急激に増え始めた「おすすめ」を聞くお客様
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
飲食店で働いている人はみなさんご存じかと思いますが、今、お客様ってみんな「おすすめは何ですか?」って質問してくるんですね。旬のお魚を扱っているお寿司屋さんなら「今はやっぱりブリだね」なんてやりとりもあるかもしれないのですが、普通飲食店はどのメニューも「自信を持っておすすめ」なんです。
お店をしている側に立ってみるとわかりやすいと思うのですが、「うーん、カツカレーはあんまりおすすめじゃないなあ。だったら、きつねうどんの方がおすすめですよ」なんてこと言えるわけがありませんし、思ってもいません。
でも「おすすめは?」って言われるんです。これ、ほんとここ5年で急激に増えた現象だと思うんですね。少なくともbar bossaでは、昔はこんな会話、いっさいなかったんです。これ、やっぱりインターネットが原因なんだと思います。まあとにかく「おすすめ」が出てきますから。多くの飲食業関係者に聞いたのですが、やはりこの「おすすめは何ですか?」という言葉の流行にみなさん気づいておりまして、こういうマニュアルを用意しているそうです。
1.売れ残っている料理を「おすすめです」と言って、お客様におすすめする。
飲食業ってとにかく食材を廃棄することが経営的に痛いんです。それを避けるために、お客様に「おすすめは?」と言われたら、まず売れ残っているものをおすすめするんだそうです。
2.原価率のいい料理を用意してそれを「おすすめです」と、お客様におすすめする。
例えば卵とかジャガイモとかモヤシとか鶏肉といった、すごく原価が安い食材があるんですね。それらを使った料理は正直儲かるんです。だからそれを「おすすめですよ」ってすすめるわけです。
はい。正直、そんなに「おすすめ」を聞かない方がいいかもしれません。自分が「食べたいもの」を自分で考えた方がいいようですね。
「おすすめ」を聞いて得られるもの、損すること
僕、KindleとかNetflixとかAppleMusicみたいなの、使わないんですね。僕としては、本屋さんに行ったたり、TSUTAYAの棚を眺めたり、レコード屋でジャケットをパタパタするのが好きなんです。誰かのオススメの映画や本や音楽って、参考にはするけど、あんまりしっくりこないんです。自分で選びたいんです。
でも、今はお店で毎日のように「おすすめは?」って言われるんです。なので、これに関して「まあ世代が違うんだなあ。こういうことって時代で変わっていくからなあ。こんな図式かなあ」って考えています。
【大昔】その季節に収穫できる食材は決まってて、選ぶことなんてできなかった
【ちょっと前】流通や商品開発力が上がり、食材やお店があふれ、そこから「自分ならでは」のチョイスをするのがお洒落になった
【今】もう世界中のありとあらゆるモノが手に入るようになって選びきれないから、DJやソムリエといった専門家に選んでもらうと確実に効率よく満足が得られるから、「おすすめ」してもらう
だいたいこんな感じじゃないでしょうか。でも、「それだけじゃないなあ」と感じることもありまして、例えば、bar bossa、季節の果物のカクテルというのをやってまして、季節ごとに桃とかぶどうとかを用意して、生のジュースを作って提供しているんですね。毎回、2種類、選択肢を用意しているんです。今なら「なし」か「りんご」を用意していまして、「なしとりんご、どちらが良いですか?」ってお客様に質問してるんですね。
これでも、「おすすめは?」って言われるんです。もうしょっちゅう言われるんです。なしかりんごの選択なら誰でもできますよね。頭の中で「どっちが今、欲しいかな?」って味を想像すればいいのですから。
それでも「おすすめは?」って言ってしまうのを考えると、たぶん「おすすめされる」というのが嬉しい、楽しい、って感じているんだなということではないでしょうか。「取りに行く、選び取る、能動的な行為」より、「すすめられる、受動的な行為」が気持ちいいと感じ始めているのではと思います。
そこで気がついたのですが、最近の若者が、たとえばワインの種類とか、飲食店でのマナーとか、そういう「面倒くさいもの」から離れていて、もっと簡単なもの、カジュアルなものが喜ばれるのはご存じですよね。いちいち「シャルドネ」とか「ボルドーのシャトー」とか「自分でメニューから選んでマリアージュを考える」とかしたくないんです。もし失敗して恥をかいたらって考えたら、そう思うのもわからなくはありません。
でも損をしてますよね。お店のソムリエやバーテンダー、寿司職人に「これは何ですか?」って質問すれば色々と教えてくれるのに、聞かないんです。でも「おすすめは?」は聞くんです。それだと恥はかかないけど、色々と教えてくれますから。
でもそれだと「一方的な情報」なので、それ以上の知識や情報は入手できないんです。お客様の方から「そのボトルは何のお酒ですか?」とか「さっきカクテルグラスに何かを振りかけていたのは何ですか?」って感じで質問すれば、もっともっと深い話ができるはずなんです。