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教皇タナトス・シルビウェス・ヒルク
ルーティオス山脈の中腹に築かれたヒルク教国の聖地。
人の手によって山を削り、平に均されたその場所に広大な広場が整備され、その広場を中心にした周囲を巨大な回廊状の建物が取り囲むように築かれている。
そして広場の正面奥に聳える白く荘厳な造りの巨大な聖堂──。
アルサス中央大聖堂。
そこはヒルク教国を治める教皇タナトス・シルビウェス・ヒルクが住まう場所でもある。
まるで鏡のように磨き上げられた白い石床に、見上げるような高さの天井には精緻な彩りの宗教画が隙間なく描かれ、そこから煌びやかで豪奢なシャンデリアが吊り下げられていた。
全てが美術品のような豪華絢爛なそれらは、同時にヒルク教国のこれまでの長い歴史と、その発展、繁栄を映したものに他ならない。
そんな大聖堂の奥。
普段は信者も足を踏み入れない場所──数瞬まで全くの無人であったその場所に、突如として一人の聖職者であろう人影が現れる。
手には精緻な意匠が施された杖を持ち、胸には教会の聖印である首飾りを下げて、一際豪奢な法衣に身を包んだ人物──この大聖堂の主であり、現ヒルク教国の盟主──タナトス教皇が杖に縋るような恰好で大きく肩で息をしていた。
しかしそこで息を荒げるタナトス教皇には表情の一切が無かった。
それどころか皮膚や肉の類の一切も無く、そこに立っているのは教会の聖印が記された大きな帽子を被った骸骨であった。
帽子の下──断ち切られた面布の奥から覗く、暗く闇色を湛える眼窩には、赤い人魂のような灯火が浮かび、不気味な雰囲気を振り撒いている。
「クソッ、何だアレはっ!?」
そんな現世を彷徨うだけの不死者にしか見えない姿でありながら、吐き出された言葉は随分と人臭さの残る悪態であった。
タナトス教皇が苛立たしげに声を荒げると、人の気配の無い大聖堂に大きく響く。
その日、タナトス教皇は配下が攻め落とした街の一つ──デルフレント王国の王都リオーネにて、自身の軍団である死霊軍を街の住人達を素材としていつものように拡充の作業をしていた。
人の遺体に魔石を核とした召喚術で邪霊を憑りつかせる作業というのは、ひどく単調でいつもと変わらない淡々としたものだった。
雑兵ですら一体ずつ自らの手で作成するという面倒臭い事この上ない仕様だが、それでも纏まった数になって動く死霊軍を見ると、退屈な毎日の中で充実した気持ちにさせてくれる。
その為に、タナトス教皇にとってこの作業は単純であっても十分にやりがいのあるものだった。
さらに最近では退屈であった毎日に変化が訪れた事も、タナトス教皇の気持ちにより一層の目標とやる気を漲らせる事になった。
仮想現実の世界へと落ちたまま出られなくなって、体感では随分と長い時を過ごす事になったこの世界──当初は随分と苦労したりもしたが、自身に敵うような敵はおらず、ある程度の地位とそれを隠れ家とした場所が手に入ってからはあまり変わり映えのない日々だった。
それが変化したのは、自身の配下でも強者として造った七枢機卿が倒され、自身が支配していた地の一つを失うという事態に因って齎された。
配下の枢機卿を倒せる程の力を持つ者──自身と同じくそれはゲームのプレイヤーであると半ば確信したタナトス教皇は、ようやく外部の者と接触できる事を喜んだ。
しかし相手はこちらの配下をご丁寧にも外側から潰していくなど戦略的に進めている節を受けて、彼はそれを自身の領域に攻め入って来た挑戦者として歓待する事にした。
長年これといった敵プレイヤーが出て来る事がなかった故に、最後だけでもと対戦をして終わる事を選んだのは、どんな事態に陥っても良くも悪くも彼がゲーマーであったという事に起因していたのかも知れない。
だからか対戦に備えて戦力を拡充するという面倒な行為も、久しぶりにゲームをしていた頃の感情もあってか楽しく、苦にもならなかった。
今日も占領下にあった王都リオーネで素材となる人間を不死者へと変える作業をしていた所に、突如してあのドラゴンが姿を現したのが事の始まりだ。
ドラゴンの姿など随分と久しぶりに見たが、かつての対戦者の中にはドラゴンを配下にしているプレイヤーもいたので、特に違和感はなかった。
ただドラゴンは教皇自らが生み出す死霊兵のようにコストは安くなく、維持管理にも結構なコストを要求する燃費の悪さだが、その火力は申し分なく、また容姿も相まって中々に人気だった。
そしてそんなドラゴンの足元、後ろ足に掴まるようにして明らかに人の姿をした者の存在を確認した事によって、ドラゴンが単なる野生のモンスターでない事が明らかになる。
ドラゴンを従えた相手はこちらの戦力や状況を探ってなのか、ドラゴンと共に王都リオーネの上空を何度か旋回して、やがて街の近郊、西側に位置する場所へと着陸した。
相手はこちらがデルフレント王国に居る事を知らずにこの場所へ駒を進めたのだろう。
