Keyword : 日本聴導犬推進協会 | 聴導犬 | 聴覚障害 | 障害
私たちは普段、「音」からたくさんの情報を得て生活しています。後方から近づく車や人を察したり、インターホンや家電のアラームを頼りに動いたり。
もしも、耳が聞こえなかったら。
例えば、歩いているときに後ろから車が近づいていることに気づかず、怖い思いをすることがあるかもしれません。何かをしている最中にインターホンが鳴っても気付かず大事な郵便を受け取り損ねるかもしれません。
東さん:みなさんは見なくてもここに何がある、と音で分かる生活をされていると思うんですけど、私には分かりません。それを、あみのすけが助けてくれるんです。
そう話すのは、聴導犬あみのすけと暮らしている、東彩さん。
聴導犬の役割は、耳の聞こえない人の生活をお手伝いすること。
東さんとあみのすけの日常をのぞかせてもらうため、私たちは埼玉県所沢市にある、東さん宅を訪れました。
私たちは、東さんを紹介してくれた日本聴導犬推進協会の秋葉圭太郎さんとともに、東さんの住むマンションを訪れました。
少し緊張しながらインターホンを鳴らすと、ドアが開き、東さんとあみのすけが出迎えてくれました。東さんが笑顔であいさつをしてくださる傍ら、あみのすけはソワソワした様子で、私たちの顔を眺めています。
あみのすけは、「日本聴導犬推進協会(当時の聴導犬普及協会)」で訓練を受けたのちに、東さんのもとにやってきました。
ドアのチャイムや目覚まし時計の音など、生活するうえで必要な様々な音を聴導犬は教えてくれます。また、警報機の音や車の近づく音を知らせ、ユーザーの安全を守ることも大切な役割です。
あみのすけは普段、どのようにして東さんの生活を助けてくれるのでしょうか?
東さん:家の中では、何か音が鳴るとまずあみのすけが音の出所を見に行きます。それから私の肩をタッチして、音の鳴っているところに連れて行って教えてくれるのです。
インタビューの最中はちょうど、台所から食器洗浄機の動く音がしていました。
するとあみのすけ、東さんのところに来て、肩をタッチします。まだ完了のアラームは鳴っていないのになぜ?と思っていると、その理由を教えてくれました。
東さん:食器を洗っている微妙な音を聞き分けて、「そろそろ終わるよ」「覚えててね」と、心の準備として伝えにきてくれているんです。それに、私にほめられるのが嬉しいから、何度も伝えに来るの(笑)。
その後も、食器洗浄機の音が変わるたびに東さんに教えに来てくれます。そのたびに話を中断するので、東さんはとうとう困り顔で言いました。
東さん:今日は特に多いですね。自分も話に入れてもらいたいのね、きっと。
そう言われてあみのすけの顔を見ると、たしかにしょんぼりと寂しそうな表情をしているので、思わず笑ってしまいました。
そのとき、食器洗浄機から完了を知らせるアラームが鳴りました!
あみのすけは耳をぴんと立てて飛び上がり、台所のほうに走って行きます。
「終わったよ終わったよ!」とでも言いたげな、誇らしげな表情で戻ってくると、東さんと私たち編集部メンバーにもタッチをして回り、台所に連れて行ってくれました。
東さんから「ありがとう」と頭をなでられ、おやつをもらうあみのすけはとっても嬉しそう!「えっへん!」と言わんばかりに目をキラキラさせます。
表情からは、東さんの役に立つのが嬉しくてたまらない様子が伝わってきます。
次に、外での仕事を見せてもらうため、お散歩に同行させてもらうことにしました。
聴導犬は外に出るとき、「聴導犬」と書かれた鮮やかなオレンジ色のケープを着用します。
神妙な顔でケープとリードをつけてもらいます。
ケープをつけたあみのすけは、甘えんぼの表情から一転、きりっとしたお仕事モードの表情になっていました。
外に出ると、あみのすけは東さんの横を落ち着いて歩きます。
東さんも、そんな頼もしいあみのすけのことを心から信頼している様子です。
あみのすけは、猛スピードで走ってきた自転車から東さんを守ったこともあるのだとか。
もしあみのすけがいなかったら、大怪我を負っていたと思います。心の底から感謝しました。
強い絆で結ばれている東さんとあみのすけ。2人が今まで歩んできた道を、たどっていきたいと思います。
あみのすけは東さんの家にやって来る前、日本聴導犬推進協会で訓練を受けていました。
日本聴導犬推進協会は、聴導犬の育成と普及を行っている団体です。
聴導犬の候補犬は、動物愛護の観点から、捨てられたり保護された犬のなかから選ばれます。動物愛護センターや動物愛護団体などに収容されている生後2~4ヶ月の子犬のなかから、聴導犬として向いている犬を選び、トレーニングしていきます。
トレーナーとほぼ24時間いっしょにいる訓練生活が約1年半続いたのち、犬が2歳になるころからユーザー候補のもとで生活する訓練を始めます。そしてユーザーとともに認定試験を受けて受かった犬だけが、晴れて聴導犬ケープと表示をつけることができるのです。
