そうレイが思うものの、もう捕まってしまった今の状況では、何を言っても意味がないだろう。

(せめて、あの村を脅すような真似をしていなければ、まだ何とかしようもあっんだろうが)

 男を見ながらタイミングの悪さを哀れむレイだったが、そもそも海賊達があの村に接触していなければレイが海賊の討伐を行うようなこともなかったのは事実なのだ。
 そうである以上、海賊達は本当に運が悪かった……と、そう考えることしか出来ない。

「取りあえずお前達が無事にあの村まで行けるのは分かった。後は、あの村に行ってからだな。……人の良い奴隷商に会えることを祈ってるよ」

 そんなレイの言葉に、男は思いきり苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるのだった。

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