エステーの鈴木貴子社長 日本の上場企業の中で、女性が社長を務めるのは全体のわずか1%。その希少な会社の一つが、「消臭力」などで知られる日用品メーカー、エステーだ。鈴木貴子社長は、創業者の鈴木誠一氏の三女だが、入社したのは40代半ば。それまで家業を継ぐ気はまったくなく、日産自動車やルイ・ヴィトン・ジャパンでマーケティングの腕を磨いてきたという異色の存在だ。カリスマ経営者と言われた鈴木喬会長の後を継いで5年。女性目線を生かし、業績をV字回復させたリーダーシップの秘密はどこにあるのか。
■目指したのは、社員を奮い立たせる言葉を持つリーダー
――創業家出身とは言え、女性で、社歴も短く、さらにはカリスマ経営者の後継というので相当なプレッシャーがあったと思いますが、どのようなリーダーを目指したのですか。
「まず、先頭に立つ覚悟さえあれば、カリスマである必要はないと腹をくくりました。なまじカリスマが君臨していると、社員が自分の頭で考えなくなるというリスクもありますから。私自身が目指したのは、ごくごく平均的な社員の能力を引き出し、彼らを奮い立たせる『言葉の力』を持つリーダー、コミュニケーション力で組織を率いていくリーダーです」
「就任前には動画共有サイトのユーチューブで各界のリーダーたちのスピーチも研究しました。米国のキング牧師や英国のサッチャー元首相、(フェイスブック最高執行責任者の)シェリル・サンドバーグさんや(ディー・エヌ・エー会長の)南場智子さんなどのスピーチを見て、改めて感じたのは、人の心を奮い立たせるには、誰にでも理解できるシンプルな言葉とロジックを使わなければならないということ。そして重要なことは何度でも繰り返して言うということです」
■リーダーとしてのブレない軸は、ブレない体を鍛えることから
「話す内容とともに、もう一つ重要なのはからだの姿勢ですね。トップは立ち姿勢も大事だと思います。私はもともと少し猫背だったんですが、社長になるのを機にジムのパーソナルトレーナーの指導のもとで矯正しました」
――実際、からだを鍛えたりもしているのですか。
「学生時代からの親友からの勧めで、体の深層部を鍛えるピラティスを始めました。おかげで大勢の前で話す時にもお腹の中心から声が出せるようになりましたね。その友人には、社長らしい歩き方の指導までしてもらいました」
――社長らしい歩き方のコツは何ですか。
「リーダーは姿勢も大事」という鈴木氏 「頭のてっぺんを天井から糸で吊られているようなイメージです。背筋を伸ばし、肩甲骨を寄せる。たったそれだけですが、常に意識するだけで体全体の動きが変わってきます。ジムでも、昔はダンスエクササイズなど楽しいものばかりやっていましたが、いまはバーベルを持ってスクワットするような『体幹』を意識する運動が中心です」
「足腰を鍛えて体の中にコアを作っておくというのは、リーダーとして必要なことじゃないかと思います。これは身をもって実感したことですが、経営においてブレない軸を持つためには、フィジカルな面でもコアを作っておくほうがいいですね」
■男性中心の組織は「競合との戦い」ばかり意識
――女性リーダーと男性リーダーとで経営スタイルに違いはありますか。
「実は社長になったばかりの頃は『男女でたいして違わないでしょ』と思っていました。でもいざやってみると、やはり違う視点があるように感じます。昔から不思議だったのですが、経営で使われる言葉には、『戦略』『ロジスティクス』『タスクフォース』など、軍隊用語から転じたものが多いですね。それと関係があるのかもしれませんが、男性中心で回っている組織は、競合との『戦い』に主眼が置かれているように感じます」
「そういう組織の欠点は、商品開発も営業のやり方も、競合に勝つという視点に偏ってしまうことです。それに対して私は、敵に勝つ、競合という見方ではなく、顧客に寄り添うところから始めたいと考えました」
「特に私たちの商品の顧客の7、8割は女性なので、その女性たちに寄り添うということを考える必要があります。女性目線でいい商品とは何か。例えば、パッケージに『大容量』とか書いてしまうのはどうなのかと。それで女性は引かれるでしょうか。量が多いことよりも、香りで癒されるとか優雅な気持ちになれるといったことを女性たちは求めているのではないかと私はそう考えました。当時、エステーの商品に一番欠けていたのはそうした情緒的価値でした。でもそれを社員に言っても、『何が悪いんですか』とまったく話がかみ合いませんでした」
■「男性の真似」ではなく、自分らしい手法を追求。違いすぎて抵抗少なく
――従来のエステーでは「競合に負けないように機能や特徴をアピールするのは当然だろう」と。それが当たり前だったわけですね。
エステーは女性目線の商品開発にも力を入れている 「ええ。私は社員から見れば新参者ですし、まったく違う組織文化で育っていて力量も未知数。そんな私が、社内で当たり前とされていたことを変えたいと言った時に、果たして社員がついてきてくれるのか。リーダーとして私を認めてくれるのか、正直心配でした」
「ただ、男性リーダーならそこで『(自分の優位性を誇示するための)マウンティング』をするのかもしれませんが、私は私らしく、腰を据えて誠実に対話を重ねていくしかないと思ったんです」
「特に注意したのは、相手を否定するのではなくて『別の視点から見るとこういう見方もあるよね』という話し方をすることです。それと、動かないところは自分が率先して手を動かして、できるだけ具体的な形として見せるというのをひたすら繰り返しました。結果的には、心配していたような抵抗に遭うこともなく、社内の空気を変えることができました。多分、それまでの男性リーダーと私のスタイルがあまりにも違いすぎて、比較してどうこう言う気にもならなかったんじゃないでしょうか」
――社長自身は、「君臨」とは異なるマネジメントスタイルですが、間近に見ていた経営者の父親から学んだことはありますか。
「子どもながらに、経営者とは会社のリスクを全部背負って体を張ってやるものだというのは肌で感じていました。現在、本社がある場所にはかつて工場もあったのですが、すぐそばを流れる神田川が、昔はよく氾濫したんです。父がそのたびに血相を変えて夜中でも会社に戻っていくのを見ていました」
「もう一つ印象に残っているのは、『社員には祈るような気持ちで接する』と言っていたことです。父は家では全く家族に気を遣わず、暴君のようでしたが、その父が、実は社員にはものすごく気を使っていた。仕事に対しては厳しい人で、社員からすれば怖いイメージもあったようですが、それでも常に父の中には祈るような思いがありました。私自身もそういう父を見ていたせいか、自然と社員に対して『祈るような気持ち』を引き継いでいるように思います」
鈴木貴子
1962年東京生まれ。84年上智大学外国語学部卒。日産自動車、LVJ(ルイ・ヴィトン・ジャパン)グループ(現LVMHグループ)などを経て2010年、エステー入社。13年、叔父の喬氏(現会長)の後を継ぎ社長に就任。
(ライター 石臥薫子)
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