死にゆく人たちの増加に世界が準備すべき理由
キャサリン・スリーマン博士、キングス・コレッジ・ロンドン
何十年もの間、寿命はかつてないほど伸び、死という避けられない事実を先送りにしてきた。しかし今後、死者数は急増し、人生の終わりにいる人たちをどうケアしていくかが課題となるだろう。
20世紀初めは抗生物質もなかったが、今や遺伝子医療により、個人の遺伝的特徴に合ったますます精巧な治療の可能性が高まっている。
100年強の間に、このような医療や科学の飛躍的発展で、平均寿命は劇的に延びた。例えばイングランドでは、男性が79歳、女性が83歳と、30年ほど延びた。
死は予期できない出来事だった。ほとんどの人は突然死に、その多くは感染性疾患が原因だった。
現在、かつて命取りだった感染性疾患は治療可能となり、生存率が向上したということは、多くの人ががんと共に生きることを意味する。一方で、認知症がイングランドとウェールズで最多の死因となった。
私たちはより長く生き、ゆっくりと死んでいく。しかしそれに伴う課題に、どれほどの準備ができているだろうか?
最も重要な課題は、さらに多くの死に準備しなければならなくなる事実が示している。寿命が伸び、人々が死を先送りにした結果、死者数は減少した。
だが、誰もがいつかは死ぬ。私たちは今、転換点にいる。
例えばイングランドでは、毎年の死亡者数は約50万人だ。これが向こう20年で合計20%ほど増え、年間の死者は10万人増えると予想されている。
世界的に目を向けても、パターンは似ている。世界保健機関(WHO)は、全世界の死者数が2015年の5600万人から2030年には7000万人に増えると推定している。
この増加は主に、心臓病やがんなど非伝染性の病気の増加によるものとみられている。
これは、2つめの課題を説明するものとなる――ほとんどの人は、人生最後の数年で複数の医療的問題に苦しむだろうというものだ。多くの人が、死ぬ前に徐々に肉体的な(そして認知的な)衰えを経験するだろう。
では、どうすればこうした人たちに最善のケアができるだろうか?
緩和ケアは、人生の終わりに近づいた人たちの生活の質の向上を目指している。
緩和ケアの専門家は、看護師やソーシャル・ワーカー、カウンセラー、聖職者などを含むチームで活動し、末期症状の患者や寿命を縮めるような病を患う人にとって最悪の問題を特定し、症状の改善を目指している。
多くの人は、痛みや吐き気、息切れなどの身体的な症状を経験するだろう。あるいは、最も深刻な問題は心理的、社会的、または精神的なものという人もいるかもしれない。
調査によると、緩和ケアによって身体的症状が減り、うつ状態の割合が低下するため、患者の生活の質を著しく高められるとみられている。また、病院以外の場所で死を迎えられる可能性も高くなる。
緩和ケアは歴史的に、他の医療的選択肢では手の施しようがなくなった場合に使用されてきたが、現在は、早期に他の治療と併用すれば最も効果が上がると分かっている。
世界的には、人生の最後に緩和ケアを必要としている人の数は、毎年2000万人以上と推定される。高所得国では、死亡する10人に8人がそのような治療を必要としているとみられている。
一般的に豊かな国ほど最善の終末期ケアを提供する傾向にあり、英誌エコノミストの調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが発表した「死の質」にまつわる世界ランキングの2部門で英国は1位になっている。
しかしながら、ウガンダやモンゴル、パナマなどそれほど豊かでない国もまた、国策や一般向けのキャンペーン、そして提唱者の強力な指導力といった組み合わせにより、緩和ケア水準の急速な向上が示されている。
これは重要なことだ。というのも、緩和ケアを必要としている人の10人に8人が低・中所得国に住んでいると考えられているためだ。
しかし緩和ケアが必要な人たち全員に提供されるようになっても問題は残る。特に、死を間近にする人が増えた場合だ。
例えば、鎮痛剤のオピオイドの使用は、終末期ケアの質を示す重要な指標だ。モルヒネのような薬物は比較的安価だが、乱用防止を目的とした法的規制により入手が妨げられる可能性がある。
エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの2015年報告書に向けて行われた調査によると、オピオイドが自由に入手でき使用できたのは80カ国中わずか33カ国だった。
しかし状況は変わっている。
コロンビアでは、2014年に可決された法律によりオピオイドの入手が保障された。ウガンダでは、国民意識を高める運動や法改正が、終末期ケアでのオピオイド使用を促進するのに役立った。
さらなる課題は、資金調達関連にある。
これは、進行した病気の症状の基本的な研究や治療法さえも十分でない、より貧しい国ならではの問題だ。
高所得国においてさえも、研究費は限定的だ。
イングランドでは、緩和ケアや終末期ケアの研究に割り当てられる予算は、医学研究費の0.5%以下に過ぎない。2040年までに緩和ケアの需要が40%増加すると予測されている時に、である。
認知症は緩和ケアの需要増大の主な要因であり、認知症患者への地域ケアの改善が、緊急治療への依存を減少させる可能性がある。
終末期ケアの改善は世界的な課題であり、人口の高齢化でその緊急性は高まっている。
過去数十年の医療と科学の前進は、私たちの死に方を変えた。
しかし、私たちの誰にも死は訪れるという事実は変わっていない。
緩和ケアとホスピス運動
- 現代のホスピス運動は1967年、デイム・シシリー・ソンダースが始めた
- 緩和ケアは、他の医療手当と並行して行うと最も効果が高い
- 緩和ケアによって生活の質を向上でき、時に延命にもつながる
- ホスピスはがん患者のみならず、あらゆる致死性疾患を患う人のためのものである
- ホスピスは死だけを扱う場所ではない。多くの人たちが退院することになる
- 緩和ケアの専門家は、病院や介護施設、患者の自宅で診察する
<記事について>
この分析記事はBBCが委託し、外部機関の専門家が寄稿した。
キャサリン・スリーマン博士は、英国立衛生研究所(NIHR)臨床科学者賞の受賞歴がある臨床科学者で、キングス・コレッジ・ロンドンのシシリー・ソンダース研究所で緩和医療に携わっている。ツイッターIDは@kesleeman。
シシリー・ソンダース研究所は研究、教育、臨床治療を組み合わせた緩和ケアのために作られた機関。
(英語記事 Why the world needs to get ready for more people dying)