石原さとみが従来の清純派のイメージを払拭して、法医学者というエキスパート役に挑戦した『アンナチュラル』。
16日(金)が最終回だったが、これまでに終わった今期ドラマと比べると、ソーシャルメディアでつぶやきの数が圧倒的だった。同ドラマはどう見られ、真価をどう評価すべきなのか。16年秋『逃げるは恥だが役に立つ』や今期『99.9』のデータと比較しつつ振り返る。
視聴率での評価
『アンナチュラル』の視聴率は、まだ判明していない最終回を除くと、平均が10.9%。今期GP帯(夜7~11時)の民放ドラマでは3位。ただし16.9%の『99.9-刑事専門弁護士-』や15.2%の『BG~身辺警護人~』とは差がついた。
金曜夜は花金で、関東地区では在宅起床率が低いことがまず大きい。また『99.9』と視聴者の性年齢構成を比べると、男性視聴者の数の少なさが響いている。データニュース社「テレビウォッチャー」のモニター2400人では、女性の接触者数には大きな差がないが、男性では6掛けほどに減る。これが視聴率の差に反映したと考えられる。
また視聴率で4%ほどの差となった『BG』と比べると、3層(男女50歳以上)の接触者数が違う。『BG』は3層で5割超。絶対数で『アンナチュラル』の1.3倍を超えている。1層の差はほとんどないので、こちらは中高年の動向が影響したと言わざるを得ない。
つぶやきの数では断トツ
視聴率では必ずしも傑出しなかった『アンナチュラル』だが、最終回のつぶやき数は凄い。
最終回放送日の18時から翌6時までの24時間で比べると(ヤフーリアルタイム検索調べ)、14.3万ツイートの同ドラマが、2.4万の『トドメの接吻』・1.7万の『BG』・1.2万の『FINAL CUT』を一桁上回った。ちなみに『99.9』は最終回ではないので、同列には比較できないが、第8回は1.6万だった。
別にツイート数が多いから良いドラマとは言えないが、一部の人たちに大いに話題になっていたことは間違いない。
「こんなに泣いたドラマない」
「こんなにドラマにハマったのは久しぶり」
「ロスがすごすぎて、すでにもう2期目を期待してる」
放送終了直後は、絶賛する人のつぶやきのオンパレードだ。
「UDIの戦いは、死をどう描くのかという私たちの戦いでもありました。クソだらけの現実をどう生きるのか。その問いは生きてる限り続きます。皆さんの旅が、少しでも明るいものでありますように」
脚本を担当した野木亜紀子のつぶやきは、6万超の「いいね」・2万弱のリツイートという盛り上がりだった。とてつもない熱があったことは間違いない。
前提に高い評価
最終回のこうした盛り上がり。前提にはドラマ内容に対する高い評価があったと考えられる。
まず録画再生などによるタイムシフト視聴率を振り返ってみよう。リアルタイムの視聴率では『99.9』などに大きく水をあけられた『アンナチュラル』だが、タイムシフト視聴は『99.9』と全くの互角。3位以下のドラマに大差をつけていた。自分の落ち着ける時間にじっくり見たいというドラマ通の心を掴んでいたと思われる。
満足度で見ると、平均が4.0を上回る『アンナチュラル』と『99.9』が、今期全ドラマの中では断トツだった。両ドラマは8話までが4.03と全くの互角。序盤で『99.9』がリードしたが、回が進むに連れ『アンナチュラル』が急伸し、終盤は水をあけるようになっていた。
『99.9』はSEASON2だったこともあり、初回から安定した満足度だった。ところが中後半になっても、シリーズを通じた話の展開は色濃くなく、満足度も大きく変化しなかった。
一方『アンナチュラル』は、法医学という知的レベルの高さや、遺体や臓器の映像が出てくる気味悪さで、序盤では苦戦した。
「あまり好きな内容ではなかった」男69歳(満足度2)
「気持ち悪い。リアルなのか見せ方の問題か、不愉快な気持ち悪さ」女50歳(満足度3)
「入り込めない感じ」男37歳(満足度2)
ところが肌に合わないと脱落した人が出る一方、ストーリーの面白さなど評判を聞いた人々が集まり、結果として満足度は急伸した。
満足度4.16の第5話、4.15の第8話、4.16の第9話は、稀にみる高記録だ。その第5話は、一緒に暮らしていた恋人を殺され、「不自然死究明研究所」(UDI)の協力を得て執念で犯人を探り当てた男が、恋人の葬儀の場で悲しみから犯人を刺してしまった。
「意外な展開に驚いた」女55歳(満足度5)
「恋人に死なれた男のシーンは切なかった」女62歳(満足度5)
「段々と深くなっていって面白い」女27歳(満足度5)
単に事件の真相を解き明かすミステリーではなく、登場人物の心情が色濃くにじみ出ており、多くの視聴者の共感を集めていた。
