僕は文学部出なので、言葉を大切にする。
もちろん偉大な作家達や言論人達に比べればまだまだだろう。
しかし、ポタクごときよりかは、余程言葉を大切にする。

ここでまたバカが勘違いするのだろうが、大切にするというのは「言葉狩り」や「放送禁止用語」に怯えるということでは、決してない。
だから僕は「キチガイ」も「バカ」も「カタワ」も使う。
乙武さんが使っているから良い、というのは単純かも知れないが、差別表現は語句にあるのではなく、文脈にあるのだ。
言葉を適当に使っている人間ほどこれが解らない。

「オタクはオタクである」で、その具体例を説明した。
読んでみてほしい。

だから「暴言だ!」と良くポタクが連呼するが、屁とも思わない。
彼らは「キチガイ」や「バカ」という、語句単位で反応しているだけだからだ。
絶対文脈を読もうとしない。そもそも読む能力がない。

もう一度言っておくが、僕は「言葉狩り」には決して屈しない。
それだけに今回のTwitter社の不可解な「言葉狩り」には、甚だ残念だ。