わたしも着物を着てみたくなったわ(伏線)
日本の伝統衣装である着物ですが、「着物は冠婚葬祭のときに着るもの」「特定の職種の人が着るもの」と思っている方も多いのではないでしょうか。そんななか、ファッションとして着物を着る“ふだん着物”を楽しんでいる方がいらっしゃいます。しかも男性!
彼らはなぜ、着物を着るようになったのか。着物での生活をどのように楽しんでいるのか。今回は一般の4人の男性に集まっていただき、着物について語っていただきました。
着物を着始めたきっかけは
――まずは、自己紹介をお願いいたします。
でご:「でご」です。職業は会社員です。着物歴は1年たっていないくらいで、着物で街を出歩くようになったのは半年前くらいからです。
村上:村上です。「菱屋カレンブロッソ」という草履メーカーで働いています。着物歴は、浴衣を含めたら8年くらいです。
中村:中村です。私も着物歴は8年くらいですね。職業はSE(システムエンジニア)です。意外とIT系には着物男子が多いんですよ。
森:森です。仕事は「職人系」としておきましょう。着物歴は1年くらいですね。
(左から)でごさん、村上さん、中村さん、森さん
――この中でお仕事として着物に関わっているのは村上さんだけですが、そもそも着物を着るようになったきっかけは違う職業の時だったんですよね。
村上:そうです。私ももともとはSEなんです(笑)。その後に学校法人に転職したのですが、そこがたまたま着物の専門学校も運営していたんです。学生が浴衣をつくってくれるというのでお願いしたのですが、浴衣だけだと夏しか着られないので、古着屋に行って買ったのがはじまりでした。その着物は今でも着ていますよ。
中村:私の場合は、付き合っていた彼女が着物に突然目覚めまして……。「着物デートがしたい」と独学で着付けの勉強を始めたんです。彼女も男性着物には詳しくないので、ネットで調べて一緒に古着屋に行ったのですが、何もわからなかったので穴だらけの男着物を買った覚えがあります(笑)。結局、彼女の方が先に着物への興味を失ってしまったんですが、私はせっかく買ったし、男性は着物を簡単に着られるので着続けています。
――誘った彼女が先にやめてしまったのは、やはり女性の着付けが大変だからでしょうか。
中村:そうなんです。着物デートしたら、待ち合わせの時点で彼女はヘトヘトなんですよ(笑)。なので、お茶だけ飲んで帰るとかもありました。
森:私は嫁がきっかけですね。元美容師で着付けに興味を持っていたんですが、京都の古着店へ一緒に行くことになって。そのとき私も着物を勧められたんですが、めんどくさいし堅苦しいイメージだったので拒んでいたんです。ところが何となくTwitterを見ていたら、思ったよりカジュアルに着物を着こなしていて。
――それが村上さんだったんですね。
森:そうです。「着物ってこんなに自由に着ていいんだ」と思ってからハマっていきました。男の着物に関する情報ってググってもそれほど上がっていなくて、Twitterで「男着物」「着物男子」を検索したほうがコアな情報が得られますね。
でご:私はもともと学生時代から五山送り火や花火大会、あと数年前からやっている「梅田ゆかた祭」に浴衣で遊びに行くことがあり、和装自体には興味があったんです。また、お嫁さんも「将来、着物を着るようなおばあちゃんになりたい」と言っていたのもあり、夫婦で着物へのアンテナを張っていました。そして、いろいろ調べるうちに村上さんや、京都の洋服地きもの店「ミミズクヤ」さんなどを見て、「洋服っぽい着物もあるんだ」とハードルが下がっていきました。父親の古着物を譲り受けて着はじめたのがデビューです。結婚式でも紋付を着たんですよ。
――結婚式や成人式で着物を着て、それが大変で「もう嫌」となる人もいるみたいですが、でごさんはそうはならなかったんですね。
でご:いえ正直、結婚式の紋付はキツかったです……ぎゅっと締め付けられてる感じで。でも「和装が似合ってるね」とちやほやされました。「意外と和装もいけるのかな?」と思ったんですよね。
村上:そうそう。男が着物を着ていると、ちやほやされるんですよ。
中村:そうですよね。道でも「いいですね」とか「かっこいいですね」とか。男女問わず。
でご:居酒屋などに着物で行って、別の日に洋服で行くと「今日は着物じゃないの?」とか(笑)。先日は新幹線でも海外の方に「写真撮ってください」と言われたり。
村上:先日も森さんと二人で歩いていて(日本の方に)声をかけられましたね。
――外国の方だけでなく、日本の方にも声をかけられるということは、それだけ着物の男性は珍しいということでしょうか?