聴導犬に選ばれる犬の条件は、大きく3つだといいます。人と友好的であること、人と一緒にいたいと思えること、そして、環境への順応性が高いことです。
日本聴導犬推進協会の秋葉圭太郎さんは言います。
秋葉さん:向いてる子は、100頭みても数頭いるかどうか、というレベル。頭の良い悪いではなく、聴導犬の仕事を幸せと思えるかどうかなんです。いろいろな場所でいろいろな人と出会えることが楽しいと思えるかどうか、性格が向いているかどうか、を大事にしています。
ユーザーは、聴導犬とのマッチング・訓練に長い時間を費やすことになります。そのため協会では、ユーザーになる人も慎重に選定を行うのだそう。ただペットがほしい、という動機ではなく、聴導犬と暮らすことで生活を広げ、社会につながっていくようなことを望むユーザーに聴導犬を託しています。
長く生活をともにするユーザーと聴導犬とのマッチングはとても重要だと、秋葉さんは話します。
秋葉さん:犬とユーザーのマッチングは、ユーザーの性格や生活スタイルなどを考慮します。例えば、電車に乗るのが苦手な犬には、電車によく乗るユーザーさんには向かないですよね。
協会は、ユーザーと相性のあった「ペア」の数を増やすことを大事にしています。そのため、ユーザーと聴導犬双方への訓練とフォローを、丁寧に行っているのです。
一方、あみのすけと出会う前の東さんは、どのような生活をしていたのでしょうか。
東さんが耳が聞こえないとわかったのは、3歳のときでした。薬剤師を志して大学進学し、九州で就職したことを機に、本格的に1人暮らしを始めました。
ある日、東さんの隣家が火事になりました。サイレンの音が響き、ドアをどんどん叩かれましたが、東さんはぐっすり眠っていて気が付きませんでした。次の朝会社に行こうと思ったとき、隣の家がなくなっていることに気がついてはじめて昨晩のことを知り、耳が聞こえない恐ろしさを実感したのだといいます。
東さんは、旦那さんの仕事の関係で埼玉へ引っ越し、仕事を続けました。しかし、自分のペースを確立できず、宅配便を受け取り損ねるなど生活面で支障をきたすようになりました。
東さん:このままだと神経がすり減って、ダメになってしまうと思いました。それで、聴導犬と暮らしたいと思うようになったんです。
その想いが叶い、東さんのもとにあみのすけがやってきたのは、2007年のことでした。
東さんが初めてあみのすけに会ったときの印象は、実は意外にも“好印象”ではなかったのだそう。あみのすけは、東さんに心を開いてくれなかったのです。
東さん:耳が聞こえないから目を合わせることがすごく大事なのに、あみのすけは訓練士さんの方ばかり見て、全然目が合わなかったんです。これからいっしょに暮らしていけるの?と不安になりました。
その後2人は訓練士のフォローを受けながら訓練を始め、一緒に暮らすことに少しずつ慣れていきました。でも聴導犬の認定試験を受け、合格したときも、2人の信頼関係は特別強いといえるものではなかったそう。
それから、約10年。東さんは、毎日の積み重ねのなかであみのすけとの関係性を築いてきたと言います。
東さん:何を考えてるのか知りたいという思いで、関係性づくりを頑張りました。毎日の繰り返しのなかで、少しずつ少しずつ、積み重ねてきたんです。
東さんとあみのすけは、家の中はもちろん、東さんが仕事に行くときも旅行に行くときも、いつも一緒でした。今では、互いの気持ちが分かるパートナーです。
そんな2人には、思い出もたくさん。特に、旅行には何度も出かけたそうで、東さんの趣味であるスキーに一緒に行くことも多かったといいます。
東さん:私がいろいろなところに友達がいるので、いろいろな人と会って話していると、あみのすけも嬉しい表情をしていますね。
やがて東さんは、あみのすけのおかげで、日常が豊かになっていると実感するようになっていきます。
あみのすけが教えてくれるのは、生活に必要な音だけではありませんでした。
東さん:いっしょに歩いていて、あみのすけがふと立ち止まって上を見上げたりするんですよ。それに対してなあに?って聞くんですけど、目線の先には木の葉っぱがこすれていて、その音を教えてくれているんだなと。秋の季節だと、どんぐりがポトンと落ちる音なんかも、あみのすけが教えてくれました。季節によって自然の空気・状況を感じることができる。それが、とてもうれしいです。
それらは、今まで東さんが知ることのなかった「音」でした。
東さん:私が昔住んでいた鹿児島は、自然がすごく多い場所だったんです。いろいろな、鹿や鳥、猿の声、そういった音も、地域のみなさんは聞きながら生活されているみたいだったんですが、私には聞こえませんでした。なので、山を見ることで山がきれいだとは思うけど、それだけではないと思うと、寂しい気持ちになりました。でもあみのすけといっしょになってからは、ここにも音があるんだ、ということがわかるので嬉しいです。
