3月12日、「森友学園」の国有地売却をめぐり、財務省は14件の決裁文書を「書き換え」たと認めた。官僚による公文書書き換えという前例のない事態は、どのような歴史的な意義を持つのか。
公文書管理に詳しく、『公文書問題 日本の「闇」の核心』など著書もある、長野県短期大学准教授の瀬畑 源(せばた・はじめ)さんに聞いた。
――現在の状況について、公文書の専門家としてどう捉えますか?
財務省はやってはいけないことに手を染めてしまいました。公文書には、嘘はないという大前提があります。特に決裁文書の場合は、行政が動いた記録を証明するもので、それを書き換えてしまったのは、改ざん以外の何物でもないと思います。
公文書は、行政について検証し、議論する基礎的な資料です。これを勝手に歪めてしまえば、民主主義、民主政治の根本が崩れてしまいます。
「添付文書だから」という議論もありますが、その添付文書も含めて、決裁されているのだからナンセンスだと思います。
――今回の事件の歴史的な意義づけは?
文書に基づいて動き、そして文書を残すのが官僚制の大原則。公文書を隠す、捨てるといった事例は過去に腐るほどあります。でも、改ざんとなると前代未聞。歴史的に見ても稀有だと思います。
2009年に成立した公文書管理法では、1条で意義をこう説明しているんです。
「(国の活動について)現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」
しかし、将来どころか、現在の国民への責任すら負っていないのは明らかです。
今回の場合は、何が、なぜ特例だったのかの詳細を削除していました。この文書を後から振り返っても、政治家が口利きしたから変えたんだね、という「特例になった」理由がわからなくなってしまう。
歴史的な事実の改ざんであり、歴史に対する説明責任の放棄でしょう。
公文書管理法は性善説に立っていて、罰則があるわけではありません。しかし、法の精神に反しているのは間違いないと思います。
――財務省の説明について感想は?
今の財務省の説明は破綻しています。
佐川さん(佐川宣寿氏・当時同省理財局長)の答弁と整合性を取るために書き換えた、と言っています。ここで湧き上がる疑問は、元々の決済文書を見ないで答弁したんですか? ということです。他省庁にも渡している書類ですから、バレないわけがないんです。
――必要な対策は?
今回の問題は、財務省だけの話でなく、公文書管理の根幹が問われています。
もはや、パソコンで文書を作っている以上、こういうことはある、というのを前提にしなきゃいけない。手書き・ハンコの書類を改ざんするよりもずっと簡単です。
デジタル書類への対応については、課題意識はあったものの、技術的にどうするのか、という壁もあって進んでいなかった、という経緯があります。
それより大きいのは、公文書管理法の精神が現場に伝わっていないのでは、ということです。
本当に研修などで教えられているのか。ガイドラインを変えたり、細かいルールをいじっているだけで、これでは、書かなくなり、残さなくなるだけ。なぜ、公文書を残さなければいけないのかの根本についての意識徹底が現場レベルで必要だと思います。
大きく言えば、官僚の文化をどう変えて行くかということです。南スーダンのPKO文書の問題もありましたし、今回の不祥事も起こった以上、以前もあったかもしれない、と考えるべきです。
制度的には、公文書館の地位を上げることが一番の近道だと思います。
「公文書は国民のもの」という大前提に、書類を作り、残し、公文書館に渡す義務を明確にすることです。「いつか必ず公開され、検証される」という考えが現場に行き渡っていれば、こんな改ざんなどしないはずですから。
アメリカの場合は、国立公文書記録管理局という組織があり、大統領直轄になっています。例えばメールについても、一定の役職者以上のメールは定められた年数残るようシステムを組んで、パッケージとして公文書館に渡す、という取り組みがあり、各省庁に参加するよう促しています。
実際に、管理局が各省庁へどこまで指導し、介入できているのかという点については議論がありますが、明確なルールを作っているのは確かです。省庁内だけで完結しない仕組みになっているんです。
今の日本には夢物語かもしれないですが、日本でも、管理委員会など外部から調査できたり、不適切な処理があった場合に、仮に違法性がなくても通報しやすい制度にするなど、内部、外部から監視できるようにすべきだと思います。
バズフィード・ジャパン 副編集長
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