そう考えたタナトス教皇は、一人静かにほくそ笑んで目を輝かせる。
これは今までの返礼ができると街中に散っていた戦力を集め、最低限の守りだけを残して王都リオーネ近郊に降り立った相手の元へと急いだ。
いくら相手が強力なドラゴンユニットを持ち出して来たからと言っても、何十万からなる死霊兵や、死霊騎士が控えるこの場では、多勢に無勢で流石のドラゴンでも倒す事は造作もない。
しかもこちらには七枢機卿の一人、ティスモも手元に居る。
本来ならドラゴン相手に多少の被害を覚悟で戦う事になるのだろうが、今は自身もこの場にいる事によって取れる選択肢は多く、負ける要素は皆無だった。
ドラゴンには自らの手で召喚した悪魔ユニットでも当てて、大幅に体力を削った後に死霊騎士などで止めをさせられれば十分な戦果だろう。
相手側の貴重な戦力を削る事ができれば、この先の戦局は面白い展開になる筈だ。
タナトス教皇はそんな青写真を脳内に描きながら、死霊軍とティスモを連れて王都リオーネのかつての街壁だった瓦礫を踏み越えて街の外へと出る。
そこは成程、ドラゴン程の強力なユニットであれば、たとえ少数でも街への威力偵察をさせるにも十分な戦力である事を雄弁に物語っていた。
街の外には周辺の警戒にあたらせていた死霊兵や死霊騎士がかなりの数居た筈だが、既にことごとくが倒されて、残っている数を数えた方が早いという状況だった。
そしてタナトス教皇が最も驚いたのは、ドラゴンの傍に居る人型のユニットである。
三体の内に二体が女性型で、どちらもヒルク教国から排除した種族の、エルフ族と獣人族だろう──そしてもう一人の性別は不明だが、白銀に輝く豪奢な全身鎧を身に着けた騎士。
それは部下から報告のあった、こちらの枢機卿ユニットを倒したと目される“白銀の騎士”の特徴そのもので、恐らく相手も自分と同じく前線へと出て来ていたのだろう。
蒼と白を基調にした素晴らしい造形で造り上げられた全身鎧、靡くマントと背負っている豪奢な剣と美しい紋様の施された盾、立っている姿はまさに神話の騎士を思わせる。
そんな造詣の手の込みようから、あれが単なる配下ユニットでない事を確信して、面布の奥の本来ならば表情の無い骸骨の顔が思わず緩むのを自身で感じた。
まさかこんなに早くにプレイヤー同士が邂逅するとは思っていなかったのだ。
向こうから仔細に観察するような視線を向けられて、タナトス教皇は僅かに心が躍らせる。
相手はいきなりこちらへと攻撃を仕掛けて来る様子がない事から、少々距離をとった状態でもいいので会話する事を試みようと近づく。
「……まさかこれ程の少数で攻略に出向いて来るとは予想外だよ」
タナトス教皇はそう言って素直に驚きと賛辞の言葉を送ると、相手の白銀の騎士が兜の奥からこちらを見据える気配を感じて、自身も面布の奥で喜色を浮かべた。
そうして歓待の言葉を一方的に捲し立てた後、逸る気持ちで最初の障害となるドラゴンに向けて先制の一手に打って出た。
「来たれ冥界の屍鬼【召喚・邪骨悪魔】!」
相手も同じプレイヤーで相手が戦士系でこちらが魔導士系──直接的な物理攻撃主体ならば勝ち目はないが、幸いにも相手の配下は異種族系が二人でこちらの手勢の数の比ではない。
本拠地近くである事が幸いして事を有利に進める事ができるだろう。
互いに持っている強力な手札──ドラゴン、死霊枢機卿をどちらが先に落とすか。
そういう戦いになるだろうと踏んでの先制の一手だった。
最初は目論見通り、こちらが呼び出した邪骨悪魔と相手のドラゴンが戦闘へと突入し、
死霊枢機卿の手が空いた事によって先に相手の配下二人を排除するように動かす。
そして残ったのは相手はプレイヤー自身である白銀の騎士のみで、こちらは自分と背後に控える数十万の死霊兵や死霊騎士の軍、完全に相手が詰みの状態だった。
そこへダメ押しの【冥府共鳴】を使っての自軍の死霊兵らを狂化を実行する。
これは自軍の細かい統率が効かなくなる代わりに、攻撃力を飛躍的に上げる補助魔法で、この数の狂化された死霊兵の攻撃ならば、いくら能力の高いプレイヤーであろうと勝てる見込みはゼロだ。
ここで相手プレイヤーを倒せば彼との会話を継続する事はできなくなるが、恐らくはそうなってしまう前に相手は転移石を使って本拠地へと緊急避難するだろうと踏んでいた。
これだけの戦局が傾いた盤面で、しかも相手にとって後がない本拠地戦という訳でもないのだ。
普通のプレイヤーならここで逃走するのが筋だが、仮にこの場で相手を倒してしまっても、戦果画面へと移行して現在の状況を簡易的に知る事ができる。
その画面へと移動できれば運営との連絡も可能になる筈で、自分にとってはどちらに転んでも然して事態の推移に大きな変化はない。
タナトス教皇はそう考えた上で相手の白銀の騎士に向かって最後の一手となる、後続に控えていた数十万もの不死者による蹂躙戦を開始し、相手の白銀の騎士も慌ててその場から身を引いた姿を見て彼は勝利を確信した。
しかし次の瞬間、その白銀の騎士があろう事か、転移魔法を使って自分の傍へと姿を現し、直接の物理攻撃を仕掛けて来たのだ。
