地球儀といえば、学校の教室や偉い人の書斎にドンと鎮座しているアレ……というイメージはもう過去のものになるかもしれない。「ほぼ日手帳」で知られるほぼ日が、「ほぼ日のアースボール」なるまったく新しい地球儀を生み出したからだ。ビーチボールのように空気で膨らませられるアースボール。軽いので持ち運びも簡単な上に、AR技術でさまざまな情報を表示させることが可能なのだ。アースボール誕生の経緯など、地球儀のイノベーションについて、株式会社ほぼ日の古謝将史さんと井谷裕紀さんに話を聞いた。
映画をきっかけに生まれたAR地球儀
古謝将史さん
「ほぼ日のアースボール」プロジェクトリーダー。どんなアイデアを実現したら良い商品になるか日々考え中。前職は、文具メーカーで消せるボールペンの立ち上げなどに携わる
――同じ文房具でも、手帳から地球儀というのは、かなり飛躍があります。誰がアイデアを?
古謝 きっかけは、数年前に弊社代表の糸井(糸井重里氏)が見たという映画の1シーンを会議で紹介したことです。
古謝 信長が献上された地球儀を蹴っ飛ばしたシーンを見て「地球って蹴飛ばせるのか」と驚いたそうです。自由の表現でもあると思うけれど、地球儀があんな存在になったらいいのに、と。
世界中の家庭に蹴ったり転がしたりできる地球儀があれば、遊びながら世界を新しい見方で捉えることができるのではないか――そんなところから、ほぼ日のアースボールプロジェクトは始まりました。そのため、ARで世界の情報にアクセスするというアイデアは、後から生まれたんです。地球儀をもっと楽しむために使えそうな、ARというおもしろい技術があると。
――なるほど。しかし、現在子どものいる家庭でも地球儀が姿を消した印象があります。
古謝 昔も今も地球儀はほとんどの学校にあり、「世界を知る」という意味では引き続き有効なのだと思います。では、なぜ家庭にないかといえば、大きい、重い、場所を取るというイメージがネックになっているのはないでしょうか。
もっと言えば、大きくて重いのに、地球儀からはそこに印刷されている以上の情報は得られない。パソコンやスマホであらゆる情報を入手できる現代にあって、百科事典と同じように、得られる情報と占有するスペースのバランスが見合わなくなってしまったのではないかと仮説を立てました。
「ほぼ日のアースボール」は、そこを解決できたのではないかと思います。使わない時は空気を抜いて畳んでおけますし、膨らませてもとても軽く、床に転がしておいてOK。それでいて、ARでさまざまな情報を得られるからです。
「スマホだけじゃない」からこそ見える世界がある
――とはいえ、百科事典はWikipediaに置き換わった、つまりもう物理的に所有することにメリットがないとも考えられます。デジタルの地球儀としてはGoogleアースなどもあるなか、「ほぼ日のアースボール」の存在意義とは?
井谷 地球は「丸い」という点が大きいと思います。パソコンやスマホでいくら地球や世界について学んでも、それはあくまで平面なんですよね。それで私たちはなんとなく学んだつもりになっているけど、果たして実感を伴ったものなのか。
ニュースを見ていて、知らない地名や「聞いたことはあるけど、どこかはよくわからない」といった地名が出てきたときに、スマホのGoogleマップでちょっと調べてみる、といった経験が、誰しもあるでしょう。たとえば、モアイで有名な「イースター島」がどこにあるかわかりますか? Google マップで調べると、一瞬にしてそこにピンが立ちます。でも、それで本当に理解したと言えるでしょうか。
アースボールの対応アプリ「おしえてゾウさん」に「イースター島」と入力すると、ゾウさんがその場所を指し示して教えてくれます。でも、ここからがGoogleマップとは違うところで、「ほぼ日のアースボール」では自分で地球を回して、位置を探し当てなければいけないんですね。大事なのはその過程で、「最寄りのチリからも結構離れているなぁ」とか、「隣のサライゴメス島には何があるんだろう?」といった興味が湧いてきます。
検索キーワードを入力するとアプリ画面上でゾウさんがその場所を教えてくれる
井谷 アースボールのほうを動かさないと画面は変わらないので、探索を促すことになっているのでは、と思います。「地球の裏側には何があるんだろう」って、なかなかスマホの平らな画面では思い至らないですよね。
「ほぼ日のアースボール」アプリには現在、他にも以下のコンテンツが用意されています。
- 世界の国々(国旗や基本情報)
- 昼の地球と夜の地球(夜の街の明かりの様子)
- せかいをはっけん!NHKの映像セレクション[コンテンツ提供:NHK エンタープライズ](世界遺産など各地の動画)
- 小学館の図鑑NEO 新版『恐竜』[コンテンツ提供:小学館の図鑑NEO](その場所にどんな恐竜がいたのか)
- 世界のアイコンを見てみよう[コンテンツ制作協力: amana](さまざまなトピックスをアイコンで表示し解説)
- ぼくの地球、わたしの地球(自分で撮影した写真をアースボールへ投影できる機能)
- でこぼこ地球[コンテンツ共同研究・開発:首都大学東京渡邉研究室](地球の起伏をアースボール上に再現)
- メダルタワー2018 平昌オリンピック編(それぞれの国が獲得したメダルがどんどん積み上がる)
- 昼夜の移り変わり[コンテンツ共同研究・開発:首都大学東京渡邉研究室](昼と夜がどのように移り変わっていくのかを、アニメーションで表現)