ユーザーの日常に彩りを添え、人生を豊かにしてくれる。聴導犬には、ただ生活に必要な音を教えるだけではない、そんな大切な役割があるのです。
聴導犬は「24時間ずっと気が抜けない状態でかわいそう」といわれることもあるそうですが、実際の様子はそうではありません。
必要な音が鳴るのはせいぜい1時間に1度程度のもので、それ以外のときには普通の犬と同じようにゆっくりと過ごしています。
今のあみのすけはリラックスモード。ベッドに寝そべるあみのすけの背中を東さんがマッサージすると、気持ちよさそうに目を細め、丸くなってしまいました。
2人を見ていると、何も言わなくても互いの気持ちを分かり合っている様子が伝わってきます。
東さんは取材中もたびたび、「かまってほしいんですね」「お客さんがいて張り切ってますね」「褒めてくれそうな人を選んでますね(笑)」などとあみのすけの気持ちを代弁してくれました。
東さん:あみのすけの表情や耳、しっぽの動きで何を考えているかがだいたいわかってしまうんですよ。
一方であみのすけも、東さんの気持ちや空気を敏感に汲みとり、ときにムードメーカーのような役割をしてくれるのだといいます。
東さん:私には5歳の娘がいるんですが、かんしゃくを起こすことがあります。するとあみのすけもハラハラした表情になるんですよね。もしくは私もイライラしてしまって、雰囲気が悪くなることもあります。そんなときもすぐに2人の間に入ってきて、私に落ち着くようにと言ってくるんです。本当にありがたいです(笑)。
東さん:お互い気持ちを沈めるべきだと、教えてくれていたのかもしれません。私の気持ちに波があるといつも寄り添って、落ち着いて!と合図をくれる。まだまだ修行が足りません。すごく感謝をしています。
このように、聴導犬がユーザーのライフスタイルや考え方に影響を与えることはよくあるのだといいます。
秋葉さん:気持ちが互いに通じあわないと、人と犬がいいパートナーになっていくとはいえないんです。ユーザーと聴導犬との関係は今お話ししたようなものであってほしい。だから、2人は理想の関係性ですね!
ユーザーと聴導犬は、良きパートナー。愛情と強い信頼関係で結ばれているからこそ、互いに欠くことのできない存在になっているのです。
最後に、気になっていたことを聞いてみました。
あみのすけはもうすぐ12歳。引退や、2代目の聴導犬のことも考えているのでしょうか…?
東さん:考えていますね。引退を見据えて、協会には2代目の聴導犬も申請しているところなんです。
聴導犬は、仕事を引退したあとはペットとしてユーザーの元に引き取られることが多いのだそう。2代目の犬のマッチングは、引退後の犬との相性を考えて慎重に行われます。
東さんは、あみのすけに優しいまなざしを向けながら、こう付け加えてくれました。
東さん:あみのすけは、忘れられてしまうかもと寂しがりそうで、ちょっと心配ですね。お仕事が大好きな子なので、納得できるように、時間をかけて、引退について伝えていきたいです。引退しても一緒にいられるから、ということを、わかってもらえるように。
以前あみのすけは、動物の気持ちが分かるセラピストに
ぼくの耳は、大きいの。大切な音を聞いて、伝えないといけないから。
と、誇らしげに伝えてきたことがあるのだとか。
あみのすけが東さんに音を教えてくれるのは、一方的に頼まれるからではありません。東さんのことが大好きで役に立ちたいと思う気持ちがあるからこそです。互いを大切に思い、持ちつ持たれつで支え合っている東さんとあみのすけは、気持ちの深いところでつながっているように見えました。
聴導犬は、耳の聞こえないユーザーが自分らしく豊かな人生を送ることを助け、社会参加を後押しするパートナーなのです。
現在日本にいる聴導犬の数は、盲導犬の690頭に対してわずか70頭。
知名度の低い聴導犬には育成や協会運営のための寄付金が十分に集まらず、数を増やせないのだといいます。また、以前に比べると知られているものの、未だに聴導犬を連れての入店が断られることもあるのだとか。
私は、あみのすけと東さんの紡いできた物語を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思います。
そして、2人が安心して暮らすことができるよう、より多くの聴導犬が必要としているユーザーのもとに届くよう、社会に理解と応援の輪を広げていきたい。
そんな想いで私たちは、東さん宅をあとにしました。
関連情報:
一般社団法人日本聴導犬推進協会 ホームページ
(写真/馬場加奈子)
ニュースレターを購読すると、soarの最新の活動情報をチェックできます!
いただいた感想は、編集部と記事に登場したご本人に直接お届けします。ご回答はこちらから!
Keyword : 日本聴導犬推進協会 | 聴導犬 | 聴覚障害 | 障害