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【社説】

週のはじめに考える 新聞人への問い掛け

 一国の最高権力者が新聞などの既存メディアを敵視する困難な時代。米国で作られた一本の映画が、新聞に関わる私たちにもその覚悟を問い掛けます。

 その映画は「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書(原題The Post)」です。

 「ジョーズ」「未知との遭遇」などの名作を送り出したスティーブン・スピルバーグ監督が、米紙ワシントン・ポストの実話を基に制作しました。受賞は逃しましたが、今年のアカデミー作品賞、主演女優賞候補にノミネートされ、日本でも公開予定です。

◆ベトナム戦の機密暴く

 映画が描く一九七一年当時を振り返ります。

 ベトナム戦争は泥沼化し、米国民に戦争への疑問や反戦の機運が高まる中、ポストのライバル紙であるニューヨーク・タイムズが国防総省の機密文書の存在をスクープ報道しました。ペンタゴン・ペーパーズと呼ばれる文書です。

 六七年、当時のマクナマラ国防長官の指示による文書はベトナム戦争をめぐる米政権の嘘(うそ)と誤りに満ちていました。政権には明らかにされたくない暗部です。

 文書をタイムズに暴いたのは自ら作成に加わったダニエル・エルズバーグ博士でした。

 時のニクソン政権は「米国の安全保障を脅かす」として、タイムズに記事掲載の差し止めを求めて連邦地方裁判所に提訴し、控訴審は政府側の訴えを認めます。

 ポストも文書を入手し、ベンジャミン・ブラッドリー編集主幹らは記事の掲載を主張しますが、顧問弁護士が反対します。「この文書を報道する権利を確立するためにポストが法廷闘争をする必要はない。タイムズの法廷闘争の結果を待てばよい」(デイヴィッド・ハルバースタム著「メディアの権力」朝日文庫)との理由です。

◆「スピルバーグ映画」に

 掲載するか、しないか。

 厳しい判断を委ねられたのは米主要紙で当時、唯一の女性経営者だったキャサリン・グラハムさんでした。発行停止となれば、夫から引き継いだポストを経営危機にさらすかもしれない。しかし、彼女は最後にこう決断します。「発行しましょう」と。

 政権はタイムズ同様、ポストにも記事差し止めを求めますが、連邦最高裁は「報道の自由」を掲げる新聞側に軍配を上げました。根拠は米国憲法修正第一条です。

 「連邦議会は…言論または出版の自由を制限する法律…は、これを制定してはならない」

 建国間もない一七九一年に成立したこの条文は、今も報道の自由のよりどころになっています。

 記事差し止めを退けた判事の一人、ヒューゴ・ブラック氏はこう意見を述べました。「報道機関は統治される者に仕えるもので、統治者に仕えるものではない。報道機関に対する政府の検閲は撤廃され、報道機関が政府を批判する権利は永久に存続する。自由で制限を受けない報道のみが、政府の偽りを効果的に暴くことができる」

 この意見は、新聞など報道機関の存在意義と、果たすべき役割を明確に示しています。

 機密文書を最初に暴いたエルズバーグ氏やタイムズの功績は言うまでもありませんが、続いたポストも声価を高め、米国を代表する新聞としての地位を築きます。

 キャサリンが決断しなければ、ニクソン大統領を辞任に追い込んだその後のウォーターゲート事件報道もなかったのかもしれません。米国や世界の歴史を変えた決断だったのです。

 映画では編集主幹をトム・ハンクス、キャサリンをメリル・ストリープが演じています。緊迫した応酬も見どころです。

 スピルバーグ監督は昨年、すでに制作が予定されていた映画を後回しにしてこの映画の撮影に入ったといいます。背景にはトランプ政権の誕生がありました。

 政権に批判的なメディアを「フェイク(偽の)ニュース」と切り捨て、事実に反することでも「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」と開き直る。

 そこにあるのは、米国憲法が掲げる「報道の自由」を軽んじ、国民に真実を伝えようとしない政権の姿です。米国は今、ベトナム戦争以来の危機かもしれない。

◆メディア攻撃、日本でも

 米国の危機に日本も無縁ではあり得ません。政府が文書を改ざんして事実を隠蔽(いんぺい)したり、安倍晋三首相自らが国会の場で新聞などのメディアを攻撃するのは、日本の日常風景でもあるからです。

 報道の自由を脅かすような危機的状況が起きれば、かつてのポストやタイムズのように権力に立ち向かうのは、新聞に今、関わっている私たちです。事実を見つけ出し、しっかり報道しているか。映画からは、スピルバーグ監督の叱咤(しった)が聞こえてくるようです。

 

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