井谷 さらに今後、首都大学東京の渡邉英徳研究室と共同研究・開発した「でこぼこ地球」「昼夜の移り変わり」に続く第3弾として「学生たちの手作り人工衛星」を(2018年3月下旬公開予定)を追加していきます。
――渡邉さんには、HRナビでもAIによる白黒写真のカラー化や「ヒロシマ・アーカイブ」のお話を伺いました。関心の拡がりを生み出す仕組みには通じるものを感じます。
古謝 そうですね。学生の方も交えて、さまざまなブレストをさせていただきました。
アプリ上で地形の起伏を見ることができる。地名との対照も行いやすい
古謝 実は、「なぜARを採用したのか」と質問されると、正直答えにくくて。ほぼ日ってそういうところがあって、「何かをしたい」「誰かをよろこばせたい」という目的が明確にあって、そこに至る方法は何でも構わないのです。その目的が叶った世界はどうしたら実現できるのかを求めて、最適な手段をとことん探ります。「ほぼ日のアースボール」も、ARありきではなかったのです。
地球や世界を地続きのものとして眺めたり、実感を伴って情報を感じ取ってもらったりして、見る人の心を動かすにはどうしたらよいかを追求し、さまざまに試行錯誤した結果の1つだったのかなと思います。
球面に正確にARを表示させるのは、実は難しい
――「ほぼ日のアースボール」は、新しい体験だと感じました。特に、球面に正確に情報が表示されるのにとても驚いたんです。
井谷裕紀さん
普段はフロントエンドエンジニアとして、「ほぼ日刊イトイ新聞」のさまざまなページ制作をしつつ、前職でのサーバーサイドやアプリ開発の知見を生かし、「ほぼ日のアースボール」のアプリ周りの開発に携わる
井谷 昔からARという表現手法はありましたが、3次元の物体を認識させその上に正確に情報を表示させるものはあまりなかったかもしれません。「球体」という物体の形と描かれている表面の特徴を合わせて、ボールがどういう向きになっているのかを判断する仕組みを取り入れています。
――北太平洋の辺りなどは陸地も少なく、柄というか特徴を認識しにくいですよね?
井谷 そこはまさに開発で苦労したポイントですね。少し動かすと、アプリ上の地形や建物が消えてしまったり、違うところに出てしまったりということもありました。そこでたとえば、北太平洋には書体を強調したラベルを特徴となるようにあえて配置したり、アプリ側で特徴を検出しやすくなるようチューニングを施したりするなど、一緒に開発を進めた凸版印刷さんやクウジットさんと調整を続けました。
――アースボールとアプリの両方で解決を図られたわけですね。
地球上のさまざまな場所で化石が発見された恐竜について学ぶことができる
古謝 そうです。アースボールの表面の印刷も正確で精細である必要があります。そのため信頼できる国内の工場にて生産を行っており、月に生産できる数には、実は限りがあるのです。
地球上に散りばめられたアイコンも、AR認識のために特徴点を取る工夫の一環です。でも、単なる目印ではおもしろくありませんから、ちゃんと意味を持たせようと、コンテンツの観点からも反映されています。
アースボールで世界を俯瞰で知る
――先ほど古謝さんからも「ネットで検索してわかった気になっている」という指摘がありました。こうしてアースボールで情報を見ると、“遠い国の話”だと思っていることが、意外とすぐそばで起こっている、といった実感を得られそうです。
古謝 そうですね。地球儀って私たちの住む世界の縮小版だと思うんです。アースボールを手に取り、スマホをかざしてコンテンツを楽しむことで、私たちがどんな世界に生きているのかを知っていただけると思います。たとえばオリンピック開催時に、リビングでテレビを見ながらアースボールを手に、「いま紹介された国って、どこにあって、どんな国なんだろう」という会話が親子で生まれこともあるはずです。
――おぉー! これはインパクトありますね。
古謝 ノルウェーやドイツはすごいことになっていますよね。先ほどボールへの精細な印刷についてお話しましたが、実は世界地図を印刷するのにはもう1つの異なる難しさがありました。たとえば国境の問題。「ほぼ日のアースボール」の世界地図は、学校で使われている教科書や地図帳を参考に作成していますが、認識している国境線は国によりそれぞれ異なります。それが出荷時のトラブルにつながる例もあり、は国内の工場で生産しています。
今、「ほぼ日のアースボール」を教育現場や環境啓蒙活動に使えないかなどの問い合わせを何件かいただいています。ほかにも、旅行代理店が旅行経路やプランの提案に使ったり、コーヒー店が豆の産地や流通経路を紹介するのにも使えたりするかもしれません。難しそうなデータもアースボールの上で見ることができれば、これまでとは違った形で家庭に届けることができるのではないでしょうか。
また、今は我々が一方的にコンテンツを発信しているだけですが、たとえば旅行に行った写真をアースボール上で見られるなど、自分との関わりが出ればさらにおもしろく使っていただけると思います。
地球という無限のコンテンツが、こんなボールに表現されている。それが「ほぼ日のアースボール」の醍醐味です。部屋や教室、会社に転がしておいて、気になったその時に必要な情報を遊びながら楽しく知ることができる。一言でいえば、「ほぼ日のアースボール」は“地球と仲良くなる”道具なのです。
編集:ノオト