麻生太郎の表情について

発覚した財務省の決裁文書の書き換え問題。「忖度」が流行語大賞にもなったこの問題が、1年を経て国政を揺るがすスキャンダルに発展しました。今回は、その間財務大臣としてマスコミへの会見や国会答弁などをしてきた、麻生太郎の表情について考えます。

台湾で『半沢直樹』を観る

2週間ほど台湾に来ており、『あぶない刑事』ならば何がしかの発砲事件が起きそうな、それを「風情」と称するには無理のある古びたホテルにいる。液晶画面がなぜか傷だらけになっているテレビで、NHKと、日本のドラマやバラエティを流す「緯來日本台」を交互に観ている。「緯來日本台」の今のイチオシは『半沢直樹』。謝らせようとしたり、いよいよ謝ったり、それでも許さんと怒鳴ってみたり、土下座エンターテイメントが延々と続く。今、コイツはこういう感情にある、という説明を、台詞ではなく顔面への執拗なズームで伝える。それが顔のシワなのか、液晶画面の傷なのかが分からなくなる瞬間があり、いや、実は分かっているのだけれど、「画面の傷だ!」「いや、目尻のシワだ!」と、わざとらしい遊びを繰り返して、地味な夜を過ごしている。

「悪巧みしているのでは」と疑われている時の香川照之の「悪巧み顔」は露骨で、誰もが、あっ、この人、悪巧みしているな、と気付ける顔をしている。不敵な笑みを浮かべ、顔を歪めながら、ゆっくりと目を動かし、相手を睨みつける。追及が強まると、ちょっとだけ目を泳がせ、歯を数本出しながらニヤリと笑う。本来、世の悪人は、ここまで分かりやすい悪巧み顔を回避するはずである。時折、「泥棒に注意!」の看板に、サングラスに髭もじゃで風呂敷を背負った泥棒のイラストが添えられているが、本物の泥棒稼業はアレを見て、この格好だけはやめておこうと思うはず。香川照之の悪巧み顔も、あれと似たベクトルである。リアリティを捨て、現実離れしてでもベタを突き詰めたからこそ、徹底したエンターテイメントになったのである。

麻生太郎と香川照之

「緯來日本台」からNHKに切り替えると、麻生太郎財務大臣が会見を開いている。佐川宣寿国税庁長官辞任を説明する麻生の表情は、「世の悪人は、ここまで分かりやすい悪巧み顔を回避するはず」の表情そのものであった。香川照之が、テレビを観ている老若男女全ての人に対して「オレは悪人」と伝えるためにわざとらしく繰り返していた表情を、麻生は極めてナチュラルに晒している。悪いことをしているのはオレ、と老若男女全ての人が気付く表情で、悪いのは佐川でオレじゃない、と匂わせる発言を続ける。悪いことをしてるのはオレ、と分かりやすく伝える香川を観た後で、悪いのはオレじゃないと伝える麻生を観る。2人はほとんど同じ顔をしている。香川の露骨な演技と、麻生の露骨な隠蔽がブツかる。許される露骨は前者だけだ。

会見を見ていると、麻生の主張は2つ。
1:オレの判断は間違っていなかったけど、佐川が辞めると言った。
2:佐川が辞めると言ってきたのであって、オレの判断は間違っていなかった。
つまり、主張は2つではなく、ひとつである。麻生に向かう記者の質問内容を平均化すれば「ってか、オマエも悪いだろうよ」だったが、麻生からの返答の主旨は、「どうしてオレが悪いんだ。佐川が辞めるって言っただけなんだから、オレは悪くないだろう」であった。質問に対する答えも、ひたすら1と2。麻生は、記者からの質問を何度か遮った。何を言い出すのかと思えば、「俺に出したって駄目なんだよ。指名するの、オレじゃないから」と、質問は司会者を通せ、と咎めたのだった。どうやら、「オレが優位」を確かめないと「優位なオレ」ではいられないようで、どうでもいいところで優位を確かめるのだった。

「オレが言ってやったぜ」風

日頃、麻生の国会答弁を聞いていると、この人は、オレのほうが立場は上だかんな、オレのほうが有利だかんな、を形を変えながら繰り返してくる。Aについてどうなっていますかとの問いに対し、Aについて答えることは稀で、オレのほうがAについて詳しいor近いとの立場を明らかにするために、質問者の情報不足を指摘したり、こっちはそっちの企みを先読みしてっからね、と告げたりする。要するに「明日の体育の授業ってマラソンだっけ?」と問いかけても、答えが「オレの方がマラソン速い」なのである。「隣駅のパン屋って土日もやってましたっけ?」と尋ねても、答えが「オレはオマエより昔からあのパン屋を知ってる」なのである。会話が成立していないが、回答だけを抽出すると、あたかも質問者を打ち負かした感じになるのが肝である。

「打ち負かした感じ」を繰り返してきた自負からか、単なる「雑」を「ぶっちゃけ」に変換する腕があると信じ込んでいる。少し前の話だが、安保法制が議論されている最中に、SEALDsの存在について「自分中心、極端な利己的考え」とツイートして問題視された武藤貴也議員に対して、麻生は「自分の気持ちは法案が通ってから言ってくれ」と言った。それは、政権を運営する上ではまったく不要な振る舞いだったが、彼の中ではこれもまた「オレが言ってやったぜ」風の一種に位置づけられていた。それは、「ぶっちゃけ」ではなく、単に「雑」であった。

香川照之より露骨

『半沢直樹』の香川照之がそうであったように、分かりやすく偉そうにしている様子って、ドラマでは、そのうち倒れる存在の前触れとして用意されているものだ。それなのにメディアの多くは、いつまでも闇雲に偉そうにしている偉い人に対して、「オマエ、いつまでも闇雲に偉そうにしてるんじゃないよ」と物申すことをなぜか躊躇ってきた。財務省の決裁文書の改竄が明らかになったが、ウソがばれないようにするための対応として、あんなにも下手クソな表情があっただろうか。下手クソ、そんなんで逃げんな、と問い詰めなければいけない。「緯來日本台」に映る悪人の悪人っぷりは1時間後に潰されていたが、NHKに映る悪人の悪人っぷりは、この期に及んでも見逃されようとしている。どうして香川照之より露骨な悪巧み顔をそのまま見逃してしまうのか。しかも後者は、演技ではなくウソなのだから、事態はどこまでも深刻である。

(イラスト:ハセガワシオリ

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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

estoynaomiendo ほんとだよ、もう。 約9時間前 replyretweetfavorite

picturesquerain |ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜|武田砂鉄|cakes(ケイクス) https://t.co/9iUe4gic7d 約12時間前 replyretweetfavorite

junitolfc 麻生太郎と半沢直樹の香川照之は同じ表情をしている、という話 約17時間前 replyretweetfavorite

commons6 日本一偉そうな漢字が読めない老人 約17時間前 replyretweetfavorite