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羽生結弦を「ケガ欠場」まで追い詰めたメディアの罪

4回転ルッツへの挑戦でがんじがらめに
青嶋 ひろの プロフィール

一度止まると、二度と走り出せない?

羽生結弦の負傷、NHK杯欠場という一件は、様々な点で日本のフィギュアスケートブーム、羽生結弦ブームの異常さ、空虚さを浮き彫りにしてしまった。

しかし彼がここまでやって来た道のり、そしてひとつひとつ掴んできたもの。それはいたずらに消費され、潰されていいようなものだろうか。

初めて、敬愛するエフゲニー・プルシェンコやジョニー・ウィアーと同じショーで共演した時、目をキラキラさせて「憧れるなあ」とつぶやいた彼。初めてトリプルアクセルを練習で成功させ、喜びのあまり氷の上を転げまわった彼。初めてパトリック・チャンと同じ試合に出て、彼の滑りに身も心も奪われてしまい、自分の練習がまったく手につかなかった彼。初めての世界選手権メダルを取ったとき、「失礼します!」と大きな声で挨拶しながら記者会見場に入り、海外メディアもほほ笑ませた彼――。

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羽生結弦のここまでの道のりが、どれだけまぶしい光に満ちていたか。彼がどれだけ雄々しく、溌剌と、フィギュアスケートに立ち向かってきたか。そんな青年が、金に塗れた手で消費され、狂信的な視線に消耗していいものだろうか。

絶対安静10日間と発表され、そこから万全の調子で氷に立つ日まで、チャンピオンにはしばらく、自分を見つめなおす時間ができた。気になるのは、彼がソチ五輪後、ほぼノンストップで駆け抜けてしまった、その理由だ。

あの、14年中国杯での衝突事故後も休まず試合に出続けた時、「結弦は一度立ち止まると、たぶん2度と走り出せない。それが怖くて、休むことができないのだ」と、近しい人が言った。何があろうと、どんなケガでも競技を続けてきた彼にとって、今回の負傷欠場と加療・休養は、人が思う以上に精神的なダメージが大きいのではないか。

子どもで、無防備で、未成熟な彼も、ここまでアホな経緯でケガをしたのは初めてで、さすがに落ち込んでいるだろう。もしかしたら身体の受けた傷よりも、心の傷のほうが大きいかもしれない。

しかし心の大きなダメージは、これまでのありようをしっかりと振り返り、大きく変わるための、いい機会になるかもしれない。もうジャンプばかりにこだわるな、とか、何か具体的なことを彼に期待したいわけではない。ただ、これまでの羽生結弦とは、精神性において違う羽生結弦を。彼を取り囲む異常なブームに決して飲み込まれることのない、強く、賢く、新しい羽生結弦を、ピョンチャン五輪では見てみたい。

そしてメディアが、ファンが、周囲の人々ができることは、どんな羽生結弦が現れても、今度はちゃんと彼の真の姿を見つめることだ。

 

さすがにここまで大きな負傷をして、NHK杯以前の技術レベルで五輪に臨むことは、とてつもなく難しいだろう。いかに羽生でも、ここまでやってしまって五輪連覇はない、と多くの人が予想している。そうなったとき、安っぽい悲劇のヒーローのストーリーで彼をまつりあげることなく。

また、ここまでの事態に陥っても、それでも彼ならば、鬼のようにすべてを乗り越えて五輪連覇を達成してしまうのでは、という予想もある。そのとき、彼がいったいどんな勝ち方をするのか。そらぞらしい礼賛や崇拝一辺倒に陥ることなく。

3ヵ月後、かりそめにも「フィギュアスケート大国」と呼ばれた国の、このブームはいったい何だったのか――羽生結弦だけでなく、彼を取り巻くすべての人々がジャッジされる。

真の王者になるために。獅子たちの苦悩、情熱、激闘のすべて。各選手の戦績データも収録。12人のフィギュアスケート男子の熱き軌跡。