国の嫌がらせではないかと思った人もいただろう。前川喜平前文部科学次官が中学校で講演した内容を教育委員会に問いただした問題だ。国が学校の授業に介入したと受け止められても仕方がない。
前川氏は二月、名古屋市立中学校に講師として招かれ、「これからの日本を創るみなさんへのエール」と題して、生涯学びながら生きる力の大切さなどを語った。
講演が行われたことを知った文科省は、その経緯や目的、内容などを細かく尋ね、講演録や録音データの提供を求めるメールを市教委に送っていた。
天下りに関与して辞職し、「出会い系バー」を利用したと報じられた前川氏が講師にふさわしかったのか。そんな問題意識に駆られたようだが、非常事態ではないにもかかわらず、国が個別の学校の授業を調べるのは行き過ぎだ。
戦前の軍国主義教育の反省に立ち、戦後教育の枠組みでは、国の主な役割は全国共通の教育基準を作ったり、教育条件を整えたりすることに限られている。教育内容には踏み込まないのが原則だ。
文科省から市教委への問い合わせについて、林芳正文科相は「法令に基づいた行為だった」と述べたが、外部から講師を招くたびに調査されては、学校現場は萎縮してしまう。国の顔色をうかがいながら授業をする光景は恐ろしい。
学校法人加計学園の獣医学部新設計画を巡り、前川氏は「総理のご意向」などと内閣府から文科省に伝えたとする文書の存在を認める証言をしたり、「行政がゆがめられた」と公言したりしていた。
文科省を去ったとはいえ、もしかしたら政権は、いまだに前川氏の振る舞いに警戒心を抱いているのではないか。官僚のみの意思で講演の中身を問いただす行動に出たのか。それとも、政治的な思惑がどこかに潜んでいるのか。
市教委の杉崎正美教育長は、前川氏の講演について「開かれた教育」の一環として、キャリア教育の視点で行われ、問題はなかったと言う。文科省の意図をあらためて確認する意向を示している。
文科省は学校の判断を十分に尊重した上で、誠実かつ丁寧に応える立場にある。問い合わせた初等中等教育局の担当者は「現場にプレッシャーをかけた認識はない」と答えたが、その感覚は国民から懸け離れている。
公教育の中核を担っているのは地域の学校だ。子どもたちの健やかな成長を願い、日々奮闘する現場をもっと信頼せねばならない。
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