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「博士」に未来はあるか—若手研究者が育たない理由

仲野 徹【Profile】

[2018.03.14]

日本の科学研究の失速が指摘される中で、2018年1月京都大学iPS細胞研究所で論文不正が発覚するなど、若手研究者の現状に注目が集まる。多くが大学研究室で非正規ポストに就き、厳しい研究環境に置かれている。政府が目指す「科学技術イノベーション」実現にはほど遠い実態だと筆者は指摘する。

若手研究者の6割超が任期付きポスト

京都大学iPS細胞研究所で、任期付き特定助教による論文不正が発覚したことは記憶に新しい。一部の報道では、その背景として任期内に成果を挙げなければならないという焦りがあったのではないかとされている。しかし、任期付きポストにある研究者のほとんどは研究不正など行わない。だから任期の問題を主たる理由と考えるのは間違いである。

とはいえ、若手研究者の6割以上が任期付きポストに置かれている現状は決して望ましくはない。大学のこのような状況を目の当たりにしてか、アカデミアを敬遠する学生が増えており、諸外国の傾向とは逆に、修士課程から博士課程への進学者は減少を続けている。

さて、どうすればいいのだろうか。まず考えられるのは、大学院生、特に博士課程進学者に対する経済的支援だろう。欧米では、大学院生に給与が支給されるのが当然である。日本でもリサーチアシスタントとして雇用し、幾ばくかの謝金を出すことは可能だ。しかし、これは「競争的資金」(研究機関や研究者から研究課題を公募し、第三者による審査を経て優れた課題に配分される研究資金)が潤沢にある裕福な大学あるいは研究室に限られるし、最低限の生活も営めない程度の金額でしかない。

かといって、博士課程進学者全員に税金でお金を出すというプランに大賛成というわけではない。博士課程学生の充足率は、多くの大学で満たされておらず、何とかしろというプレッシャーは強い。その結果として、入学に際して必ずしも(学生の)十分な質が担保されない状況になっている。

博士号取得者を採用する企業は少数派

日本学術振興会には、「わが国の優れた若手研究者に対して、自由な発想のもとに主体的に研究課題などを選びながら研究に専念する機会を与え、研究者の養成・確保を図る制度」として特別研究員の制度があり、博士課程の学生に研究奨励金として月額20万円程度が支給される。十分ではないが、妥当な金額だろう。

2016年度の博士課程進学者数はおよそ1万5000人で、特別研究員への申請者数が3341人、採用者数が727人であるから、採用される者は全体のわずか5%未満、採択比率(採用者数/申請者数)は21.8%である。どこまで引き上げるかには議論が必要だが、採択比率を上げることが一番手っ取り早い方策だろう。ただし現実はというと、採用者数と採択率は2013年度に815名で25.8%であったのが、以後いずれも漸減し、2017年度は692名、20.7%になっている。予算の関係だろうが、若手育成とは明らかに逆行している。

博士課程時代をなんとか生き延びたとしても、職に就けるかどうかが次の、そして最大の問題で、「高学歴ワーキングプア」という言葉があるほどだ。過去数年間、博士課程修了者の就職率は7割弱で推移しており、明らかに学部卒や修士修了者よりも低い数値だ。

分野によってかなり違うが、全体として、大学などのアカデミアに就職する者が約半分、民間企業への就職が約4分の1といったところである。毎年博士号取得者を採用する企業は約1割程度(科学技術・学術政策研究所「民間企業の研究活動に関する調査報告2017」)しかないことなどを考え合わせると、博士号取得者の主たる就職先は以前と同じく大学を中心としたアカデミアであることが分かる。

任期付きから終身雇用への狭い道

その肝心の大学における雇用状況が厳しくなっている。終身雇用の常勤ポストが減少し、非正規の任期付きポストが増加しているのだ。内閣府の統計によると、国立大学法人における任期なしの正規雇用ポストに就く39歳以下の若手教員比率は、2007年度に23.4%だったが、16年度には15.1%にまで低下している。34歳以下に限ると、その低下率はさらに大きく、8.5%から4.5%へとほぼ半減した。一方、39歳未満の任期付き教員の比率は10年前より25%も増加し、17年度には64%になっている。

国立大学法人に対する予算措置を見る限り、終身雇用ポスト数が増加する望みはないだろう。そのような状況下で若手教員比率を上げようとするなら、高齢教員の数を減らすしかない。しかし、ほとんどの国立大学で積極的にそのような方針を実施するためのシステムは備わっていない。恐らくどの国立大学も現状のまま、あるいは状況悪化の一途をたどるに違いない。

博士号取得後にポストドクター(ポスドク)として任期付きポストに就き、その後、正規雇用となるのが一般的なキャリアパスだったのに、それが難しくなったわけだ。博士課程を出た先輩がなかなか任期なしポストに就けない事態を目の当たりにする若者が、博士課程への進学をためらうのは当然のことだろう。

業績を上げるために7年の任期を

個別の状況によって任期はさまざまだが、プロジェクトの年限などから、5年を越えるものはほとんどない。5年は十分に長いと思われるかもしれないが、研究の高度化に伴い、ひとつの研究に要する年数が長くなる傾向にある。私が従事している生命科学の分野では、ある程度のレベルの研究を行うために4~5年かかることはざらである。次のポストを探すための期間も必要なので、最後の1年はどうしても浮き足だった状態になる。これでは落ち着いて研究などできはしまい。

せめて7年あれば、腰を据えて研究できるはずだ。もちろん研究がうまくいくかどうかは分からない。しかし、大学院を出てさらに7年となれば、すでに35歳である。冷たいかもしれないが、その年齢になってある程度の業績が上げられなかったら、諦めてもらうしかないのではないだろうか。

ある程度のセーフティーネットは必要だろう。とはいえ、博士課程を修了したというキャリアに対して、どの程度のセーフティーネットを準備するかは難しい問題だ。他の分野、例えば音楽やスポーツなどを志して挫折する若者もたくさんいるはずだ。前述のように、充足率の関係で、博士課程は入学しやすい状態になっている。研究だけが十分なセーフティーネットを設けるに値するほど貴い仕事なのか。税金を使うことに、果たして社会的コンセンサスが得られるかとなると、いささか疑問である。

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大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科教授。1957年大阪生まれ。主な専門は幹細胞研究。1981年大阪大学医学部卒業、内科医としての勤務、大阪大学医学部助手、ヨーロッパ分子生物学研究所研究員、京都大学医学研究科講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、2004年から現職。著書に『エピジェネティクス—新しい生命像をえがく』(岩波新書、2014年)など。

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