金正恩氏と韓国特使との会談で事態は急転。米朝首脳会談をする運びになった。注目は朝鮮半島非核化。南北双方と日本に甚大な犠牲を生じる戦争は一応は回避されたかたちだが、核放棄をめぐる米朝対立の行方は不透明だ。



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「実行可能な軍事オプション(選択肢)があるなら、私もそれを薦めるかもしれませんが、そんな解決策はないのです。私が驚くのは実に多くの人が戦争の甚大な結果に目を向けていないことです。朝鮮半島での戦争は日本にも波及し、核(戦争)になればその被害は(前の朝鮮戦争の)10倍、(日本にとって)第2次世界大戦の犠牲者に匹敵する大きさになります。何故これを人々が理解できないのか、私には理解できません」

 日本に開国を迫ったマシュー・ペリー提督の子孫、ウィリアム・ペリー元米国防長官は昨年11月14日、朝日新聞のインタビュー(同月30日デジタル版に詳報)でこう語った。

 確かに日本には朝鮮半島での戦争で生じる犠牲を理解していない人が多い。昨年12月20日公表の読売新聞の日米共同世論調査では、北朝鮮に対する米軍の武力行使を支持する人は日本で47%、しない人が46%だった。支持する人々は72年間の平和に慣れ、戦争を現実のこととは思えないのだろう。

 もし戦争になれば、体制崩壊が迫る北朝鮮は、自暴自棄となり、破壊を免れた核ミサイルを韓国、日本に発射する公算は高い。昨年9月3日に実験された水爆の威力は、160キロトン、広島型の10.6倍と推定され、爆心地から約4キロ圏内では初期放射線と爆風で大部分の人が死傷する。熱効果は約10キロに達し、すぐに手当てをしないと致命的なやけどを負う。平日昼間の都心で爆発すれば、死傷者は400万人を超えそうだ。

 だが幸い、戦争に向けて進んでいた時計の針は今のところ止まった。北朝鮮の金正恩国務委員長は昨年11月29日、ICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星15」の発射実験後、「今日はじめて国の核武装完成の歴史的大業、ロケット大国の偉業が完成された」との声明を出した。完成したからこれ以上の実験はやめてもいい、と内外に伝え、対話の道を探る兆候だった。

 また、金正恩氏と文在寅韓国大統領は平昌オリンピックを緊張緩和の機会とし、五輪での協力を看板に1月9日に南北閣僚級会談を開催。「軍事的緊張緩和のための軍当局者の会談開催」「当事者として対話と交渉を通じての解決」などで合意した。

 この会談の3日前、トランプ米大統領は記者団に「良い結果を望む。オリンピックの範囲を超えて話し合いが行われれば素晴らしい」と歓迎の意向を示した。韓国側はトランプ氏に十分根回しをしていたようだ。2月9日の開会式に金正恩氏の妹金与正・労働党第一副部長が出席し、翌日、文大統領に訪朝を要請する親書を提出。25日の閉会式では金英哲同党副委員長と文大統領が会談、「米朝会談の早期開催に努めること」で合意した。

 さらに今月5、6日に韓国の大統領特使・鄭義溶国家安全保障室長らが訪朝、金正恩氏は「非核化問題と関係正常化のため米国と対話する用意がある。対話が続く間、核実験や弾道ミサイルの試射は行わない」と述べ、例年の米韓合同演習の実施にも理解を示した。南北双方は巧みな外交で、少なくとも当面、戦争回避に成功したようだ。

 もし戦争になれば、南北は共に存亡に関わる大打撃を受け数百万人の犠牲者が出る形勢だから、双方の指導者が戦争を防ぐために必死の努力をしたのは当然だ。戦争になれば巻き込まれる公算の高い日本で、それを「融和的」と非難する声が出るのは、戦争を考えない「平和ボケ」の症状だ。

 だが南北会談が米朝対話に進展しても、北朝鮮が核を放棄する可能性は低い。トランプ氏は2月23日の記者会見で「経済制裁が機能しなければ、第2の局面に移行する。それは極めて荒っぽく、世界にとって非常に不幸なものかもしれない」と武力行使を示唆。圧力を加えつつ対話も望む意向を表明している。

 米国内では「国民の生命を守るのが第一、北朝鮮が米本土に届くICBMを配備する前に叩くべきだ。他国の犠牲に構ってはおれない」と、従来国際法違反とされてきた「予防戦争」を公然と唱える政治家、論客も出ている。

 だが米統合参謀本部は昨年10月、上下両院議員16人から出ていた質問主意書に書面で回答。

「北朝鮮の核兵器は地下深くに保管されており、位置を確定し全てを確実に破壊するには地上部隊の侵攻が唯一の手段。我々は軍事行動よりも経済的、外交的な解決を支持する」と述べ、戦争反対の姿勢を鮮明にした。

 国防長官J・マティス海兵大将(退役)も「軍事的解決に突き進めば信じがたいほどの悲劇的事態となる」と武力行使に慎重。大統領首席補佐官J・ケリー海兵大将(同)も同様だ。大統領が軽挙妄動しないよう、軍人がシビリアンをコントロールする逆転現象だ。

 実際、米国が予防戦争をしようとしても難しい。北朝鮮の弾道ミサイルは主として中国国境に近い北部山岳地帯の谷間に掘られた無数のトンネルに、移動発射機に載せて隠されているとみられ、位置不明だからだ。

 時速2万7千キロで周回する偵察衛星は1日約1回、北朝鮮上空を1分間ほどで通過するから、固定目標は撮影できても移動目標の監視はできない。早期警戒衛星は赤道上空を3万6千キロの高度で周回するから、地球の自転と釣り合って、地上からは静止しているように見えるが、この距離ではミサイルは見えない。発射の際に出る赤外線を感知できるだけだ。

 仮に衛星や有人・無人の偵察機によってトンネルの入り口を知っても、電柱のような形状の地中貫通用「バンカーバスター」爆弾GBU28(重さ2.3トン、長さ5.7メートル、直径14.7センチ)は、土を約30メートル貫通できるだけ。山腹のトンネルに届かない公算大だ。発射地域全体を地上部隊で占領しないと確実に破壊できない、とする米統合参謀本部の判断は妥当だ。

 北朝鮮首脳部を狙う「斬首作戦」も論じられるが、要人の所在を正確に知るのは容易ではない。イラク戦争で米軍はイラク全土を占領し、サダム・フセイン大統領を捜したが、拘束は侵攻の9カ月後。CIAはキューバのF・カストロ首相の暗殺を638回も計画したが、彼は2016年に90歳で死去した。

 指揮・通信系統を破壊することも語られるが、当然相手はその系統を複数、多様にするから、すべてを一挙に切断して、発射を防げるとは限らない。

 米国では「ホワイトハウスは統合参謀本部などに作戦の選択肢の提出を求めているが、なかなか出ず、不満がある」との報道もある。仮に無理と知りつつ書いた作戦計画を提出し、もし大統領が「これでいこう」と決断すれば実行せざるを得なくなる。軍人が慎重なのも当然だ。(軍事評論家・田岡俊次)

※AERA 2018年3月19日号より抜粋