「着物警察」のせいで和装離れが加速、街中での警笛はもはやパワハラの域
「いきなり襟や袖を引っ張って呼び止められ、“裄が足りてない、だらしがないねえ”と説教をされた」
「化粧室で突然、背後に回られたかと思ったら帯の形を整えられた。それだけならまだしも、去り際に“キチンとしなさいよ、みっともない!”と言われた」
「“現代っ子の体格には似合わない”と言われた」
「ハーフアップにしていたら“まとめ髪以外は認めない”と言われた」
「“化粧が濃い”と言われたかと思えば、別の人には“着物なんだから、もっと粉を叩かないと!”と言われた」
「“羽織が着物の柄に合っていない”“帯の色が着物に合っていない”“私ならこうする”など、面と向かって、または聞こえよがしに言われる」
「“その生地、ポリエステルでしょ、安っぽいわね”“私はもっといいものを持っている”など、自慢話をされた」
どうしてそんな現象が?
『着物警察』という言葉をご存じだろうか? インターネットから派生したとされる言葉で、街中で着物を着ている人にいきなり近づいてきて、警笛を鳴らす警察官よろしく「違反」を指摘する人たちのこと。
こういった『警察』たちが違反の切符を切るのは、だいたいが若い女性。特に和装を趣味にしている人たちは、着物警察の遭遇エピソードには事欠かないという。
冒頭のエピソードの数々が、そんな着物警察との遭遇報告だ。おせっかいを超えて、もはや年長者からのパワハラの域といえるものもちらほら。
「私はもう慣れましたが、1回の『警察』の指摘で、心が折れ、そのまま着物を着ることをやめてしまう人も少なくない。“いろいろ言われたくない”“悪目立ちしたくないから”なんて、着物にネガティブなイメージを持っている子もいる。着物警察さんたちのせいで、着物を着る人口が減っているんじゃないかと思います」(和装が趣味の大学生)
「警察」たちも、人が着物を着ること自体に対してヘイトスピーチをしているわけではないので、着物の文化そのものが嫌いなわけではないだろう。むしろ守ろうとしているから、行動を起こしているわけで……。
とはいえ、これが洋服であったのなら、ここまで他人の着こなしにとやかく口出しはしないはず。
どうして、こんな現象が起きるようになってしまったのか。
「マニュアルが好きな人は、得た情報をもとに、帯の幅は何センチ、お太鼓は何センチ、おはしょりは何センチ……と、自分が着やすい感覚ではなく“正解と不正解”で知識を身につけていたりする。だから、そこからはみ出しているように見える人は“間違っているから、指摘しないと!”となるのでしょう」
こう見解を語るのは、東京・渋谷にある着物のアンテナショップ「和風館ICHI TOKYO」のプレス担当、井田真由美さん。こちらは、レトロモダンが基本でありながら、素材などで現代的な要素を取り入れた着物を数多く取り扱っていることで有名だ。
「生地に対してもそうで、いまだに“ポリエステルはニセモノ! 着物は正絹でないと”という認識を持った人が多いことには困っています。ずいぶん前から着物地にはハイテクなポリエステルがたくさんあり、値段もさまざまです。現代の着物業界の中心にいる人たちは、ポリエステルを含め、それぞれの生地のよさを見極めてコーディネートをしたりしていますね」
「この着方だけが正しい」はない
同じく「和風館ICHI TOKYO」のスタッフで、20代の早田さんもこう語る。
「私も学生時代から着物を着ているので、数えきれないほど『着物警察』に遭ってきました(笑)。みなさんパターンはほぼ一緒で、“短い!”“らしくない!”といった、一定の基準からはみ出ていると指摘してくる。私は学生のころから着付けを勉強してきたので、どんな着方でも、むしろ“こういう着方もアリだな”と感じるんです」
また、着物を着慣れている身としては、自分にとってちょうどいい着方をしているのに、勝手に直されるとよけい着崩れてしまうとも。
「以前、お手洗いで手を洗っていたら、いきなり現れた『警察』に帯を引っ張られたんですね。そのときは、お太鼓が短かったので、引っ張られた瞬間に見事にほどけてしまって。でも引っ張った方が、そのままどこかへ行ってしまった。結局、私が自分で直したということがありました」
そもそも、着物が普段着だった時代は、それぞれが自分に合った着方をしていたはず。
「出かけるときや掃除をするとき、職業などで、着物の着方を変えていたはずです。“この着方だけが正しい”なんてありえなかったでしょう」(井田さん)
どうやら、着物を知らない人ほど着物警察になりやすい、ということのようだ。
着付けを教える先生にもおうかがいしてみた。
「着物警察なんて言葉、初めて知りました。むしろ私も着物警察をしてしまったかしら……(苦笑)」
というのは、全日本きものコンサルタント協会会員で、下玉利礼法きもの教室を主宰する下玉利洋子さん。
「浴衣の襟合わせが逆で、今にも脱げそうになっていたお嬢様に声をかけ、その場でお直しをして感謝していただいたことがあります。その方は、インターネットを参考に初めて着てみたそうですが、鏡を見ながらだったため襟が逆になってしまったようでした。襟が逆ですと死に装束ですので放っておけず……」
下玉利さんの場合、取り締まるどころか、「若い人が着物を着ているのを見るだけでうれしくなってしまう」という。
「だって、もっとたくさんの人に着物に親しんでいただきたいですからね。インスタグラムで若い人の着物の着こなしを見るのが好きです。
着物は学び始めると、枠にあてはめなくてはと考えがちです。確かに、お茶席や冠婚葬祭の装いは型が決まっています。しかしそれ以外は文化だからこそ、新しい発想とセンスを取り入れながら継承されていってほしい。そのためには、他人からの指摘を気にするよりも、自分の着やすい着方を知ることが大切だと思います」
NHKの大河ドラマや映画などのマナー監修も手がける、マナーコンサルタントの西出ひろ子さんもこう話す。
「人さまの体形やお化粧にまで難癖をつけるなんて、マナー以前の問題ですね。聞きかじった人ほど、型ばかりを守ろうとするものなのです。
着物というその道の専門家、その道を多少なりとも知っている人であれば、その知識を、人さまや社会のために、相手が気持ちよく、心地よくプラスになるように伝えて差し上げること。これが本来の『着物警察』の役割なのではないでしょうか」
平和と安全を守るように、着物の素晴らしい多様性を守り伝える人たちこそが着物警察と呼ばれてほしいもの!