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【質問1】そもそも、IT企業や自動車メーカーが独自チップ開発に走る背景には、どのような要因があるのでしょうか?
【回答】各種電子製品の競争力の源泉が半導体にあることに(遅ればせながら)気がついたから

  「iPhoneの付加価値は、アプリケーションプロセッサー(AP)が握っている」。

 このことにいち早く気付いたスティーブ・ジョブズは、iPhoneに強力な付加価値を付けるために、自前のアプリケーションプロセッサー(AP)を持つしかないとの結論に至った。しかし、当初米アップル(Apple)にはプロセッサーを設計する能力はなかった。

 そこで、2008年4月、Appleは米P.A.Semiを2億7800万米ドルで買収した。P.A.Semiは2003年に創業した半導体設計専門のファブレスであり、その中心人物は創業者の1人、ダン・ドバーパルというタレント設計者である(図1)。

 ダン・ドバーパル氏のチームは、2007年2月に、通信や軍事、航空宇宙などの分野で使用されるネットワーク機器用に、デュアルコア64ビット・プロセッサー「PA6T-1682M PWRficient」をリリースした。このプロセッサーはわずか5~13Wの消費電力、2GHzで動作し、同等のプロセッサーより電力効率が300~400%高かった。

 ジョブズは、このような“とんがった”プロセッサーを設計してきたドバーパルのチームに、iPhoneのAPを設計させたのである。その期待に応えて、ドバーパルのチームは、「iPhone 4s」のプロセッサー「A5」を開発した。そして、これがAppleの躍進に大きく貢献したわけだ。

 Appleは、図1に示したように、商品企画とAPの上流設計を自社で行い、その後は、製造を韓国サムスン電子(Samsung Electronics)や台湾TSMCに委託し、アセンブリを 半導体後工程の組み立てとテストを請け負うOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)に行わせ、最終組み立てを台湾の鴻海精密工業などのEMSに依頼している。しかし、ジョブズが「iPhoneの競争力の核心」と位置付けたAPの設計だけは、かたくなに自社の中で閉じて遂行している。

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図1 ジョブズはどのようにしてiPhoneに付加価値を付けたか
出典:筆者が作成

 昨今、米グーグル(Google)、米アマゾン・ドットコム(Amazon.com)、米マイクロソフト(Microsoft)、米IBM、米テスラ(Tesla)、米HPE、トヨタ自動車などが、こぞって独自チップの開発を手掛けるようになったのは、ジョブズから遅れること10年を経て、やっと、各種機器の競争力の源泉が半導体にあることを再発見したからに他ならない。10年経ってみて、今さらながら、ジョブズの慧眼には恐れ入るばかりだ。

 なお、余談ながら、P.A.Semiの中心人物だったダン・ドバーパルは、その後、Googleにヘッドハントされた。このように、とんがったプロセッサーを設計できる技術者は、一種のタレントであり、今後の各種電子機器の開発は、いかにしてタレント性の高い設計者を確保するかが成否を分けると言っても過言ではない。