森:珍しいでしょうね……かなり。
村上:京都では着物姿の女性はよく見るんですよ。でも男性となると、レンタルしている外国人観光客くらい。日本人の男性はほぼ見ないですね。
中村:カップルで着ているケースが多いですね。
森:男同士で着物となると本当に稀だと思います。
いつ・どんな理由で着る?
――お正月でも、男性着物の姿はほとんど見ない気がします。みなさんはいつ・どんな理由で着ているのでしょう?
村上:僕らの親の世代は「お正月は着物を着る日」でしたけど最近はそうでもないですね。私はお正月は着物を着ますけど、お正月“だから”着るということではないですね。普段着るようになったからその延長、という感じでしょうか。
中村:私は逆にお正月“だから着る”というスタンスです。「ふだん着物」というのに、実はあまりピンと来ていないんです。初詣や花見のイベントに絡めて、理由を付けて着る方が着やすい。洋服でも当然行けるんですけど、着物のほうが楽しいので。
――「ふだん着物」の「ふだん」というのはどれくらいの頻度なんでしょうか。たとえば日曜の何もないときに家でくつろぐのは…
中村:着物は着ません(笑)。
村上:家の中だけふだん着として着ている人もいるらしいですけどね。わたしはTシャツ短パンのほうが楽です。
中村:着物と洋服どっちが楽といえば、絶対的に洋服ですよ。
森:でも腰痛もちには着物の帯はちょうどいいんですよ。ベルトだと辛いんですけど、角帯だと腰が楽なんです。階段がしんどいですけど。
村上:理由関係なく着ている人もいるでしょうけれど、ここにいる方々は「ふだん着物」といいながらも、ちょっとオシャレするときに着ている方だと思います。
でご:オシャレ着ですよね。私はおでかけするときの服の選択肢として着る、という感じです。ふだん着と言いながら近所のスーパーに行くには着ないです(笑)。
中村:イベントごととか美術館・展示とかですかねぇ。
でご:生活圏を出るときは着ますね。大阪から京都へ出るとか、飲み屋さんに行くとか、そういう時に選択肢が出てきます。
森:私は近くに飲みに行くのでも着物で行きますよ。
村上:近所にコーヒー飲みに行くときには着たりしますね。私は近所の散歩で着物を着ることを推奨しているんですよ。一人で着れば一緒に出かける相手に合わせなくて済むし、着崩れたら帰ればいいし。
着物の最初のハードルは「礼装」
村上:私は最初に洋服ミックスから入って、正統派に近づいている感じです。まずはお試しで長着と帯だけ買って、タートルネックや靴を履いていたんですよね。そこからだんだん物が増えて、正統派に近づいていった。なので「最初はこういう着方でもよいのでは?」という普及活動をしています。着物を着始めた頃に見たWebサイトに載っていたんですが、「着物は服なので好きに着ればいい」という概念を大事にしてます。
森:それは大事ですよね。私も着る前は着物=礼装というイメージしかなくて、式典行事以外のふだん着る着物は自由でもよいという感覚は無かったんですよ。
でご:最初に「間違って着てはいけない」というハードルの高さはありましたね。興味を持ちだして調べると、ルール・素材・時期など、どの本を見ても最初にそれらのことが書いてあって、そのハードルが高かったです。友達からも「着物に靴でも大丈夫なの?」と意見されたことがあって、おかしいのかなと悩みました。
村上:ちゃんと着ないといけない場所ではちゃんとしたルールがあるんですよね。それ以外は自由に着ていいんですけど、「自由」過ぎて情報がないんですよね。
――書店でも男性着物の本は棚の一角、ほんの数冊くらいしかないので、男性着物の情報は少ないですよね。何が正しいのかわからなくて。
中村:私も正装はわからないです。そもそも式典はスーツで参加します。
村上:着物=礼装と思っている人はやはり多いですね。着物を着ればどこでも行けて、海外でも行けるみたいな。着物もフォーマルから普段着まであるのに。なので最初のハードルとしては取っ付きにくいところがあるのかも。
――礼装としての着物も、長着+羽織のふだん着物も、見た目が同じだからかもしれないですね。
周りからの反応
――着物で歩いていたら、ご近所の方に何か言われないですか?
でご:「何かあるんですか?」とか「お祭りですか?」とかは言われます。
中村:私は6年間くらい、誰も話しかけてきませんでした……。さっき、男が着物を着ているとちやほやされると言いましたが、近所の人からすると異質みたいで(笑)。ある時、近所の方が話しかけてきて「ずっと思ってたんですが、茶道とか日本舞踊とか、されてるんですか?」と(笑)。
村上:女性は着物を着て行く文化はまだありますよね。おけいこや同窓会、子供の入学式。だからまだ縛り(ルール)が残っている。男の着物って消費も少なくなって(※1)、着る文化がほぼ途絶えたために、今はかえって自由に着られるようになった。
※1 和服の個人消費は16,077円(1994年)⇒1,770円(2016年)に減少。このうち男子用和服としての支出金額は699円⇒78円に減少している。(総務省統計局・家計調査年報(家計収支編)平成28年(2016年)<品目分類>1世帯当たり年間の品目別支出金額,購入数量及び平均価格/被服及び履物「和服」~「シャツ・セーター類」より)
中村:その点、女性は大変ですよね。男は着物を着ているだけで「えらいね~」って言われますもんね。これが男着物の良い所ですね(笑)。
村上:男性の着物のルールを知らないですからね。
森:そもそもルールなんてあったんですかね?