事件を起こし両親にも見放された“ろくでなしの息子”が、実はビル火災で多くの人を救助しようとしていた事実をUDIが解明した第8話。男は故郷に帰れない代わりに、火災に見舞われたビルと仲間たちを実家のような存在と大切にしていたことが浮かび上がった。
「最後は切ない感じの終わりで泣けた」男33歳(満足度4)
「セリフ一言一言に説得力がある」男47歳(満足度4)
「今までにない内容だから面白い」女46歳(満足度5)
見た目悪そうな男が実は心優しいなど、“どんでん返し”の妙も見事だ。
「少し気持ち悪いシーンもあるけど感動する」女31歳(満足度4)
序盤に散見された嫌悪感を超え、内容に引き込まれる視聴者が確実に増えていた。
そしてみこと(石原さとみ)の同僚の解剖医・中堂(井浦新)が長年追い続けてきた犯人が遂に判明した第9話。
「中堂と殺された恋人との出会いから付き合っているシーン、そして遺体解剖後に泣き崩れるシーンは悲しくて切なくて涙をそそられました」女61歳(満足度5)
「緊張してみていました。いよいよクライマックス」男61歳(満足度5)
「仕返しで殺人犯になってしまわず、解決できるのかが楽しみ」女39歳(満足度5)
「次回が待ち遠しい」男41歳(満足度5)
強烈だった『逃げ恥』
『アンナチュラル』を書いたのは野木亜紀子。『逃げ恥』執筆で大ブレークした脚本家だ。両ドラマをデータで比べると、面白い事実に気づく。
視聴率も満足度も、2話まで両ドラマは互角だった。ところが3話以降で、『逃げ恥』が徐々に差をつけ、後半は大きな差がついた。
最終回で視聴率を20%台に乗せた『逃げ恥』は、実は極めて珍しい軌跡を描いていた。
初回が10.2%で始まって以降、6~7話で一度足踏みするが、基本的に一度も数字を下げずに最終回で20%を突破した。
実は一度も数字を下げずに最終回まで突っ走ったドラマは、過去四半世紀の中ではもう1本ある。2013年夏の『半沢直樹』だ。ただし『半沢直樹』は、ほぼ倍の視聴率で推移していた。大ブレーク中の大ブレークだったのである。
ちなみに録画再生を勘案した総合視聴率で見ると、『逃げ恥』も負けてない。初回はほぼ20%。第5話で25%を突破。第9話で30%台にのせ、最終回は33.1%まで上昇した。19.4%で始まり、第4話で25%を突破、第7話で30%台にのせ、最終回が42.2%だった『半沢直樹』と奇跡がほぼ重なる。次々に新たな視聴者を集める吸引力で、『逃げ恥』は『半沢直樹』並みに強烈なドラマだったのである。
最大の要因は設定と展開の妙。
院卒だけど内定ゼロ、派遣社員になるも派遣切り。やむなく家事代行として働き始めた末に、契約結婚に至る。恋愛でもお見合いでもない。しかもお相手は、自尊感情の低い35歳童貞。これまでにない新しい男女の関係を描いた物語は、強力な吸引力で多くの視聴者を虜にした。
絶妙な最終回
設定や展開という意味では、『アンナチュラル』は『逃げ恥』とそん色ない。
第2話でミコト(石原さとみ)は彼と分かれてしまうが、仕事へのこだわりが男に優先する生き方だ。しかも出世とかお金が目的ではなく、生い立ちも絡んだナチュラルな思いの発露としての仕事だ。なかなか出来ない生き方だが、これまでとは異なるロールモデルの提示と言えよう。
一話完結型で回は進んで行ったが、ミコトの同僚の解剖医・中堂(井浦新)の殺された恋人との関係や、犯人の手掛かりが少しずつ浮かび上がってきた。
そして遂に犯人が突き止められたが、法的に裁くのが容易でない。そこでミコトは、事実と異なる鑑定書を書くように検察に迫られる。ところがUDI所長(松重豊)が「職員ひとりに背負わせて知らぬ存ぜぬは出来ません」と、補助金打ち切りを覚悟の上で、事実しか記載されていない鑑定書を提出する。
部下のことをここまで考え、責任の一切を自分で被る上司は、今時ほとんどいない。サラリーマンのツボを押さえた展開だ。
そして犯人の巧妙だが異常な手口を、「同情はしてしまいます。この可哀そうな被告人に」と否定することで事実を告白させるやりとりの妙。力だけで押さず、不正に手も染めず、事実だけを根拠に、事実が及ばない部分は愚直に本音で振る舞う姿勢には感服だ。
そして再出発となったUDI。週刊誌に情報を横流ししていて辞めた学生(窪田正孝)を、あうんの呼吸で仲間に迎え入れるシーンが最後だが、明確な言葉にせずに含意に満ちたやりとりで、何もなかったように元の日常に戻っていく展開は、あっぱれとしか言いようがない。
アンナチュラルだがナチュラルな物語は、最後まで一貫していた。
それにしてもデータだけでは、なぜ視聴率で『99.9』や『BG』には届かず、中後半以降で『逃げ恥』に量的評価だけでなく質的評価でも差をつけられたのか、的確に説明する理由は見つけられなかった。
それでも『アンナチュラル』はとてつもなく面白かった。ドラマの奥の深さを痛感させられた3か月だった。