しかし今回のNHK杯、各試合で空席が目立ったことをのぞけば、実は非常に内容の濃い、見ごたえのある、そして誰にとっても居心地のいい試合となったのだ。
女子シングルでは、ケガから復帰の宮原知子が11か月ぶりに競技の氷に立ち、大喝采を浴びた。同様に昨年のオフにケガをし、昨シーズンは精彩を欠いていた本郷理華も、久しぶりに溌剌とした彼女らしい演技を見せ、ファンは大喜びだ。
若手が台頭する日本女子のオリンピック代表権獲得は、彼女たちにとってたやすいことではない。しかしソチ世代引退後の女子を支えた宮原・本郷はやはり日本チームの要であり、ふたりが本格復帰する全日本選手権は素晴らしく華やかな試合になるだろう、そんな予感をさせたくれた。
またペアでは、中国のウェンジン・スイ&コン・ハン組が世界歴代最高得点で優勝。実は彼らは、羽生が世界ジュニアで優勝した年(2010年)の、ペアの世界ジュニアチャンピオンだ。
それゆえよく覚えているが、彼らのジャンプ技術のピークは、女性のスイが成長する前のジュニア時代だった。飛距離も高さも迫力もある4回転スロージャンプを連発していたあの頃。そこからケガをし、ソチ代表を逃し、大技以上にペアのユニゾン(男女の同調)を磨いて、技術的ピークを過ぎてから世界チャンピオンになり、歴代最高スコアを出すに至る。
彼らのプログラム「トゥーランドット」は、彼らのコーチであり、中国初の五輪チャンピオンとなったシェン&ツァオ組の代表作と同じ音楽を使っている。中国ペアにとって記念碑的な一作に、オリンピックシーズンに挑もうという心意気。NHK杯ではまだ技と技のつなぎが未完成ながらも、2月にはとてつもない大作になるだろうと誰もが予感した演技を見せてくれた。
ジャンプ技術に頼らず戦う姿勢、五輪シーズンだからこそ、新たな表現に挑もうとする姿勢。現世界チャンピオン同士でありながら、今季の羽生とは対照的な取り組み方のスイ&ハンの優勝には、考えさせられることが多かった。
そして、30歳で優勝したセルゲイ・ボロノフを筆頭に、29歳、28歳の3選手が表彰台に立った男子シングル。若手が強力なジャンプを武器に時代を引っ張る男子シングルにおいて、こんなに痛快な結果はなかった。彼らは1プログラムで1本または2本の4回転に集中して挑み、成熟したそれぞれの個性をたっぷり押し出して見せた。
「僕たちは、4本とか5本なんて数の4回転は跳べない。でも、演技で、スピンで、スケートで、ジャンプのクオリティで、それぞれの持っているものを見せて戦っていくんだ」とは、3位のアレクセイ・ビチェンコの言だ。古き良き時代(といっても、10年も前ではないのだが)の男子シングルを見る楽しさを久しぶりに思い出させてくれたし、4回転連発のトップ争いの陰に見逃せない選手たちがいることを、改めて感じさせてくれた。
皮肉なことに、羽生結弦一人がいないことで、男子シングルは例年になくフェアな試合でもあった。彼自身にまったく非はないのだが、これまでのNHK杯は彼が出場し、大きすぎる声援やホームアドバンテージを受けることで、他選手が羽生の添え物のような雰囲気があったのだ。
羽生に限らず、日本選手の連覇や表彰台独占、アベック優勝などは景気よく報道されるが、海外の一流選手たちの活躍も楽しみに見ているファンにとっては、時差を超えて遠い日本にまでやってきた選手たちに申し訳ない気持ちにもなった。
今大会、結果的には全種目で日本選手のメダルなし、という残念なものだったが、実はここ数年のNHK杯のなかでは最も会場の雰囲気が和やかで、すべての選手に等しい声援と熱い視線が注がれた素晴らしい試合だったのだ。
こんな試合こそしっかり見てほしいのは、客席や記者席を空席にしていた人々だったのだが。