なかなか今調べていることの資料が集らなくて、今日はつなぎの記事です。
ウォーリック大学が2007年に発表した研究結果によると、イギリスの11歳から19歳までの、学業成績がトップ5パーセントを占める学生の間ではメタルが一番人気の高い音楽だったという。
というような内容のツイートがちょっと話題になっていたので、元記事と、記事のソースを眺めてみると、どうも誤訳というか、意味の取り違えがずいぶん気になりましたので、簡単に訂正してみたいと思います。
12万人を調べてはいない
記事には、調査対象者についてこんな記述があります。
この統計結果はイギリスの11歳から19歳までのあらゆる教育機関で就学している学生で、その教育機関のトップ5パーセント内の成績を収めている成績優秀者を調査対象としてウォリック大学が行った研究をベースにしたもの。それによれば、対象になったおよそ12万人の学生が好きな音楽として挙げたものの中で最も多かったのがメタルだったと「The Guardian」紙が伝えている。
12万人の統計って相当ですよ。ソースにしているThe Guardianを読んでみます。
「なぜメタルファンは聡明か」というタイトルで、おや、ずいぶん古い、2007年3月21日の記事です。Guardianは研究についてこう書いています。
A study published today reveals that a disproportionate number of members in the National Academy for Gifted and Talented Youth (a body of 120,000 students which represents the top 5% of academic achievement) list heavy metal - or "metal", as its devotees these days know it - as their favourite kind of music.
本日発表された研究では、「National Academy for Gifted and Talented Youth」(教育機関のトップ5%を占める12万人の学生が所属する)のメンバーの多くが彼らのお気に入りの音楽の種類にヘビメタもしくは「メタル」として知られる音楽を挙げていたことがわかった。
「the National Academy for Gifted and Talented Youth」(NAGTY)は、ウォーリック大学とイギリス政府がイニシアチブをとって2002年に設立した英才教育機関で、色々な高等教育機関にいる上位5%とみなされる生徒を受け入れていたんだとか。ただし、2007年8月にウォーリック大学が入札を拒否して、閉鎖しています。
このGuardianの記事はわかりにくいのですが、あくまでNAGTYに当時所属していた「トップ5%」の学生が全体で「12万人」にのぼるということであり、調査対象が「12万人」だったかどうかは明確ではありません。明確ではないなら、別の資料をあたりましょう。
The telegraphの同じく2007年3月21日の記事。
The researchers surveyed 1,057 members of the National Academy for Gifted and Talented Youth - a body whose 120,000 student members are within the top five per cent academically in the 11-19 age range.
研究者は教育機関の上位5%にあたる12万人の学生がいるNAGTYの,
11~19歳の1057人の学生を調査した。
というわけで、所属が12万人だけで、実際の調査対象は1057人ということでした。
メタルがいちばん好きじゃない
とはいっても、公式発表の一次ソースを見るのが礼儀というものなので、論文ではありませんが、ウォーリック大学のニュースを読んでみます。
1, 057 students aged between 11 and 18 years old completed a survey which asked them about family, school attitudes, leisure time pursuits and media preferences.
11歳~18歳の1057人の学生を対象とした家族・学習態度・余暇の過ごし方やメディアの好みについての調査を完了しました。
https://warwick.ac.uk/newsandevents/pressreleases/gifted_students_beat/
Telegraphと年齢に若干差があるのが気になりますが*1、人数はやはり1057人ですね。もちろん音楽の好みを聴いただけではなく、生活全般のことを対象とした調査のようで。
実はここに気になる記述があります。
They found that rock was the most popular form of music, closely followed by pop. But there were also differences between the type of music the young people liked and their attitudes – with those who liked Heavy Metal having lower self-esteem and ideas about themselves.