一瞬何が起こったのか分からず、ほぼ反射的に身体が反応して初撃を防いだものの、こちらの魔導士系のユニットでは相手の攻撃力の高さに耐えられず、大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。
タナトス教皇がプレイしていた時点では、プレイヤーが選択できる魔王の種別は物理系と魔法系の二種で、目の前にいるような物理と魔法を兼ね合わせた種別は存在していなかった。
知らない内に実装されていた種別に不意打ちを喰らったせいでつい口調が荒れてしまう。
とりあえず牽制と呪殺効果のある【邪霊喰牙】を放って相手の弱点を探ろうと試みると、意外と大きく反応したのを見て耐性系に難があるのかと判断した。
これならば何とか攻めれると判断を下して、さらに追い打ちをかけるように【邪霊喰牙】を放つが、今度はまるでそれらを意に介する事なく突っ込んで来て、その持っていた光の巨剣と化した武器を一閃──こちらの首を落とすような横薙ぎの一撃を放ってきた。
紙一重でその攻撃を躱せたのは奇跡だったのかも知れない。
その一撃後、白銀の騎士の足が何故か止まり、タナトス教皇はその隙を突いて転移魔法を発動。
自軍の死霊兵達を壁に使って、白銀の騎士の視界から身を隠す事に成功した。
しかし油断ならない相手である事は確かで、相手がこちらの姿を見失っている間に再び転移魔法を繰り返して王都リオーネまで下がる事にした。
少数で大軍の相手をする場合の常套手段と言えば真っ先に敵の指揮官、もしくは指揮系統を叩く事だが、あの白銀の騎士はそれを狙って攻撃してきたのだ。
タナトス教皇はそこまで思考して、成程と、感心したように頷く。
転移魔法を使って物理攻撃の不意打ちで指揮官を討つ──魔法剣士と目される種別である白銀の騎士ならば──とりわけ魔導士系に対してはかなり有効な手立てだろう。
同じ轍を踏まない為にも、対策としては相手の視界に映らない事がもっとも確実だ。
なにせ短距離の転移魔法は目視できる範囲でしか移動できない為、ああして大量の死霊兵が視界を塞げば容易にこちらを捉える事も、転移する事もできなくなる。
後は相手が諦めて引くか、ここで狂化された死霊兵の餌食になるか──その結果を待つだけ。
──そう楽観視していた。
だが目の前で繰り広げられる戦いは、タナトス教皇が思い描いていた未来ではなかった。
彼が大量の魔力を消費して召喚した邪骨悪魔は、相手の巨大なドラゴンによってかなり苦戦を強いられており、それは次第に相手の優勢へと変わって、最後には地面へと叩き付けられて為す術無く倒されてしまった。
そしてタナトス教皇が自ら造り出した強力な手札であった七枢機卿の一人、ティスモ・グーラ・テンペランティアも相手の二体の異種族系の戦士二体の圧倒的な連携と攻撃能力に翻弄され、ほとんど何も出来ずにそのまま葬り去られてしまう。
どんなに高く見積もって雑兵に毛が生えた程度の戦力だと思っていた女性型の二体は、相性などもあったのだろうが、タナトス教皇の直配下であった枢機卿すら相手になっていなかった。
そして極めつけは相手プレイヤーと目していた白銀の騎士だ。
数十万からなる狂化された死霊兵に対し、最初は逃げの一手であったものが、ある程度の距離を転移魔法で逃げた後に急に足を止めたかと思うと、徐に巨大な魔法陣を形成するような大魔法を解き放ったのだ。
魔法に特化した魔導師系キャラの持ち味は物理系と違いその広域な範囲魔法に上げられる事が多いが、相手の魔法剣士という普通ならばどちらも中途半端になりそうな相手の白銀の騎士が壮絶に派手な演出を盛られた天使を呼び出すという大召喚魔法を行使して見せた。
それだけではない。
天使を召喚した後に放った一撃は空から隕石を降らせ、その一回の攻撃で死霊軍が半壊し、最後にもう一撃の特大隕石で地形を変形させる程の威力を見せつけて、そのたったの二回の攻撃で苦労して生み出した数十万にも上る数の死霊軍をほぼ一人で壊滅させたのだ。
それを王都リオーネの街壁の上から見ていたタナトス教皇は開いた口が塞がらなかった。
「なんだ、アレは……」
そんな漏れ出る彼の言葉に答える者はいない。
強力なユニットであるとか、プレイヤーキャラであるとかそんな次元ではない。
たった一人で軍を壊滅させられるようなキャラクターなどゲームバランスを著しく損なうどころか、戦略ゲームの根幹を破壊するような行為だ。
プレイヤー一人で軍を壊滅させる事ができるのなら、配下や軍団など最初から必要ない。
さらに言えば、相手の配下ユニットのいずれも全ての能力が高く、タナトス教皇の用意した駒を次々と撃破するという、おおよそ設定に欠陥があるとしか思えないような顛末だった。
もし仮にこれが運営の意図した仕様だと言うならば、その運営は無能だと断じる他ない。
しかし、これが運営の与り知らぬ事であるとするなら、相手の白銀の騎士は設定を改造しているに違いないと半ば確信して、怒りをぶつけるように持っていた杖の柄で街壁の石床を叩く。
