講演の聞き方にも所属先の違いが映し出されるという。 写真はイメージ=PIXTA 花粉の舞う就職活動の季節となりましたが、今年は空前の「売り手市場」だそうです。人事担当者に話を聞けば、あらゆる工夫によって学生に魅力を伝える努力をしている様子。親切な会社説明会、内定時のおもてなし、そして入社後の研修。どれも至れり尽くせりです。「少々甘やかしすぎでは?」とすら見えますが、「そうでないと、優秀な学生に来てもらえない」のだそうです。
就活であまりに「キラキラしたサラリーマン生活」のイメージを持ちすぎると、入社してすぐに現実とのギャップに苦しむ新入社員が出ないかと、心配になります。そんな事態を避けようと、最近は新入社員研修で「メンタルヘルス研修」を実施して、「心を強く持つんだよ」と優しく諭す会社まで出てきました。
名刺の出し方から基礎的なビジネススキルの数々、そして落ち込んだときの心の立て直し方まで、最近の会社は新人研修を充実させています。「そこまで面倒をみると、自立心が失われるのでは?」と、過保護が心配なほどに。
■講師から見た受講者気質の違い
私は研修の講師としていろいろな会社にうかがいますが、やはり業界、会社によって受講者の雰囲気がかなり違います。「日本の大企業」と「外資系の企業」では新人の段階から雰囲気が異なります。ベテランともなれば「受講者の動き」に相当の差が出ます。
日本の伝統的な大企業では、会場にやってきた参加者が「後方の席」から座りはじめます。休憩時間になると、みんな休みます。講義が終わると、彼らは会場を後にして職場に戻ります。多くの人にとってこれは当たり前ですよね。
これが外資系だと様子が違うのです。外資系の多くでは、参加者は「前方の席」から座りはじめます。そして休憩時間、かならず何人かが質問にきます。そして、講演が終了すると、これまた必ず何人かが名刺交換にやってきます。
彼らは講師である私と「個人的な関係」を持ちたいと思っているのです。なかには「これから飲みに行きませんか?」とその場で誘ってくる方もいます。彼らは「今の会社を辞める」ことを前提に仕事や人間関係をとらえています。
そんなふうに「個人としての接触」を求めてくる人は日本の大企業ではまずお目に掛かれません。これは講師に対して「失礼」にあたると思われているのかもしれません。あるいは同僚の中で一人だけ「抜け駆け」することが問題なのかもしれません。
私は決して転職が多い外資系文化が素晴らしいとは思いませんし、また、自己アピールを強くして人と関係を結ぶのがいいとも思っていません。ただ、「礼儀正しいサラリーマン」として組織に埋没しすぎるのはどうかと思います。生涯ずっとその会社にいるのならまだしも、「定年後」まで考えると、これからはもう少し「個人として立つ」ことを考えたほうがいいと思うのです。
■冒頭に「共感」を加えるだけでうまい質問に
「とにかく目立たぬよう、周りと同じように行動する」。これは会社以前に日本人気質なのでしょうか。日本企業の新入社員研修で、「何か質問は?」と問いかけても、なかなか手が挙がりません。
がっくりした講師の私は、説教まじりに「質問することの大切さ」をとくとくと語るわけです。その後にいまいちど聞きます。「何か質問は?」。
すると、今度はその場の全員が一斉に「ハイッ」と手を挙げるのです。これには苦笑するしかありません。「……どうにかならんか、君たちは」。少しは自分自身で考え、人と違った行動をしようぜと、また説教が続くわけです。
質問が出ないのは新入社員だけではなく、中堅・ベテラン社員でも同じようなもの。これはよくありません。今回は「個人として立つ」うえでの第一歩を踏み出すべく、「質問」が上手にできるための方法についてはアドバイスを贈りましょう。
新人諸君、せっかく与えられた研修の機会を「受け身」で終わらせるのはもったいないです。それでは感性の無駄遣い。面白くないときは居眠りしても構いませんが、「面白いな」と思った講師に対しては、勇気を出して質問の手を挙げてみましょう。
そのときのコツは、質問の手前にほんの少しの「共感」を加えることです。話を終えた講師は決して自信満々ではありません。「みんなに伝わっただろうか?」と不安な気持ちを抱えています。そこで「タメになりました」でも「やる気になった」でもいいので、相手に対する肯定=共感の気持ちを一言付け加えた上で、質問してみましょう。
共感の言葉がスパイスになって、答える側も笑顔で気持ちよく答えてくれます。こうした質問のやりとりを重ねることで、「社外の目上の人」とよい関係を結ぶ練習ができると思います。
■相手の関心を引き出す質問を繰り出す
質問の頭に共感ではなく、「否定=反発」のニュアンスを加えてしまう人が結構います。「おっしゃることはわかるんですが……」と始めるパターンがそれです。否定のニュアンスから質問すれば相手の気持ちが守りに入ります。これでは質疑応答が盛り上がりません(ちなみにこの話法を使う人が多い会議は絶対に盛り上がりません)。否定から話を始めないよう、くれぐれも気を付けましょう。
多くの講演後に見られるのは「質問」と称して、演説なのか、愚痴なのか、よくわからない話を長々とする人です。あなたが質問するとき、その場にいる全員があなたの話を聞いています。彼らの時間をいただいているわけです。だから、長々と話さず、とにかく要点を絞って短く質問しましょう。
新入社員諸君、とにかく研修を黙って受けて、黙って帰るのはやめること。そこは先輩の真似をしないほうがよろしい。講師に質問し、それで講師の笑顔を引き出せれば、きっとコミュニケーションに自信が生まれます。質問するときは共感の意を示し、時間を短くして、要点を絞る――。これを心がけるだけでうまくいくのでぜひ試してみてください。
ついでにもうひとつだけ、目指すべき上級編の手ほどきを。講師をやっていると、ごくまれに「よくぞ聞いてくれた!ありがとう」と言いたくなるような質問に出くわすことがあります。これは質問者が話し手の「関心のありどころ」を読み取って、そこにヒットする質問をしてくれたときです。こちらの関心に質問が突き刺さってバチッと火花が出るような瞬間、これは本当に気持ちがいいものです。
いつかそんな質問が繰り出せるよう、訓練を重ねてください。講師に対しても、会社の先輩に対しても、そして恋愛相手に対しても。長き人生、良きパートナーと、良き航海を!
田中靖浩 田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など。 ※「セカンドキャリアのすすめ」は水曜更新です。次回は2018年3月21日の予定です。

著者 : 田中 靖浩
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,512円 (税込み)
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