中村:確かに、昔から男は胸元がはだけててもOKですもんね。女性はきっちり締めないと怒られる。
洋服に関して
――着物を着るようになってから洋服の選び方って変わりましたか?
中村:まったく変わらないかな。
村上:洋服を買う枚数が減ったので、よりベーシックなものを買うようになったかも。いつまでも着られるようなものを。だから流行ものを買わなくなりました。
中村:知人の女性の話ですが、洋服は流行ものを買って、着物は長く着られるものを選ぶそうです。それとはまったく逆ですね。
森:私も変わらないですね。年齢的にもシンプルな服を着るようになってから着物にハマったので。でも洋服がシンプルになったのとは逆で、着物は派手なものを選んでいます。和服って柄ものを組み合わせても大丈夫なんです。洋服だと派手なものは選びにくいのですが、なぜか着物は派手な柄でもなじむんですよ。
でご:私も似ていますね。着物を着始めて気が付いたんですけど、普段自分が選ばない色や柄も着物だと着ることができるんです。「これ、洋服だったら絶対着ない」という色でも、合わせてみるとしっくりくる。だから色や柄で遊ぶベクトルが着物の方に行って、その分、洋服は無難なものを選ぶようになった気がします。
「着物男子」は増えてほしい?
――「着物男子」は増えてほしいですか?
村上:増えてほしいですね。
中村:私は増えてほしくないかも……。増えると希少価値がなくなるので(笑)。世のイケメンたちと同じ土俵で戦えないから着物を着ているのに(笑)。
森:私は増えてほしいですね。着物の楽しさを共感してほしいので。着物で飲みにいくとか、それだけで本当に楽しい。洋服とはぜんぜん違う。酒も美味しくなる。着物で熱燗とか最高です(笑)。
でご:現在は買える店も少ないし、他の人が着こなしているのを発見するチャンスも少ないんですよね。着物男子が増えることで、店も増えたり、メーカーが参入したりすると、自分のコーディネートの幅が広がっていいですね。
――そのぶん古着も出回りますし、買いやすくもなりますね。
村上:最終的には自分が得することにつながりますね。
男性着物コーデ
――今日の皆さんのコーディネートと、いつもどこで買われているのか教えてください。
森:黒と深めの緑でまとめつつ、帯と襟の赤で挿し色を入れています。頭にはハット、足元にはデッキシューズと洋風ファッションで挟んでみました。半襟に見えますがTシャツ襦袢です。帯は「一見楽着」。長着は古着の更紗で、京都の「戻橋modoribashi」で購入。友人たちにも着物を勧めているのですが、こちらの「戻橋modoribashi」でアンサンブルをそろえたりしました。
でご:シンプルのようで一癖ある格子柄の長着に、サイコロ柄のはぎれを半襟に。帯の房、足袋の折り返しなど、さりげなく遊び心を散りばめています。足袋と草履は東京「男の着物 藤木屋」、長着・半襟は京都「ミミズクヤ」、帯は偶然にも森さんと色違い。ストールを合わせるのも気に入っています。他にも、キモノガールとして活躍されているゆっけさんから購入したりしています。
中村:ポップな柄の帯がポイント。ちょっと冒険して買ってみたんですが、どの着物にも合わなくて……。デニム着物に合わせてみたらピッタリでした。あと、デニム着物にはブーツ! 着物と革製品は似合いますね。私は主にネットやオークションで着物を買っています。
村上:古着で買ったんですが、裄(ゆき)が短くて。下前から布を持ってきて仕立てなおしています。その代わりに別の生地を下前に縫い合わせていて、チラッと見えるようになっています。それに合わせて、ペイズリー柄の生地でつくった半襟をのぞかせています。草履はもちろん菱屋カレンブロッソで(笑)。
まとめ
普段の着物を楽しむ着物男子の視点、いかがだったでしょうか。女性からのお誘いで着始めた方が多いのは驚きですが、着ることで着物への印象が変わった方や、女性よりハマってしまった方など様々でした。礼装などフォーマルな着物はTPOに合わせることは前提としたうえで、日常の着物はカジュアルに楽しまれているようです。ぜひみなさんも着物を楽しんでみてください。
取材協力/Bar Escae(バーエスカ)