魔法剣士のような新たな種別をゲームに組み込むなどは不正な改造程度でできるような代物ではない──となると、相手の種別自体は運営が用意したもので、その能力値設定を不正に弄っているというのが最も妥当な線だろう。
タナトス教皇はそうあたりを付けると、懐にしまっていた転移石の一つを取り出す。
手の平に収まる程のそれは綺麗な紫色の水晶のような見た目で、中には小さな魔法陣が閉じ込められている様子が光に透かして覗ける。
転移石──予め座標となる標を設置している場所へと瞬時に転移を可能にするこの魔道具は、それぞれに設定された対になる場所へとしか移動できないが、目視の範囲でしか移動できない短距離転移魔法では不可能な超長距離を移動する事が可能だ。
ただし消耗品の為、貴重な素材を用意して道具作成する必要がある。
そんな貴重な道具をタナトス教皇は惜しげもなく足元へと叩き付けて割ると、それと同時に現れた足元の魔法陣の中へとその姿を消していた。
白銀の騎士が放った轟音の轟く王都リオーネ郊外から、静寂の支配するアルサス大聖堂へと帰還したタナトス教皇は決然と面布奥から覗く骸骨の顔を上げて、自身の私室にある保管庫へと急ぐ。
保管庫へと辿り着いたタナトス教皇は、その中に保管されていた転移石の一つを手に取ると、ふと中に保管されていた転移石が少なくなっている事に目を止める。
「今回の侵略の際に色々と使ったので、その内にまた作っておく必要がありますね」
タナトス教皇はそんな独り言を呟きながら、取り出した転移石を再び床へと叩き付けた。
再度の転移魔法が発動して次に彼が姿を現したのは、先程までの明るく絢爛な雰囲気のアルサス大聖堂とは異なる、薄暗くやや古びた──歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気を持つ執務室だ。
壁には天井近くまで設けられた書架に、目一杯の蔵書が詰め込まれ、そこから溢れた蔵書が床に塔を築いており、その奥に広い執務机が置かれている。
その席に座っていたのは二十代頃の男性で、頑強そうな体躯とは裏腹に目の下に濃い隈を作り、
ボサボサの金髪に無精髭というやや病的な雰囲気を持っているが、身に纏う高位の法衣がその者の地位の高さを表していた。
そんな男が突如として室内に現れたタナトス教皇の姿を目にして、手にしていた本を放り出して慌てた様子で教皇の下へと駆け寄って来た。
「如何されましたか、猊下!?」
そう言って教皇のいつもと違う様子に戸惑っているのは、この執務室の主でもあるマルコス・インヴィディア・ヒュマニタス枢機卿だ。
ここはアルサス中央大聖堂の置かれたアルサス山から見て南に広がる平野部に築かれたヒルク教国の首都として機能する聖都フェールビオ・アルサス──その聖都に在る大教会の奥の一室。
普段この執務室を教皇が訪れる際に、転移石を使って直接この場所へと姿を現すような事はほとんど無い為、マルコス枢機卿はいったい何事かとタナトス教皇へ問い掛ける。
そしていつもは素顔を隠す為の面布が半ばで断ち切られている事に気付き、部屋に用意されていた予備の面布を持ち出して来て、それを教皇に恭しく手渡した。
それを受け取ったタナトス教皇は、それを付けながらマルコス枢機卿にある指示を下した。
「地下に封印していたアモンとマモンを解放します。それに伴って全死霊兵と死霊騎士を聖都の封鎖用に使うので今すぐ用意して下さい」
その指示を聞いたマルコス枢機卿は、驚愕の表情を貼り付けてタナトス教皇を見返す。
聖都の地下に封印されているアモンとマモンとは、タナトス教皇が自らの手で生み出した最終防衛用兼決戦用に生み出された二体の死霊個体で、その強さは七人の枢機卿らより上だという話だ。
そんな超級の個体は扱いもかなり特殊で、普段はその時の為に封印された状態で配備されてあり、必要な際には封印を解いて解放する事によって起動するようになっている。
つまり一度解放してしまえば後戻りはできない。
まさに最終兵器としての個体なのだが、それを解き放つという事は、このヒルク教国にそれだけの危機が迫っているという事に他ならないのだ。
つい先頃まではこのヒルク教国は周辺諸国の侵攻を開始して、順調な戦果を上げていると他の枢機卿らの活躍を聞かされ、聖都の防衛を任されているマルコス枢機卿は自身の力を示す事ができない事を歯痒く思い、他の者達を羨んでいたくらいだった。
そのあまりの事態の急変に理解が追いつかずにいると、タナトス教皇がはたとその動きを止めて、何やら集中するような空気となって思わず息を飲んだ。
やがて顔を上げたタナトス教皇がさらなる不吉な言葉を漏らした。
「アウグレントの気配がいつの間に無くなっている……南側のサルマ王国の侵攻も失敗したのか?
いや、だがエリンの気配はまだ残っている……どういう事だ?」
そう言って一人呟くように言葉を漏らすタナトス教皇だったが、傍に居たマルコス枢機卿はまたしても同僚の枢機卿が倒された事の事実にさらに驚いた顔になっていた。