ロックが最も人気の音楽で、すぐ次にポップが続きます。しかし、若者が好む音楽の種類と彼らの態度には違いが見られました。ヘビーメタルが好きな若者は自尊心が低く、自身のアイデアを好むという傾向がありました。
あれ、そもそもNAGTYの学生にもっとも人気なのは「ロック」で、「ヘビメタ」じゃないの?という感じなのかいベイベ。
というわけで、今度は研究の論文を探しますと、恐らく以下のものでしょう。題名がかっこいいです。「The darker side of bright students : gifted and talented heavy metal fans」。「優秀な学生の暗黒面」ですって。ノリノリですね。
さて、この論文の作成者のStuart Cadwalladerは、アンケートのとり方として、以下のようにしています。
・「5つの好きな音楽のジャンル」をランク付けしてもらう
・ジャンルは以下の9つ→ヒップホップ、クラシック、R&B、ポップス、ロック、ヘビメタ、ジャズ、ダンス、シンガー系*2
で、結果は、
Heavy metal music was the eighth most likely genre to be ranked but was still placed
in the top 5 by over a third (36%) of the sample.ヘビメタは最も好きなジャンルでは8位だったが、回答者の三分の一(36%)が、トップ5に位置づけていた。
The darker side of bright students P7
うーん、9つのジャンルの8位って、そりゃ最下位に近くないですかね…。三分の一がトップ5に入れていたっていうのもね、ちょっと言い訳がましいというか…
ヘビメタありきの研究
そもそも、この研究の出発点は「ヘビメタ」ありきです。
Stuartは、この調査の主眼を「ギフテッド教育の学生と「ヘビメタ」がどうリンクするか」という点においており、「優秀な学生が聞く音楽は何か」という出発点ではないことに留意が必要です。そのため、研究の課題を次のように捉えています。
1)ギフテッド教育の学生の中で最も人気のあるヘビメタは何か。
2)ヘビメタを好む学生は、他のギフテッド教育の学生と違う性質があるか。
3)ヘビメタファンのギフテッド学生の特徴は、研究上で議論されたファンの性質とどのように比べられるか。
4)ギフテッド学生はどのようにヘビメタを「使う」か。*3
Stuartは、調査結果の中から19人のヘビメタ好き学生とオンラインのインタビューを行っており、それは彼らがどう「ヘビメタを「使う」か」という課題に答えているとは思いますが、母数に対して少々対象が少ない気はします。
要するに、この研究は「優秀な学生はヘビメタを好む!」ではなく「ヘビメタが好きな優秀な学生の特徴は何か」というところが主目的であり、現在流布している話はアベコベな感じになってしまっているわけです。
ヘビメタを再認識せよ
なぜか、という理由にはなりえないかもしれませんが、「ヘビメタ」を再評価しよう動きがあるようです。
例えば、タブロイドで申し訳ないですが、New York Postの記事。
A new study claims that kids who listened to heavy-metal music in the 1980s turned into “middle-class, gainfully employed, relatively well-educated” adults.
新しい研究によれば、ヘビメタを1980年代に聴いた子どもたちは、「中産階級で、所得の見込める雇用につき、比較的良く教育された」大人になった、ということです。
The heavy-metal kids of the 1980s turned out to be just fine | New York Post
また、ヘビメタが精神状態によい影響を与えるという研究もあります。オーストラリアのABCニュース。
Ms Sharman said the respondent's levels of hostility, irritability and stress decreased after listening to heavy metal or extreme music.
シャーマン教授は、ヘビーメタルを聴いたあと、敵意や苛立ち、ストレスが軽減されたと報告しました。
このような研究のほかに、ヘビメタの文化的側面の価値を見直す動きもあります。Telegraphでは、イギリスで初めてヘビメタの学位を与える大学のコースについて記事にしています。
The course will encourage students to explore how the actions of heavy metal figures have been censored throughout history, as well as to study how famous heavy metal bands came into being and the relationship of heavy metal to religion and philosophy.
この課程では、歴史の中でどのようにヘビメタが検閲されたかという研究や、有名なヘビメタバンドがどうなったかだけでなく、宗教や哲学との関係の研究をする学生を奨励することになります。
この課程はどうも紆余曲折あるみたいで現在はどうなっているかまでは調べませんでしたが、「ヘビメタなんて聞いてるやつは…」みたいな論調が向こうにはあるようで(日本の事情は良く知らない)、そういうのの対立項として、台頭してきているのかもしれません。日本でいったらば、アニメは文化だ、ぐらいの位置づけかもしれません(ちょっと暴論)。
今日のまとめ
①「12万人の優等生はヘビメタをいちばん好む」という説は誤りである。
②正確には、ギフテッド教育を受けている学生1057人の回答を元にした調査で、ヘビメタは9ジャンル中8位という結果であった(ただしトップ5に位置づける学生は多かった)。
③研究は「ヘビメタが好きな優秀な学生の特性」を調べるものであり、優秀な学生がヘビメタを好きなわけではない。
④ヘビメタは現在、その価値が見直されつつある。
ちなみに、この調査で学生が挙げていたバンドは、「システム・オブ・ア・ダウン」「スリプノット」などなどだそうです。私は全く疎いのでよくわかりません。また、一口に「ヘビメタ」といっても、その定義分けは複雑であることを、Stuartは論文の中でも述べています。難しそうです。
ある文化の価値が見直されるときは、本質的な場合とカウンターとしての場合があると思います。対立的な文化論はあまり益がないと思うのですが、ヘビメタの場合はどうなんでしょうか。日本ではまだ(たぶん)あまり論じられていないようなので、聡明なる諸氏方々が一席ぶってみても面白いのではないでしょうか。
*1:
Telegraphの「11~19」はNAGTYに所属する学生の年齢にかかっているんだろうと思います。
*2:
the survey required participants to rank their ‘five favourite types of music’ from 1 (most favourite) to 5 (least favourite)using a list of nine genres: Hip-hop, Classical, R & B, Pop, Rock, Heavy Metal, Jazz,Dance and Singer/songwriter.
The darker side of bright students P6
*3:
1) What is the popularity of heavy metal among gifted and talented
students?
2) Do those who are interested in heavy metal have differing
characteristics to the other gifted and talented students?
3) How do the characteristics of gifted and talented heavy metal fans compare to the characteristics of the fans discussed in the literature?
4) How do gifted and talented students ‘use’ heavy metal music?The darker side of bright students P6