今回は指定校推薦に関する私の体験と考えを述べる。
大事なことなので最初に断りを入れるが、この記事は指定校推薦によって大学に合格された方を中傷する意図で書かれたものではない。公的に認められた受験制度を利用して大学に合格した人を非難する資格は誰にもないのである。大学入学後、一般受験者よりも明らかに学力の低い推薦合格者が散見されるということはよく耳にするが、それは試験方式を鑑みれば始めから予想できることである。しかし推薦入試が公認されている以上、学力差を根拠に推薦入学者を非難するのはお門違いである。欠陥があるのは制度であって、公的に認められた欠陥制度を利用して相対的に低い学力で入学することには何も問題はない。入試に合格し学費を納めた以上は学生として尊重されるべきであり、仮に推薦入学者が大学で迷惑をかけたとしても、そこで入試方式を持ち出して非難するのは間違いであると私は考えている。
さて、前置きが長くなったが、ここから私の実体験を交えて話を進めてゆく。
私の通っていた高校では入学時の成績でクラスが決まる。一番上のクラスは中学受験組の中でも更に精鋭のクラスで偏差値は70近くある。一方、下のクラスは高校入試の偏差値で45くらいの学力である。
ここで考えてみてほしい。難関私大(早慶~マー関)の推薦枠はいったいどのクラスが多く獲得しているか。
普通に考えれば上位のクラスが推薦枠を独占するはずである。上のクラスと下のクラスでは入学時の偏差値に20近く差がある。成績の優秀な順に推薦枠を埋めていけば下位クラスが入る隙は無いと言ってよい。もちろん高校入学後の努力によって下位クラスからのし上がってくる人もいるかもしれないが、それが多数派になることはまずない。
ところが実際は推薦枠のほとんどを下位のクラスが独占している。
これには巧妙なトリックが隠されている。推薦入試の選抜基準である評定平均を学校側が悠意的に操作しているのだ。評定を最も左右する定期考査の難易度が上のクラスと下のクラスでは全く違うのである。そうであるにも関わらず、評定の算出は偏差値ではなく点数で行う。
具体的に事例を挙げると
・偏差値70のクラスで実施された平均点が50点のテストで70点を取った人
・偏差値40のクラスで実施された平均点が80点のテストで70点を取った人
この二つのケースが同一の成績とみなされるのである。
他にも課題の量や授業数からして明らかに上位クラスが評定を取るのに不利な状況が出来上がっている。
学校側の思惑としては、上位クラスには推薦枠を渡さず、自力で国公立や難関私大に挑戦させ、下のクラスには推薦枠をバラまいて合格実績をできるだけ増やそうということである。
こんな学校の経営の事情に受験生が振り回されるなんておかしいだろうが。もちろんこれは私の通っていた高校での話であって、一般的にこうであるというつもりはない。しかし指定校推薦の制度的特質からして、高校側が入試の主導権を掌握しているのは間違いない。
指定校推薦の問題点を指摘した際によく見る「指定校推薦が楽だと言うなら利用すればいいのに、利用せず文句を言うなんておかしい」という反論の的外れ加減がお分かりいただけただろうか。
これには大学側にも問題はあるはずだ。
確かに私立大学にとって推薦入試を取り入れることには大きなメリットがある。
たとえば
・推薦入学者を増やして一般受験者の枠を減らすことで、一般受験者の競争が激化し、見かけの偏差値が上昇すること
・一般入試では入学しないような学生を入学させて定員割れ対策が出来ること
・筆記試験では測れない能力を持った学生を発掘できる可能性があること
などだ。
私も学力が全てだとは思っていない。大学側が学力以外のことに価値を見出すことは、悪いことではないと思っている。大学には自分の求める人材を選定する権利があるし、それが入試形式によって行使されるのは問題ないと思う。
しかし大学入試は受験生の人生、または未来の社会に影響を与えるものであるから、あまり営利に比重を置いて無責任なことはしてほしくないのである。
大学は学校教育法の定める通り、「学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とした機関」であるべきだ。
私立大学とはいえ、営利の為に学生をポンポン入学させるようなことは許されるべきではない。国や地方公共団体からの助成金を受け、文部科学省に教育・研究の機関として認可された存在なのだから、入試方式については真剣に考える義務がある。
私には今の指定校推薦制度は高校と大学が共同して営利をむさぼっているようにしか見えないのだが、いつかこの状況が改善されることを切に願っている。
学力も評定も無い二浪の愚痴はここまでとする。