タナトス教皇は自身の内側にある精神的繋がりを仔細に探ってみるが、どう試みてもアウグレント枢機卿の気配はみつからず、しかし同じくサルマ王国へと派遣された筈のエリン枢機卿の方は未だに生存している事で状況の把握ができずに首を傾げる。
エリン枢機卿の正確な位置までは把握できず、サルマ王国の状況がどうなっているのかも不明だ。
白銀の騎士の配下はこちらの枢機卿をも圧倒する能力を有していた為、サルマの方でも奴の配下と遭遇するなどして倒された可能性が高いと考えてタナトス教皇は無意識に奥歯を鳴らした。
相手は不正改造された能力値で挑んで来る為、始めから勝ち目は薄いかも知れないが、長年地道なプレイをしてきたゲーマーの端くれとして、今用意できる最大の戦力を以て相手に挑めば、一矢報いる事ぐらいはできる筈だ。
「残っている枢機卿らも戦力として結集したい所ですが、呼び出しに行っている間にアレがこちらに攻め寄せないという保証はありません……。少数でドラゴンの足を使えば今日、明日にでもここに姿を見せる可能性がありますね。マルコス、あなたの力に期待していますよ?」
タナトス教皇はそう言って僅かに面布を持ち上げ、その奥から覗く爛々と輝く赤い灯をマルコス枢機卿へと向けると、マルコスはそれを受けて恭しく頭を下げた。
今まで聖都の防衛に配されて燻っていた自分に戦果を示す機会がやってきたのだと、ヒルク教国が危機的な状況に陥っているだろう今を乗り越える事ができたならば、教皇様に今よりもっと目を掛けて頂けるだろうと胸を膨らませていた。
マルコス枢機卿は自然と頭を下げて、その場で神に采配に感謝の祈りを上げる。
地下に封印された二体を起こすのであれば、街の住人を逃がす訳にはいかない。
まずは与えられた仕事を確実にこなさなければと思い、タナトス教皇に今一度大きく頭を下げると、踵を返して早速とばかりに聖都の各所に配備してある死霊騎士らの手配に向かった。
そんなマルコス枢機卿の背中を見送った後、タナトス教皇は傍に開いた窓へと寄ってそこから見下ろす事ができる聖都の街並みに目を向ける。
そこには清潔で機能的な街並みが広がり、その街で暮らす多くの人々の笑顔が満ち溢れていた。
せっかくここまで育てた街で、多少惜しい気持ちはあるが元々はアモンやマモンも両帝国を攻略する為に造られた決戦用の死霊兵だ。
これから起こる顛末はいずれ訪れる未来──遅いか早いかの違いだけでしかない。
「ゲームオーバーになるとしても、長年築き上げたこの本拠地でなら対抗できなくはない。街の住人を増やすのに腐心したが、その甲斐はあったという訳です。私が築いた本拠地全てがお相手するとしましょうか……クハハハ」
そう言ってタナトス教皇は面布の奥から小さな嗤い声を漏らすと、そのまま窓辺から見える街並みの景色に背を向けて大教会の地下深くに封印されたアモンとマモンの下へと向かった。
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レジェンド
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全1673部分)
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最終掲載日:2018/03/17 18:00
魔王様の街づくり!~最強のダンジョンは近代都市~
書籍化決定しました。GAノベル様から三巻まで発売中!
魔王は自らが生み出した迷宮に人を誘い込みその絶望を食らい糧とする
だが、創造の魔王プロケルは絶望では//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全220部分)
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最終掲載日:2018/03/09 22:18
盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全869部分)
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最終掲載日:2018/03/13 10:00
デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )
◆カドカワBOOKSより、書籍版12巻+EX巻、コミカライズ版6巻発売中! アニメ放送は2018年1月11日より放映開始です。【【【アニメ版の感想は活動報告の方//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全570部分)
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最終掲載日:2018/03/11 18:00
蜘蛛ですが、なにか?
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全537部分)
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最終掲載日:2018/02/03 23:34
二度目の人生を異世界で
唐突に現れた神様を名乗る幼女に告げられた一言。
「功刀 蓮弥さん、貴方はお亡くなりになりました!。」
これは、どうも前の人生はきっちり大往生したらしい主人公が、//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全396部分)
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最終掲載日:2018/03/12 12:00
マギクラフト・マイスター
世界でただ一人のマギクラフト・マイスター。その後継者に選ばれた主人公。現代地球から異世界に召喚された主人公が趣味の工作工芸に明け暮れる話、の筈なのですがやはり//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全1824部分)
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最終掲載日:2018/03/17 12:00
八男って、それはないでしょう!
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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完結済(全205部分)
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最終掲載日:2017/03/25 10:00
Knight's & Magic
メカヲタ社会人が異世界に転生。
その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。
*お知らせ*
ヒーロー文庫よ//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全138部分)
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最終掲載日:2018/03/04 10:40
転生したらスライムだった件
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた!
え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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完結済(全303部分)
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最終掲載日:2016/01/01 00:00
私、能力は平均値でって言ったよね!
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。
自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全273部分)
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最終掲載日:2018/03/16 00:00
金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~
『金色の文字使い』は「コンジキのワードマスター」と読んで下さい。
あらすじ ある日、主人公である丘村日色は異世界へと飛ばされた。四人の勇者に巻き込まれて召喚//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全824部分)
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最終掲載日:2017/12/24 00:00
望まぬ不死の冒険者
辺境で万年銅級冒険者をしていた主人公、レント。彼は運悪く、迷宮の奥で強大な魔物に出会い、敗北し、そして気づくと骨人《スケルトン》になっていた。このままで街にすら//
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ハイファンタジー〔ファンタジー〕
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連載(全394部分)
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最終掲載日:2017/12/25 18:00